オーストラリアにおける1949 年以降の政権

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 オーストラリアの国政では「保守系連立グループ(保守系2政党の連合)」と「労働党」の対立構図が続いてきました(*1)。保守政権は常に連立政権でした(*1)。1949年~1972年は保守系の「自由党」と「地方党」(後の「国民党」)が連立し、保守政権を担いました(*1)。1949~1972年の23年間は「メンジース時代」と呼ばれました(*1)。一方、革新政権の場合は、労働党が単独で政権を担いました(*1)。

 1972年以降の政権の変遷も見ておきましょう。

 1972年12月からは労働党が1975年11月まで政権を担いました(*2)。その時の政権においては労働党のゴフ・ウィットラムが首相を務めました(*2)。

 1975年11月自由党と国民党の連立保守政権が発足しました(*3)。自由党のマルコム・フレーザーが首相に就任しました(*3)。マルコム・フレーザーの保守政権は1983年3月まで続きました(*3)。

 1983年~1996年までは労働党が政権を担いました(*4)。ロバート・ホークが1983年3月から1991年12月まで首相を務め、ポール・キーティングが1991年12月から1996年3月まで首相を務めました(*4)。

  1996年3月から2007年12月までは保守系連立グループが政権を担いました(*5)。自由党のジョン・ハワードがこの間(1996年3月~2007年12月)、首相を務めました(*5)。

 2007年12月からは再び労働党が政権を担いました(*5)。労働党政権は2013年9月まで続きました(*5)。

 2013年9月からは保守系連立グループが政権を担いました(*6) (*5)。保守政権は2022年5月まで続きました(*7) (*5)。

 2022年5月からは労働党が政権を担いました(*7)。労働党のアンソニー・アルバニージーが首相になりました(*7)。

 保守系連立グループにおいて自由党のパートナーとなった国民党(地方党の後身)は元々、牧場・農場主の政党でした(*8)。

<引用・参考文献>

*1 『物語 オーストラリアの歴史 イギリス植民地から多民族国家への200年 新版』(竹田いさみ・永野隆行、2023年、中公新書), p192-194

*2 『物語 オーストラリアの歴史 イギリス植民地から多民族国家への200年 新版』, p219

*3 『物語 オーストラリアの歴史 イギリス植民地から多民族国家への200年 新版』, p233

*4  『物語 オーストラリアの歴史 イギリス植民地から多民族国家への200年 新版』, p244

*5 『物語 オーストラリアの歴史 イギリス植民地から多民族国家への200年 新版』, p283,296,306

*6 『物語 オーストラリアの歴史 イギリス植民地から多民族国家への200年 新版』, p304-305

*7 『物語 オーストラリアの歴史 イギリス植民地から多民族国家への200年 新版』, p328

*8 『エリア・スタディーズ7  オーストラリアを知るための58章 【第3版】』「「立憲君主制から共和制へ なぜ複雑な順位指定連記投票制をとるのか」(越智道雄、2010年、明石書店),p27

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