物価上昇時の頼母子講

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 日本には昔から「頼母子講」(たのもしこう)と呼ばれる相互扶助型の金融システムがありました(*1)。頼母子講は東日本では「無尽講」(むじんこう)、沖縄県では「模合」(もあい)と呼ばれました(*2)。また頼母子講は学術用語では、「ロスカ」(ROSCA:Rotating Savings and Credit Association)と呼ばれています(*2)。

 日本では沖縄県を除き、金融機関が発展していく中で、頼母子講は消えていきました(*3)。

 頼母子講の会員は毎月一定額を拠出しなければなりませんでした (*1)。仮に会員が10人、1人あたりの毎月拠出額が10万円だったとします。毎月、その頼母子講は100万円(10人×10万円)を集金したことになります。集められた金(100万円)は、くじ引きなどで会員の1人に配当されました(*1)。

 頼母子講では「配当金獲得済みの会員」は次回以降、「配当金獲得の権利」を失いました(*1)。頼母子講は、会員全員に必ず配当金が行く仕組み(輪番制)になっていたのです。

 会員全員に配当金が行き渡った時点で、頼母子講は解散しました(*1)。例えば会員10人の頼母子講は10カ月で解散しました。

 頼母子講の解散時、各会員の収支は0円(支出100万円、収入100万円)でした。しかし個人が一時的に大金(100万円)を確保できるという特長が頼母子講にはありました。また貧困層の会員は、毎月拠出の為に、貯蓄に励まざるをえなくなりました(*4)。

 海外にも頼母子講に該当するものがありました。インドネシアでは「アリサン」、韓国では「契」、中国では「合会」、インドでは「チット」、カメルーンでは「トンチン」(tontine)、メキシコでは「タンダ」という名で呼ばれていました(*2)。また南アフリカで頼母子講に該当するものは「ストークベル」(stokvel)と呼ばれていました(*5)。

 頼母子講は、貨幣価値変動の影響を受けます(*6)。物価上昇(インフレーション)時、貨幣価値は下がります。例えば2023年10月アルゼンチンの消費者物価指数は前年同月比142.7%でした(*7)。消費者物価指数において前年同月比142.7%とは、前年同月より「2.427倍の物価上昇」を意味します。例えば2022年10月「100ペソ」で販売されていた商品が、2023年10月には「242.7ペソ」で販売されているような状況です。

 単純にしますと、消費者物価指数が前年同月比100%(2倍の物価上昇)の地域では、昨年100円で売られていたものが、200円で売られているということであり、貨幣価値が半減しているのです。

 消費者物価指数が前年同月比100%(2倍の物価上昇)の地域において、会員13人で、毎月の拠出額が各会員20万円(便宜上、通貨は「円」とします)の頼母子講があったとします。毎月の配当金は260万円です。その頼母子講は2023年9月から開始、活動期間が13カ月なので、2024年9月に解散します。A氏は最初の月(2023年9月)に配当金260万円を受け取り、M氏は最後の月(2024年9月)に配当金260万円を受け取ったとします。

 2倍の物価上昇の世界では「A氏の260万円」(2023年9月時点の260万円)と「M氏の260万円」(2024年9月時点の260万円)では、価値が異なります。「A氏の260万円」(2023年9月時点の260万円)の方が価値は高いです。物価上昇の激しい地域では、「最初の方に受け取る者」が有利で、「最後の方に受け取る者」が不利なのです。

 また貨幣価値の変動がなくても、頼母子講は最初の方に受け取る者の方が、投資活動等を早くに始められる為、有利になっています(*6)。その差を是正する為に、頼母子講では、利子が導入されていました(*6)。平野(野元)美佐によれば、頼母子講において利子の付け方には、主に「定額」と「入札」の2つがあります(*6)。

 定額利子の場合、「配当金を受け取った会員」は次回以降から定額利子を払い続けるというものです(*6)。先述の例(2倍の物価上昇の地域において、会員13人で、毎月の拠出額が各会員20万円の頼母子講)を用いると、最初の月に配当金260万円を受け取ったA氏は、残り12カ月、毎月通常の拠出額(20万円)に加えて、定額の利子(例:10万円)も払っていくことになります。A氏の場合、残り12カ月、毎月の拠出額は30万円になります。頼母子講の解散時、A氏の収支は120万円の損失(支出380万円、収入260万円)になります。

 ゆえに次月の受取人(B氏)の配当金は、270万円(260万円+A氏の利子10万円)になります。そしてB氏も次回以降、残り11カ月、毎月の拠出額は30万円になります。頼母子講の解散時、B氏の収支は100万円の損失(支出370万円、収入270万円)です。

 最後の月に受け取ることになったM氏の配当金は380万円([30万円×12人]+20万円)になります。M氏が配当金を受け取ったところで、頼母子講は解散になります。頼母子講の解散時、M氏の収支は120万円の収益(支出260万円、収入380万円)です。

 「入札」の場合、最高額の利子を提示した会員が配当金を受け取りました(*6)。受取人(落札者)の利子の払い方は2通りありました。1つは「配当金から利子を引く」という方法でした(*6)。例えば会員10人で各会員の毎月拠出額が10万円の頼母子講の場合、配当金は100万円であり、「利子10万円」で落札した会員(X氏)の獲得金は、90万円(100万円-10万円)になりました。頼母子講の解散時、X氏の収支は10万円の損失(支出100万円、収入90万円)です。

 もう1つは、受取人(落札者)が次回以降、利子を払っていくという方法でした(*6)。早急に資金を欲している会員にとって、入札方式は使い勝手が良かったのかもしれません。

 頼母子講は、ヤクザ組織の資金獲得源の1つでもありました。ヤクザ組織の構成員は、頼母子講の「親」となり、その頼母子講に他者を参加させました(*1)。ヤクザ組織の構成員が「親」となる頼母子講では、「親」のみが「配当2回獲得の権利」を持っていました(*1)。最初の月は「親」(ヤクザ組織の構成員)が配当を獲得することになっていたのです(*1)。その後は、通常の頼母子講と同じで、配当が会員全員(「親」も含む)に行き渡るように運営されました(*1)。

 ヤクザ組織の構成員が「親」となる頼母子講では、仮に会員が10人(「親」も含む)で、毎月の拠出額が各会員10万円だったとします。毎月の配当金は100万円になります。会員10人なので、通常は10カ月で解散しますが、この頼母子講は11カ月で解散します(*1)。「親」の収支は90万円の収益(支出は110万円、収入200万円)、「親」以外の会員(9人)の収支は10万円の損失(支出は110万円、収入100万円)となります。ヤクザ組織は頼母子講を利用して、他者から金銭を吸い上げていたのです。

<引用・参考文献>

*1 『新版・現代ヤクザのウラ知識』(溝口敦、2006年、講談社+α文庫), p311-313

*2 『イスラームからつなぐ2 貨幣・所有・市場のモビリティ』「第2章 貨幣を合わせて贈与する - 沖縄とカメルーンにおける頼母子講のモビリティ」(平野(野元)美佐、2024年、東京大学出版会), p49

*3「第2章 貨幣を合わせて贈与する - 沖縄とカメルーンにおける頼母子講のモビリティ」, p67

*4「第2章 貨幣を合わせて贈与する - 沖縄とカメルーンにおける頼母子講のモビリティ」, p50

*5 Lindiwe Ngcobo and Joseph Chisasa.(2018). Success Factors and Gender Participation of Stokvels in South Africa. Acta Universitatis Danubius.Œconomica, 14(5).p217

*6「第2章 貨幣を合わせて贈与する - 沖縄とカメルーンにおける頼母子講のモビリティ」, p60-62

*7 『日経ヴェリタス』2023年12月3日号「アルゼンチン次期大統領 小さな政府で苦境打開」(宮本英威)

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