カナダの大都市モントリオール(ケベック州)は、長年裏社会において「違法薬物の密輸拠点」として知られてきました。1953年以降、モントリオールはヘロイン密輸経路(ヨーロッパ発アメリカ行)の中継地に「昇格」しました(*1)。モントリオールにおけるヘロイン中継ビジネスでは、隣国アメリカ合衆国のボナンノ(Bonanno)・ファミリーと地元組織コトローニ(Cotroni)・ファミリーが組んでいました(*1)。
図 モントリオールの地図(出典:Googleマップ)
ボナンノ・ファミリーはニューヨーク五大ファミリーの1つでした(*1)。ちなみに五大ファミリーの残りはガンビーノ・ファミリー、ジェノベーゼ・ファミリー、コロンボ・ファミリー、ルケーゼ・ファミリーの4つでした(*2)。ニューヨーク五大ファミリーは1990年代から力を落としているといわれるものの、現在も活動しており、全てシチリア系の組織です (*3)。
ボナンノ・ファミリーがモントリオール経由の密輸経路を立案し、モントリオールの責任者としてコトローニ・ファミリーを選びました(*4)。ボナンノ・ファミリー主導の下、中継ビジネスは進められていったことが窺えます。モントリオールは、アメリカ国境に近く、アメリカ合衆国向け「中継拠点」としては絶好な場所でした。コトローニ・ファミリーはイタリアのカラブリア出身者によって結成された組織でした(*4)。つまりコトローニ・ファミリーはイタリア系の組織でした。
1978年以降モントリオールではリズート(Rizzuto)・ファミリーが台頭し、コトローニ・ファミリーから「主導権」を奪い取りました(*1)。リズート・ファミリートップのニコロ・リズート(Nicolo Rizzuto)はコロンビア産コカインをベネズエラ経由でモントリオールに密輸する経路を開拓しました(*1)。リズート・ファミリーはコカイン等の違法薬物をアメリカ合衆国のマフィアに「再輸出」しました(*1)。
1980年代初め、コロンビア麻薬組織のメデジン・カルテルは、プロペラ機等の飛行機でコロンビア北岸からフロリダ沿岸まで直接コカインを輸送していました(*5) (*6)。当時コカイン密輸経路(コロンビア発アメリカ合衆国着)は、「コロンビア」→「ベネズエラ」→「カナダのモントリオール」→「アメリカ合衆国」の迂回経路、「コロンビア」→「アメリカ合衆国」の直接経路があったことが分かります。
ニコロ・リズートはリズート・ファミリーの創設者であり、元々イタリアのシチリア島出身で、シチリア系マフィアの構成員をしていました(*1)。コトローニ・ファミリー同様、リズート・ファミリーもイタリア系の組織でした。
1990年代以降は、アメリカ合衆国系バイカーギャング「ヘルズ・エンジェルス」(Hell’s Angels)がモントリオールを含むケベック州で頭角を現してきました(*7)。「ヘルズ・エンジェルス」ケベック州勢の中核を担ったのが「ケベック・ノマド(Nomads)支部」でした(*7)。ノマドとは「遊牧民」の意味で、実際バイカーギャングのノマド支部は地理的制約を受けずに活動することが許されています(*8)。他方でノマド支部は「最高幹部直属の実行部隊」としての役割を担っていました(*8)。当時ケベック・ノマド支部では、モーリス・“マム”・バウチャー(Maurice “Mom” Boucher)、ウォルター・“ヌルジェット”・スタドニック(Walter “Nurget” Stadnick)の2人が率いていました(*7)。
モーリス・“マム”・バウチャーが「武力行使部門」を担い、ウォルター・“ヌルジェット”・スタドニックが他組織をヘルズ・エンジェルス傘下に入れる為の「交渉部門」を担っていました(*7)。ウォルター・“ヌルジェット”・スタドニックは実際引き入れに長けており、オンタリオ州では「特例」を用いて他組織から200人近いメンバーをヘルズ・エンジェルスに移籍させました(*7)。
「特例」とは、見習い(準構成員)期間の免除でした(*7)。オンタリオ州の移籍組は即、ヘルズ・エンジェルスの構成員になることができたのでした(*7)。ヘルズ・エンジェルスの支部が1つもなかったオンタリオ州では、「特例」の移籍により、一度に11支部が作られました(*7)。
違法薬物ビジネスではヘルズ・エンジェルスのケベック・ノマド支部は、モントリオールにおいて「コカイン1kgあたり5万ドル」の価格維持協定を、イタリア系マフィアと結びました(*7)。ちなみに1gに直すと、50ドルになります。このイタリア系マフィアとは、リズート・ファミリーであると考えられます。
またヘルズ・エンジェルスのケベック・ノマド支部は毎週250kgのコカインをモントリオール港に荷揚げしていました(*7)。荷揚げしていたことから、当時のヘルズ・エンジェルスのケベック・ノマド支部は、「元売り」の役割も果たしていたと考えられます。
ヘルズ・エンジェルスのケベック・ノマド支部はコカイン含めた違法薬物をカナダ国内で販売、またアメリカ合衆国やヨーロッパに「再輸出」していました(*7)。当時のヘルズ・エンジェルスのケベック・ノマド支部における違法薬物ビジネスは年間で1億ドルを超える収益を上げていたとされています(*7)。
またヘルズ・エンジェルスはカナダにおいて「違法薬物の輸送システム」を構築していました(*9)。コカインは、国境の南からモントリオールに運ばれ、次に車でトロントに運ばれました(*9)。
2003年4月以前ヘルズ・エンジェルスのケズウィック支部は、スカーバロー地区(トロント東部の一部)においてコカイン、マリファナ(乾燥大麻)、処方箋薬(prescription drug)の流通を手掛けていました(*10)。カナダは2018年嗜好用大麻を合法化したので(*11)、2018年以前のカナダではマリファナは「違法薬物」でした。ケズウィックはトロントの北に位置しています(*10)。
ケズウィック支部は、スカーバロー地区にある高速道路401号線の南側に位置するバーを違法薬物ビジネスの拠点としていました(*10)。ケズウィック支部はコカインの多くをモントリオール方面から仕入れていました(*10)。モントリオールからは高速道路401号線を車で走っていけば、スカーバロー地区に行くことができます(*10)。ヘルズ・エンジェルスのカナダ勢にとって、高速道路401号線は「コカイン輸送の大動脈」だったのです。
トロントから西側にコカインを運ぶ際には、車を特定の場所に停め、運転手を交代させていました(*9)。しばしば運転手は貨物の中身を知らずに運ばされ、また運転手同士が会うことはないように、なっていました(*9)。ヘルズ・エンジェルスは違法薬物を運ぶにあたって「輸送情報の管理」を徹底していたことが窺いしれます。
また1990年代後半のヘルズ・エンジェルスはノバスコシア州(カナダ東部)ではコカイン取引をほぼ独占し、ブリティッシュコロンビア州(カナダ最西部)バンクーバーの港におけるコカイン密輸取引を仕切っていました(*12)。ヘルズ・エンジェルスは1984年までにノバスコシア州、ブリティッシュコロンビア州に支部を置き、両州でも長く活動してきました(*12)。
2017年時点のモントリオールにおいてはヘルズ・エンジェルスがコカインの密輸入を取り仕切っており、いわば「コカインの元売り」の座にいました(*13)。ヘルズ・エンジェルスは「コカインの密輸入」を続けていたことが推測されます。2017年時点のモントリオールではストリートギャングが違法薬物の小売りを担っていました(*13)。ヘルズ・エンジェルスはストリートギャングにコカインを卸していたと推測されます。2009年モントリオールのヘルズ・エンジェルスは156人の構成員が逮捕される事態に陥りました(*13)。構成員の大量逮捕を受けて、モントリオールのヘルズ・エンジェルスは取締り対策として分散型組織を志向していきました(*13)。
<引用・参考文献>
*1 『THE MAPLE SYRUP MAFIA A HISTORY OF ORGANIZED CRIME IN CANADA』(GERG THOMPSON、2014、CreateSpace Independent Publishing Platform), p18-23
*2 『FOR BEGINNERS シリーズ マフィア』(安田雅企、1994年、現代書館),p158-160
*3 Anna Sergi.(2018). New York crime families survive and collaborate. Jane’s Intelligence Review.
*4 『THE MAPLE SYRUP MAFIA A HISTORY OF ORGANIZED CRIME IN CANADA』, p34-36
*5 『コカイン ゼロゼロゼロ 世界を支配する凶悪な欲望』(ロベルト・サヴィアーノ著、関口英子/中島知子訳、2015年、河出書房新社), p174
*6 『メキシコ麻薬戦争 アメリカ大陸を引き裂く「犯罪者」たちの叛乱』(ヨアン・グリロ著、山本昭代訳、2014年、現代企画室), p94
*7 『Angels of Death: Inside the Bikers’ Global Crime Empire』(William Marsden&Julian Sher,2007,Hodder & Stoughton),p311-315
*8 『Biker Gangs and Transnational Organized Crime Second Edition』(Thomas Barker,2014,Routledge), p131
*9『The Fat Mexican: The Bloody Rise of the Bandidos Motorcycle Club』(Alex Caine,2010,Vintage Canada),p84
*10『Angels of Death: Inside the Bikers’ Global Crime Empire』,p323
*11『世界大麻経済戦争』(矢部武、2021年、集英社新書),p4
*12『Encyclopedia of Gangs』「HELL’S ANGELS IN CANADA」(Angelo Kontos,2008,Greenwood Press),p127
*13 Anna Sergi.(2017). Tale of two cities: Serious & Organised Crime Criminal groups compete in eastern Canada. Jane’s Intelligence Review, July, p41-42
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