ジャーナリストのヨアン・グリロ(Ioan Grillo)氏は、『メキシコ麻薬戦争 アメリカ大陸を引き裂く「犯罪者」たちの叛乱』(日本では2014年初版)において、メキシコには7つの大手麻薬カルテルがあると述べていました(*1)。
「7大麻薬カルテル」として、ヨアン・グリロ氏は「シナロア・カルテル」(Sinaloa Cartel)、「フアレス・カルテル」(Juárez Cartel)、「ティファナ・カルテル」(Tijuana Cartel)、「ファミリア・ミチョアカナ・カルテル」(Familia Michoacana Cartel)、「ベルトラン・レイバ機構」(Beltrán-Leyva Organization)、「ガルフ・カルテル」(Gulf Cartel)、「セタス」(Zetas)を挙げていました(*1)。
7大麻薬カルテルのファミリア・ミチョアカナ・カルテルにおいては、2010年12月、指導者のナザリオ・“エル・マス・ロコ”・モレノ(Nazario “El Más Loco”Moreno)が殺害されたという「報告」が当局に入りました(実際ナザリオ・モレノは死んでいませんでした)(*2)。
「指導者殺害の知らせ」を受けて、ファミリア・ミチョアカナ・カルテルからは、離脱勢力が現れました(*2)。一方2011年3月、旧ファミリア・ミチョアカナ・カルテルの勢力は新団体「テンプル騎士団」(Knights Templar)を立ち上げました(*2)。テンプル騎士団は「ファミリア・ミチョアカナ・カルテルの後継組織」として位置づけられました(*2)。
また7大麻薬カルテルの中のベルトラン・レイバ機構は2010年瓦解(*3)、セタスは2015年瓦解しました(*4)。
旧ベルトラン・レイバ機構の勢力としては「ロス・ロホス」(Los Rojos)、「ゲレーロス・ウニドス」(Guerreros Unidos)等がありました(*5)。旧セタスの勢力としては「ノースイースタン・カルテル」(Northeastern Cartel)、「オールドスクール・セタス」(Old School Zetas)等がありました(*4)。
残りの4つの麻薬カルテルに関しては、近年も活動がありました。ティファナ・カルテルは2018年時点でも活動しており(*6)、シナロア・カルテル、フアレス・カルテル、ガルフ・カルテルの3つは2020年時点でも活動していました(*5)。
ヨアン・グリロ氏が述べた7大麻薬カルテルには「ハリスコ新世代カルテル」(Jalisco Nueva Generación Cartel)が入っていません。2020年時点でアメリカ合衆国麻薬取締局は、アメリカ合衆国内での活動実績において、ハリスコ新世代カルテルを「一番手のシナロア・カルテルに次ぐ勢力」として認識していました(*5)。ハリスコ新世代カルテルは2010年、旧ミレニオ・カルテル(Milenio Cartel)の一派によって立ち上げられました(*7)。
以上からヨアン・グリロ氏の「7大麻薬カルテル」があった時代は、出版年も踏まえると、おそらく2000年代だったと考えられます。
メキシコ麻薬カルテル業界において、アメリカ合衆国との国境エリアに縄張りを持つ組織は、違法薬物の密輸目的で縄張りを通過する組織に対し、通行手数料を徴収していました(*8)。通行手数料は「デレッチョ・デ・ピソ」(derecho de piso)と呼ばれました(*8)。
デレッチョ・デ・ピソ徴収側のカルテルも、違法薬物を自ら密輸する際、警察組織及び軍に金を支払っていました(*8)。一方、デレッチョ・デ・ピソ徴収側のカルテルは「警察及び軍に対する支払い金」の負担を「通過する組織」に求めました(*8)。デレッチョ・デ・ピソ徴収側のカルテルは、密輸事業における「負担金の徴収」という言い分で、デレッチョ・デ・ピソを徴収していたのです。
7大麻薬カルテルのうち「デレッチョ・デ・ピソ徴収側」に確実に入るのはフアレス・カルテル(*8)、ティファナ・カルテル(*8)、ガルフ・カルテル(*8)です。
セタスも「デレッチョ・デ・ピソ徴収側」に入ったと考えられます。旧セタス勢力のノースイースタン・カルテルは、国境の街であるヌエボ・ラレド(タマウリパス州)を縄張りとしていました(*9)。セタス時代から、セタスの一派がヌエボ・ラレドを縄張りとしていました(*9)。ゆえにセタスもヌエボ・ラレドを通過する組織からデレッチョ・デ・ピソを徴収していたと考えられます。
<引用・参考文献>
*1 『メキシコ麻薬戦争 アメリカ大陸を引き裂く「犯罪者」たちの叛乱』(ヨアン・グリロ著、山本昭代訳、2014年、現代企画室), p334
*2 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』(David F. Marley,2019,Abc-Clio Inc),p104-105
*3 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』, p172
*4 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』, p308
*5アメリカ合衆国麻薬取締局サイト内「2020全米麻薬脅威評価(National Drug Threat Assessment)」(2021),p66-68
*6 InSight Crimeサイト「Tijuana Cartel」(InSight Crime,2018年2月13日)
https://insightcrime.org/mexico-organized-crime-news/tijuana-cartel-profile
*7 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』, p186
*8 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』, p91-92
*9 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』, p308
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