メキシコ麻薬カルテル業界では「オアハカ・カルテル」(Oaxaca Cartel)という組織が1970年代から2000年代にかけて活動していました(*1)。ペドロ・ディアス・パラダ(Pedro Díaz Parada)がオアハカ・カルテルを率いていました(*1)。
ペドロ・ディアス・パラダは、メキシコ南部のオアハカ州サンタ・マリア・ソキトランで生まれました(*1)。オアハカ州は太平洋側に位置しています。オアハカ州の東隣はチアパス州で、チアパス州はグアテマラと接しています。
15歳の時、ペドロ・ディアス・パラダは自家製のマリファナを少量持ち、メキシコ-アメリカ合衆国の国境まで行きました(*1)。そこでペドロ・ディアス・パラダは単独の密輸業者として、マリファナをリュックサックに入れアメリカ合衆国に密輸しました(*1)。ペドロ・ディアス・パラダがオアハカ州に戻った際、数百ドルを手にしていました(*1)。
ペドロ・ディアス・パラダはその数百ドルで、オアハカ州バジェス・セントラレス地方のサン・ペドロ・トトラパン村に土地を借りました(*1)。サン・ペドロ・トトラパン村は、ペドロ・ディアス・パラダの父の故郷でした(*1)。
サン・ペドロ・トトラパン村の土地で、ペドロ・ディアス・パラダは、兄弟のエウヘニオ・ヘスス・ディアス・パラダ(Eugenio Jesús Díaz Parada)、ドミンゴ・アニセト・ディアス・パラダ(Domingo Aniceto Díaz Parada)とともに大麻やケシを栽培していきました(*1)。
ディアス・パラダ兄弟の栽培品は当初、低品質でした(*1)。またメキシコ-アメリカ合衆国の国境からオアハカ州が遠いこともあり、ディアス・パラダ兄弟の栽培事業は低調でした(*1)。しかし1970年代後半からディアス・パラダ兄弟の栽培事業は上向いていきました(*1)。
1977年3月警察組織の一掃作戦により、ペドロ・ディアス・パラダらは逮捕、起訴されました(*1)。しかしペドロ・ディアス・パラダは早期に釈放されました(*1)。
1980年代前半フェルナンド・アドルフォ・ガリド・パラダ(Fernando Adolfo Garrido Parada)という人物が、オアハカ州の司法警察長官に就きました(*1)。フェルナンド・アドルフォ・ガリド・パラダは、ディアス・パラダ兄弟の従兄弟でした(*1)。「従兄弟が州の司法警察長官」だったことによって、数年間ディアス・パラダ兄弟は、逮捕及び起訴等のリスクから免れることができていたと考えられています(*1)。
1985年以前のオアハカ・カルテルはティファナ・カルテル(Tijuana Cartel)と関係を持っていました(*1)。
1985年4月24日ペドロ・ディアス・パラダは逮捕され、後に起訴されました(*1)。裁判の結果、140万ペソの罰金と33年の懲役という判決がペドロ・ディアス・パラダに下されました(*1)。ペドロ・ディアス・パラダはオアハカ州の刑務所に収監されました(*1)。しかしペドロ・ディアス・パラダはすぐに、オアハカ州の刑務所を脱走しました(*1)。ペドロ・ディアス・パラダの脱走には、刑務所の所長が手を貸していました(*1)。
1990年5月3日ペドロ・ディアス・パラダは再び逮捕され、今度はメキシコ・シティの刑務所に収監されました(*1)。1992年1月17日ペドロ・ディアス・パラダはまたもや、脱走に成功しました(*1)。1991年10月ペドロ・ディアス・パラダの仲間が「配達業者」を装って、その刑務所の上層部に会い、値引きの提案をしたことで刑務所への配達業務を獲得していました(*1)。脱走日(1992年1月17日)、ペドロ・ディアス・パラダは「配達業者の一員」に変装し、刑務所から出ていきました(*1)。
1985~1992年ペドロ・ディアス・パラダの社会不在中、オアハカ・カルテルでは、ペドロ・ディアス・パラダの兄弟であるエウヘニオ・ヘスス・ディアス・パラダとドミンゴ・アニセト・ディアス・パラダが組織を率いていました(*1)。イグナシオ・ルナ・トレド(Ignacio Luna Toledo)、アポリナル・アルバラン・サラサール(Apolinar Albarrán Salazar)のベテラン勢も、エウヘニオ・ヘスス・ディアス・パラダとドミンゴ・アニセト・ディアス・パラダをサポートしていました(*1)。
オアハカ・カルテルはバルタサル・ディアス・ベガ(Baltazar Díaz Vega)と関係を持っていました(*1)。バルタサル・ディアス・ベガは、コロンビアからコカインを直接調達していた違法薬物組織のトップでした(*1)。1995年1月27日バルタサル・ディアス・ベガはメキシコ・シティで殺害されました(*1)。バルタサル・ディアス・ベガの後継を巡って、ペドロ・ディアス・パラダはミゲル・グアダルーペ(Miguel Guadalupe)を支援しました(*1)。ミゲル・グアダルーペは、バルタサル・ディアス・ベガの兄弟でした(*1)。
ペドロ・ディアス・パラダは、バルタサル・ディアス・ベガからの紹介により、コロンビアのバランキージャ(アトランティコ県)の麻薬組織ボスであるオスカル・オビディオ・マシアス・レストレポ(Óscar Ovidio Macías Restrepo)と収益の大きい取引をすることができていました(*1)。アトランティコ県はコロンビア北部に位置しています。
密輸団は南米からオアハカ・カルテル側に違法薬物を運ぶ際、夜間の航空及び海上輸送をとっていました(*2)。密輸団は飛行機及び船で太平洋沿岸を移動し、「密封された荷」(違法薬物)を海上に投下していました(*2)。受取側は海岸から船を出し、海上に浮かぶ「密封された荷」を回収しました(*2)。
2000年まではグアテマラのオコスという港から水上飛行機が夕方発ち、メキシコの海岸線(太平洋側)に沿って低空飛行し、目的地(投下地点)まで違法薬物を運びました(*2)。投下地点は、オアハカ州のサリナ・クルスとワトゥルコの間にあるモロ・アユタやモロ・マサタンのビーチ、または静かな内陸湖でした(*2)。水上飛行機は夜には目的地に着き、密封された荷を投下しました(*2)。
オアハカ・カルテルは上記のビーチや内陸湖で荷を回収後、一旦洞窟に隠したと考えられています(*2)。その後オアハカ・カルテルは軽飛行機やスピードボードで違法薬物を北側に運んでいきました(*2)。オアハカ・カルテルの用いたスピードボードは「バラクーダ」(Barracudas)と呼ばれていました (*3)。
アメリカ合衆国麻薬取締局(Drug Enforcement Agency)にとって、2004年以前オアハカ・カルテルの存在は、オアハカ州がアメリカ合衆国から遠いこともあり、薄かったです(*2)。しかし2004年以降、オアハカ・カルテルがテキサス州のブラウンズビルやヒューストンの取引業者(dealer)を介し違法薬物ビジネスをしていたことが明らかになり、注目されるようになりました(*2)。
ペドロ・ディアス・パラダは2007年1月16日午後、オアハカ州内で逮捕されました(*2)。後にペドロ・ディアス・パラダは起訴され、裁判の結果15年の懲役刑を受けました(*2)。ペドロ・ディアス・パラダはメキシコのアルティプラーノ刑務所で服役することになりました(*2)。以後オアハカ・カルテルでは、ディアス・パラダ兄弟のエウヘニオ・ヘスス・ディアス・パラダ、ドミンゴ・アニセト・ディアス・パラダが率いていきました(*2)。
その後オアハカ・カルテルは弱体化していき、消滅しました(*2)。
オアハカ州の東隣にあるチアパス州では、2021年半ば以前、「シナロア・カルテル」(Sinaloa Cartel)が裏社会を統治していました(*4)。シナロア・カルテルは1990年頃、シナロア州及びソノラ州南部を拠点にする小規模の麻薬組織が集う形で、結成されました(*5)。シナロア・カルテルは連合型の組織形態であり、各参加団体は一定の「裁量権」を有していました(*6)。
しかし後に「ハリスコ新世代カルテル」(Jalisco Nueva Generación Cartel)がチアパス州に進出、2021年半ば以降、シナロア・カルテルと抗争に至りました (*4)。ハリスコ新世代カルテルは2010年、旧ミレニオ・カルテル(Milenio Cartel)の一派によって結成されました(*7)。
チアパス州では、シナロア・カルテルに比しハリスコ新世代カルテルは、一般人に対し暴力的手段で解決を図る傾向にあったようです(*8)。チアパス州においてハリスコ新世代カルテルは「新規参入」の立場(利権を奪い取る側)になる為、暴力を積極的に行使していったのだと考えられます。
<引用・参考文献>
*1 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』(David F. Marley,2019,Abc-Clio Inc), p244-245
*2 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』, p246-247
*3 InSight Crimeサイト「Narco-Islands: Mexico Ends One Journey, Starts Another」(Victor Manuel Chavez,2013年10月1日)
https://insightcrime.org/news/analysis/narco-islands-mexico-ends-journey-and-starts-another
*4 『世界』「サパティスタ蜂起30年 暴力と利権に蝕まれるチアパス」(工藤律子、2024年4月号),p181-182
*5 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』, p155-156
*6 『Blood Gun Money: How America Arms Gangs and Cartels』(Ioan Grillo,2021,Bloomsbury Publishing Plc),p240
*7 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』, p186
*8 『世界』「サパティスタ蜂起30年 暴力と利権に蝕まれるチアパス」,p184
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