野球賭博とチェリーピッキング

  • URLをコピーしました!

 野球賭博とは「野球の勝敗」を対象にする違法賭博の1つです(*1)。野球賭博の提供サービス(胴元ビジネス)はヤクザ組織の資金獲得源の1つでした。戦後姫路市の竹中組(山口組2次団体)は野球賭博の胴元の1つとして有名でした(*2)。

 野球賭博の胴元は常習賭博罪及び賭博場開張等図利罪、客は単純賭博罪もしくは常習賭博罪に問われ、警察組織の取締り対象となります(*3)。2010年大相撲において一部の力士や親方らが野球賭博に関与していた事件が明るみになりました。後に客として参加していた力士や親方らは単純賭博容疑で書類送検されました(*4)。

 野球賭博の対象は主に高校野球(甲子園)やプロ野球の試合です(*1)。特徴としては「ハンデ」があります。「ハンデ」は強いチームに付きます。例えば巨人対中日戦で、巨人側の方がやや強いと予想された試合では、「巨人にハンデ0.5」とつきます(*1)。巨人は中日に対し「マイナス0.5点」の状態で試合を開始することになります(*1)。

 巨人が中日に対し1対0で勝利した場合、野球賭博上の点差では「0.5対0」になり、「巨人の勝ち」に賭けた客は配当を得られます(*1)。しかし1対1の引き分けの場合は、野球賭博上「0.5対1」になり中日の勝利となる為、「巨人の勝ち」に賭けた客は配当を得られません(*1)。ハンデにより客は「試合の拮抗」を疑似的に得ることができ、他方胴元側は客の賭け金を分散させることができ配当時の持ち出しを少なくできます。

 野球賭博では一般的には勝ち客には「賭け金の2倍」が配当され、一方負け客は賭け金が全額没収されます(*5)。勝ち客への配当金には「10%の手数料」が課せられます(*1) (*5)。50万円の賭け金を出した勝ち客への配当金は90万円(50万×2-10万円)になります(*1)。

 例外もあります。先ほどの野球賭博上の点差が「0.1以上1未満」の場合です。配当金額及び没収金額は、「賭け金額」×「野球賭博上の点差」で計算されます(*1)。野球賭博上の点差では「0.5対1」で「巨人の負け」「中日の勝ち」になった場合。「巨人の勝ちに賭けた客」は賭け金50万円のうち、25万円が没収されます。一方「中日の勝ちに賭けた客」は賭け金50万円のうち、手数料2万5千円引かれた22万5千円が配当されます。

 野球賭博の精算は、主に週単位で「翌週の月曜日」が金の受け渡し日となります(*6)。「後日精算」である為、客は開帳日に現金を持たなくてもよいのです。代わりに客は胴元から「信用できる者」と認定される必要があります(*5)。昔の野球賭博では客は賭ける際に胴元側に賭け金を渡す場合もあったようです(*7)。

 かつて博徒組織が提供していた手本引やバッタマキの賭博は「賭場」が必要でした。賭場では博徒組織側は客を接待し、警察組織の急な家宅捜索の対策(末端の構成員による見張り、逮捕覚悟での阻止等)も行っていました(*8)。一方、野球賭博は賭場を用意する必要はなく、客の接待等も要りません。費用の面ではかなり掛からないビジネスです。野球賭博は胴元ビジネスの中でも利益率が高いです。

 合法領域のビジネスモデルとして「チェリーピッキング」があります(*9)。チェリーピッキングとは「サクランボの山から熟したサクランボ(チェリー)だけをとる」という意味から来ており、「特定層に向けた事業展開」のことを指します(*9)。チェリーピッキングは歴史の古い業界、つまり既存客がすでに多くいる業界で用いられ、誕生間もない業界では用いられません(*9)。

 日本における軽トラック販売も「チェリーピッキング」といえます。日本の農作業では軽トラックの需要があります(*10)。農作業では高級自動車や軽自動車は不要です。自動車市場において「日本の農家」という特定層に絞った事業展開が軽トラック販売といえるでしょう。転じて「既存インフラ」を活用する事業展開もチェリーピッキングに該当します。代表例が格安携帯電話サービスです(*9)。格安携帯電話サービス会社はNTTドコモやauの回線を「借り受けて」、通信サービスを展開しています(*9)。

 野球賭博の場合は、「既存インフラ」は高校野球(甲子園)やプロ野球の試合になります。しかし格安携帯電話サービス会社と異なり、当然野球賭博の胴元は高校野球及びプロ野球側に「料金」を払っておらず、無断で活用しています。ノミ屋(*1)もチェリーピッキングのビジネスモデルといえます。

関連記事>

あわせて読みたい
野球賭博の配当金額の決まり方  野球賭博の配当金額(没収金額)は、試合結果によって、決まり方が異なってきます。野球賭博の世界では、ハンデが存在する為、同じ試合でも「実際の試合結果」と「野...

<引用・参考文献>

*1 『現代ヤクザ大事典』(実話時代編集部編、2007年、洋泉社), p192

*2 『「ごじゃ」の一分 竹中武 最後の任俠ヤクザ』(牧村康正、2017年、講談社),p57

*3 『DATAHOUSE BOOK 011 シノギの手口』(夏原武、2003年、データハウス), p214

*4 [別冊宝島Real]『ヤクザより悪い男たち』(古市満朝、2016年、宝島社), p203

*5 [別冊宝島Real]『ヤクザより悪い男たち』 p121-126

*6 『週刊新潮』2015年12月31日・2016年1月7日号「「豪栄道」の負け金400万円から始まった!」, p42-46

*7 『教養としてのヤクザ』(溝口敦+鈴木智彦、2019年、小学館新書), p53

*8 『現代ヤクザ大事典』, p18

*9 『この一冊で全部わかる ビジネスモデル 基本・成功パターン・作り方が一気に学べる』(根来龍之・富樫佳織・足代訓史、2020年、SBクリエイティブ), p140-144

*10 『週刊実話』2022年4月14日号「企業経済深層レポート 中古車需要拡大で価格高騰 平均取引価格「初の100万円超」新車の生産減少が市場に影響」, p66-67

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次