かつてトルコからスカンディナヴィア諸国(デンマーク、スウェーデン、ノルウェー)に違法薬物を密輸していたアルバニア系組織がありました(*1)。そのアルバニア系組織は「マルコ」(Marko)なる人物に率いられていました(*1)。マルコは偽名で、マケドニア(現在は「北マケドニア」)のテトヴォ出身でした(*1)。
当初マルコは兄弟や従兄弟とともにデンマークで違法薬物の密輸ビジネスをしていました(*1)。後にマルコは収監されましたが、脱走しマケドニアに逃走しました(*1)。マケドニアでもマルコは違法薬物ビジネスを続けました(*1)。マルコはマケドニアのテトヴォからスカンディナヴィア諸国(主にデンマーク)にヘロインを密輸する際、「運び人」を用いていました(*1)。おそらくヘロインはトルコから来ていたと考えられます。デンマーク、ドイツ、旧ユーゴスラヴィアに長年住んでいたマケドニア出身のアルバニア人が主に「運び人」を担っていました(*1)。
ナセル・ケルメンディ(Naser Kelmendi)率いるアルバニア系組織は2010年代において40人以上のメンバーを擁していました(*2)。メンバーの大半はバルカン半島で活動していました(*2)。ケルメンディのグループはセルビア系、モンテネグロ系、マケドニア系、トルコ系等のアウトロー組織のメンバーと強固なつながりを持っていました(*2)。ケルメンディのグループが強固なつながりを築いた組織の1つにダシック・ファミリー(Dacic family)がありました(*2)。ダシック・ファミリーは、モンテネグロ出身のダシック兄弟の組織で、モンテネグロ、ボスニア、サンジャク(Sandzak)、セルビアを活動範囲としていました(*2)。またケルメンディ・グループは西欧やアメリカ合衆国のアルバニア系組織とも密な関係を結んでいました(*2)。ケルメンディ・グループは広域な人的ネットワークを有していたことが分かります。
ケルメンディのグループにはアシク・カン(Acik Can)という仲間がいました(*2)。アシク・カンはヘロインを「トルコからスペイン」に、またコカインを「スペインからバルカン半島」に密輸していると警察当局から疑われていました(*2)。
イタリアではアギム・ガシ(Agim Gashi)率いるアルバニア系組織が1990年代ヘロインの密輸ビジネスをしていました(*3)。アギム・ガシのグループは、ンドランゲタ(イタリア系アウトロー組織の1つ)と密な関係を有していました(*3)。
<引用・参考文献>
*1 『Decoding Albanian Organized Crime Culture,Politics,and Globalization』(Jana Arsovska,2015, University of California Press), p134-135
*2 『Decoding Albanian Organized Crime Culture,Politics,and Globalization』, p132
*3 『Decoding Albanian Organized Crime Culture,Politics,and Globalization』, p49
コメント