大阪府では近年、半グレ集団の活動が活発化し、警察当局は対策に追われています(*1)。半グレ集団とは、ヤクザ組織ではないものの、犯罪を厭わない不良集団を指します(*1)。大阪府における半グレ集団の源流とされるのが「強者」でした(*1)。「強者」は、表向きアマチュア格闘技集団でした(*1)。「強者」から派生し作られた半グレ集団として、「07(アウトセブン)」や「挙月(ケンムーン)」がありました(*1)。「挙月」の内部では、「モロッコ」「テポドン」という集団が活動していました(*1)。
また大阪府では「アビス」という半グレ集団も活動していました(*1)。「アビス」から独立し誕生した集団として、「89(バグ)」がありました(*1)。先述の「モロッコ」のリーダーは2019年秋窃盗容疑で逮捕されました(*1)。リーダーは窃盗以外にも、「特殊詐欺の受け子」の手配もしていました(*1)。「89」は主に強盗を資金獲得源としていました(*1)。半グレ集団の一端からですが、半グレ集団が犯罪活動で収入を得ていることが窺い知れます。「挙月」「アビス」はすでに解散しています(*1)。
ヤクザ組織も半グレ集団同様、「不良集団」です。ヤクザ組織は、博徒組織やテキヤ組織を前身とする為、「不良集団の老舗」とも言えます。長年組織を維持してきた為、半グレ集団に比し、ヤクザ組織は「組織内の規律」や「人事制度」のノウハウを有しており、「組織運営」に長けていると考えらえます。またヤクザ組織は、全国各地にある他組織とのネットワークを持っています(*2)。日本における覚醒剤の元売り~卸レベルの売買は、ヤクザ組織間のネットワークを通じて行われてきました(*2)。ヤクザ組織抜きにして、日本の覚醒剤市場は長年成り立たない仕組みになっていたと考えられます。
一方、半グレ集団の強みは、暴力団対策法(1992年施行)(*3)や暴力団排除条例(2010年以降)(*4)に該当しないことです(*1)。暴力団対策法の適用は「指定暴力団」に限ります(*3)。「指定暴力団」と定められたヤクザ組織は、暴力団対策法により「行動上の制限」を受けます(*3)。例えばヤクザ組織による風俗店等に対するミカジメ料の徴収は、暴力団対策法の違反行為となり、罰せられます(*5)。47都道府県全てにある暴力団排除条例(*6)により、ヤクザ組織の組員は銀行口座を持てない等(*7)、私生活上も大きな制限を受けています(*6)。
一方、半グレ集団は自由に活動ができます。半グレ集団の構成員は、一般人と同様の私生活を営むことができます。組織を取り巻く法環境が異なる両者ですが、「つながり」が指摘されています(*1)。ヤクザ組織側は、資金獲得業の一部を半グレ集団に「委託」することで、警察当局からの摘発リスクを軽減できます。また半グレ集団からは、資金獲得業で得られた収益の一部が「上納金」という形でヤクザ組織に渡ります。半グレ集団側は、ヤクザ組織と組むことで「上納金」というコストを払うものの、ヤクザ組織の資金獲得業に参入できます。互いに組むメリットがあります。
特にヤクザ組織側は、今後半グレ集団に依存する傾向にあると考えられます。暴力団排除条例により、私生活で大きな支障を来す「ヤクザ組織の組員」をあえて志望する若者は少ないです。ヤクザ組織は「人員不足」という問題を構造上抱えていくことになります。ヤクザ組織は人員不足により資金獲得業を内部で維持できず、半グレ集団への委託の割合を増やしていくでしょう。
半グレ集団が次第に力を持ち、ヤクザ組織を凌駕する展開があり得ます。一方、ヤクザ組織が半グレ集団を「資金獲得業の下請組織」の域から出ないように押さえ込み、「不良集団の上位者」として残り続けていく展開も考えられます。後者の展開では、ヤクザ組織が半グレ集団を「実質の下部団体」とする形です。似た例としては、任侠右翼団体が挙げられます(*8)。任侠右翼の団体は表向きヤクザ組織と無関係の立場をとっていますが、ヤクザ組織と深い関係にあることが知られています(*8)。ヤクザ組織が任侠右翼団体の人事に影響を及ぼす等、任侠右翼団体を実質支配下に置いていると考えられます。
<引用・参考文献>
*1 『週刊実話』2020年7月23日号「連載ブラックマネー 半グレが動き出した夜の街」, p60-61
*2 『薬物とセックス』(溝口敦、2016年、新潮新書), p130
*3 『現代ヤクザ大事典』(実話時代編集部編、2007年、洋泉社), p158
*4 『教養としてのヤクザ』(溝口敦+鈴木智彦、2019年、小学館新書), p140
*5 『マル暴捜査』(今井良、2017年、新潮新書), p33-35
*6 『教養としてのヤクザ』, p142
*7 『教養としてのヤクザ』, p5-6
*8 『ヤクザ1000人に会いました!』(鈴木智彦、2012年、宝島SUGOI文庫), p151-153
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