南東ヨーロッパのモンテネグロは何十年も、違法煙草及び違法薬物の密輸経路における「中継地点」として機能してきました(*1)。
モンテネグロは人口約63万人で(*1)、旧ユーゴスラヴィア連邦を構成する共和国の1つでした(*2)。
1991~1992年旧ユーゴスラヴィア連邦が解体していく中、セルビアとモンテネグロは「ユーゴスラヴィア連邦共和国」を立ち上げました(*2)。2003年2月ユーゴスラヴィア連邦共和国は「連合国家セルビア・モンテネグロ」に改編されました(*2)。しかし2006年モンテネグロは独立しました(*2)。
モンテネグロは2002年には、通貨ユーロを導入していました(*2)。また2017年6月モンテネグロは北大西洋条約機構(NTAO)に加盟しました(*2)。
旧ユーゴスラヴィア連邦にはスロヴェニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニア(現在の北マケドニア)の計6つの共和国がありました。
6つとも現在独立しています。6つのうち、セルビアと北マケドニアは内陸国です。スロヴェニアとボスニア・ヘルツェゴヴィナに海岸線はあるものの、短いです。一方、クロアチアとモンテネグロの海岸線は長いです。4カ国ともアドリア海に面しています。
旧ユーゴスラヴィア連邦の解体以降、モンテネグロのバール(アドリア海沿岸の都市)は「煙草の密輸拠点」になりました(*3)。煙草が外国からバールに輸入された後、その煙草はバールから外国に「再輸出」されました(*3)。2022年7月モンテネグロ政府は、煙草の密輸対策として、バールにおいて煙草保管禁止の措置を発表しました(*3)。
2015年モンテネグロのアウトロー組織「カヴァク」(Kavac)と「スカルジャリ」(Skaljari)の間で、抗争が勃発しました(*1)。スペインのバレンシアのアパートから300kgのコカインが消えたことが、抗争の発端となりました(*1)。以降、両組織は縄張りを巡り、抗争を続けていきました(*1)。その抗争において少なくとも50人が、モンテネグロ、セルビア、オーストリア、ギリシャ、トルコで殺害されました(*1) (*4)。
スカルジャリのトップと見られていたヨヴァン・ヴコティッチ(Jovan Vukotic)は、2022年9月、トルコのイスタンブールで射殺されました(*4)。
両組織の名前は、アドリア海沿岸の都市コトル(モンテネグロ)の地区名から来ていました(*4)。コトルには、カヴァクとスカルジャリという地区があるのです(*4)。カヴァクは、コトル郊外にある村の名前です(*5)。両組織ともコトルが発祥地でした(*4)。
旧ユーゴスラヴィア連邦時代からコトルは、リエカ、ザダル、スプリットなどの都市とともに「港湾都市」として知られていました(*6)。リエカ、ザダル、スプリットは現在クロアチアの都市です。旧ユーゴスラヴィア連邦時代、国内最大の港だったのがリエカでした(*6)。「ユーゴリニア」(Jugolinija)と「ヤドロリニヤ」(Jadrolinija)という海運大手はリエカに本社を置いていました(*6)。
アドリア海に沿った交通路としては「アドリア海高速道路」(Adriatic Highway)があります。アドリア海高速道路は1954年着工され、1965年に開通式が行われました(*7)。
昔リエカ(クロアチア北部)からドゥブロヴニク(クロアチア南部にあるアドリア海沿いの町)につながる道路はありませんでした(*8)。またアドリア海沿岸部と内陸部は、狭い砂利道によって結ばれていました(*8)。
当時の旧ユーゴスラヴィア連邦では、アドリア海高速道路よりも、「中央高速道路」(Central Highway)の開通が優先されていました(*9)。中央高速道路は1948年着工、1963年完成しました (*9)。中央高速道路は4つの共和国の首都であるリュブリャナ(スロヴェニア)、ザグレブ(クロアチア)、ベオグラード(セルビア)、スコピエ(マケドニア)をつないでいました(*9)。
<引用・参考文献>
*1 Balkan Insightサイト「Two Montenegrin Sailors Charged in Australia With Cocaine Smuggling」(Samir Kajosevic,2023年6月16日)
*2 『ユーゴスラヴィア現代史 新版』(柴宜弘、2021年、岩波新書), p222-226
*3 Balkan Insightサイト「Montenegro Arrests Prominent Businessman in Cigarette-Smuggling Swoop」(Samir Kajosevic,2024年2月20日)
*4 Balkan Insightサイト「Montenegro Bomb Blast Leaves Two Alleged Drug Gang Members Dead」(Borislav Visnjic,2024年6月20日)
https://balkaninsight.com/2024/06/20/montenegro-bomb-blast-leaves-two-alleged-drug-gang-members-dead
*5 Balkan Insightサイト「Drug Crime Casts Long Shadow over Montenegrin Coast」(Samir Kajosevic,2022年10月26日)
https://balkaninsight.com/2022/10/26/drug-crime-casts-long-shadow-over-montenegrin-coast
*6 『自主管理社会趣味Vol2 アイラブユーゴ 2 ユーゴスラヴィア・ノスタルジー男の子編』「アドリア海から世界の大海原へ―海洋国家ユーゴの海運と世界第4位にもなった造船」(鈴木健太、2014年、社会評論社),p30-33
*7 Melita Čavlović.(2018). Constructing a Travel Landscape: A Case Study of the
Sljeme Motels along the Adriatic Highway. Architectural Histories, 6(1).pp2
https://doi.org/10.5334/ah.187
*8 Melita Čavlović.(2018).pp1
*9 Melita Čavlović.(2018).pp3
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