メキシコ麻薬カルテルの「ハリスコ新世代カルテル」(Jalisco Nueva Generación Cartel)は2010年、旧ミレニオ・カルテル(Milenio Cartel)の一派によって結成されました(*1)。2020年時メキシコ麻薬カルテル業界には二大勢力があり、そのうちの1つがハリスコ新生代カルテルでした(*2)。もう1つは「シナロア・カルテル」(Sinaloa Cartel)でした(*2)。
元々ミレニオ・カルテルはミチョアカン州を本拠地としていましたが、「セタス」(Zetas)のミチョアカン州侵攻により、ミチョアカン州から離れることを余儀なくされました(*1)。その後ミレニオ・カルテルは、ハリスコ州で活動していったのですが、「シナロア・カルテルの保護下」に入りました(*1)。
2010年春ミニレオ・カルテルは2つに分裂しました(*1)。そのうちの一派がハリスコ新世代カルテルとなりました(*1)。ネメシオ・“エル・メンチョ”・オセゲラ・セルバンテス(Nemesio “El Mencho” Oseguera-Cervantes)がハリスコ新世代カルテルの結成を主導しました(*1)。もう一派は「ラ・レシステンシア」(La Resistencia)という名のグループでした(*1)。後にハリスコ新世代カルテルがラ・レシステンシアを打ち破りました(*1)。
ネメシオ・“エル・メンチョ”・オセゲラ・セルバンテスは2010年夏、シナロア・カルテルのリーダー格であるホアキン・“エル・チャポ”・グスマン・ロエラ(Joaquin “El Chapo”Guzmán Loera)のもとに行き、ハリスコ新世代カルテルは旧ミレニオ・カルテル同様「シナロア・カルテルのジュニアパートナー」として活動することを約束しました(*1)。つまりハリスコ新世代カルテルはシナロア・カルテルに従属することを約束したのです。
おそらくハリスコ新世代カルテルは、一時期シナロア・カルテルの「ジュニアパートナー」として活動していたものの、後にシナロア・カルテルとの関係を清算したと考えられます。
シナロア・カルテルは1990年頃、シナロア州及びソノラ州南部の小規模麻薬組織が集う形で、結成されました(*3)。結成時シナロア・カルテルの組織形態は、連合型でした(*3)。その後もシナロア・カルテルは連合型の組織形態を維持していきました(*4)。2024年時点シナロア・カルテルは主に4つのグループで構成されていました(*5)。4グループの間に上下関係はなかったようです(*5)。
一方ハリスコ新世代カルテルは、組織運営に「フランチャイズ」をとりいれていました(*6)。
元々「フランチャイズ」という言葉は、合法領域のビジネスで用いられています。フランチャイズとは、本部側が自社ビジネスのノウハウ提供や商品の仕入れ代行をする一方、加盟店側はロイヤリティを払うというビジネスモデルです(*7)。本部側は「フランチャイザー」、加盟店側は「フランチャイジー」と呼ばれます(*7)。フランチャイジー(加盟店)の大きなメリットとしては「本部組織名」の利用があります(*7)。
フランチャイズのもと、ハリスコ新世代カルテルには「階層」がありました。まず組織内の頂点には、先述のネメシオ・“エル・メンチョ”・オセゲラ・セルバンテスが位置していました(*6)。その下の階層には、指揮官クラスの者達が少数、位置していました(*6)。指揮官クラスの下の階層には、地域グループのボス達が位置していました(*6)。ハリスコ新世代カルテルの階層は、上から「ネメシオ・オセゲラ」→「指揮官クラスの者達」→「地域グループのボス達」の順で、構成されていたのです。
ハリスコ新世代カルテルにおいて、ネメシオ・オセゲラと指揮官クラスの者達が「フランチャイザー」(本部)に該当し、いわば「1次団体の執行部」になります。一方、地域グループが「フランチャイジー」(加盟店)に該当し、いわば「2次団体」になります。
いわばハリスコ新世代カルテルは自身の「ブランド使用権」を地域グループに供与していたのです。
ハリスコ新世代カルテルの2次団体(地域グループ)は、一定の裁量権を有していました(*6)。この裁量権には、他団体と自由に同盟を締結できる権利も含まれていました(*6)。つまり各2次団体は自由に他団体と同盟を結ぶことができていたのです。
しかし同盟締結の権利は、内紛の要因にもなりました(*6)。例えばハリスコ新世代カルテル2次団体のAは、Xという他団体と同盟を結んだとします。一方でハリスコ新世代カルテル2次団体のBは、すでにYという他団体と同盟を結んでいました。実はXとYは対立していました。XとYの対立関係が、ハリスコ新世代カルテル傘下のAとBの関係を悪化させる可能性があるからです。
1次団体執行部の方は、2次団体に一定の裁量権を付与する一方で、執行部からの指示・命令に従うこと、組織名やブランドを守ることなどを2次団体に課していました(*6)。またハリスコ新世代カルテルの2次団体は、1次団体執行部に上納金を払いました(*6)。
フランチャイズの導入により、ハリスコ新世代カルテルは短期間で勢力を拡大させたと考えられています(*6)。
過去には先述のセタスが、フランチャイズのような方法をとりいれていました。地域グループはセタスの傘下に入ると、上納金を払う一方で、「セタス」という組織名を使うことができました(*8)。ちなみに2015年にセタスから5もしくは6つのグループが脱退、セタスは分裂状態に陥りました(*9)。
ハリスコ新世代カルテル側がセタスの方法を模倣する形で、取り入れたのかもしれません。
また近年ハリスコ新世代カルテルは、メキシコにおいてコカ葉の栽培及びコカイン生産を企んでいます(*10)。以前からメキシコ麻薬カルテルは、コロンビアのコカ葉栽培農家や密造業者に指導を求めて、メキシコでコカ葉を栽培し、コカインを密造してきました(*10)。
元々メキシコでのコカ葉栽培及びコカイン密造は、土壌、気候、標高の違いから、不可能だと考えられていました(*10)。
アメリカ合衆国麻薬取締局の法医学分析によれば、メキシコ産コカ葉から生み出されるコカイン量は、南米産コカ葉に比べて、少ないです(*10)。またメキシコではコカ葉栽培の規模も小さいです(*10)。
<引用・参考文献>
*1 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』(David F. Marley,2019,Abc-Clio Inc), p186
*2「2020全米麻薬脅威評価(2020 National Drug Threat Assessment)」(アメリカ合衆国麻薬取締局、2021年),p67
*3 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』,p155-156
*4 『Blood Gun Money: How America Arms Gangs and Cartels』(Ioan Grillo,2021,Bloomsbury Publishing Plc),p240
*5「2024全米麻薬脅威評価(National Drug Threat Assessment 2024)」(アメリカ合衆国麻薬取締局、2024年),p4
https://www.dea.gov/sites/default/files/2024-05/NDTA_2024.pdf
*6 「2024全米麻薬脅威評価(National Drug Threat Assessment 2024)」, p12
*7 『この一冊で全部わかる ビジネスモデル 基本・成功パターン・作り方が一気に学べる』「フランチャイズ」(根来龍之・富樫佳織・足代訓史、2021年、SBクリエイティブ),p181-182
*8 『メキシコ麻薬戦争 アメリカ大陸を引き裂く「犯罪者」たちの叛乱』(ヨアン・グリロ著、山本昭代訳、2014年、現代企画室),p156
*9 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』, p308
*10 「2024全米麻薬脅威評価(National Drug Threat Assessment 2024)」, p36
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