アフリカのウガンダではバイクタクシーが交通手段として普及しています(*1)。ウガンダはアフリカ東部に位置し、また内陸国です。ウガンダにおいてバイクタクシーは「ボダ・ボダ」(Boda Boda)と呼ばれています(*1)。
ボダ・ボダの運転手は、バイクの後部に客や荷物を載せ、目的地まで輸送しました(*1)。一方、客は運転手に対し運賃を払いました (*1)。
生徒や教師の登校時、また労働者の通勤時に、ボダ・ボダは利用されていました(*2)。また商人も、頻繁に配送する際は、ボダ・ボダを利用していました(*3)。
交通手段としてのボダ・ボダの長所としては、出発までの待ち時間がなく目的地まで移動できること、広大な郵送エリア、交通渋滞の中でも移動できること等が挙げられました(*3)。
ウガンダでは自動車燃料が高額(1リットルあたり3,780ウガンダ・シリング)だったこともあり、多くの人々にとって自動車は交通手段になりえませんでした(*2)。
首都カンパラでは14人乗りの小型乗合バスがタクシーとして営業していましたが(*4)、この小型乗合バスだけではカンパラの輸送需要を満たすことはできませんでした(*5)。14人乗り小型乗合バスは「マタトゥ」(Matatu)と呼ばれていました(*4)。
14人乗り小型乗合バスの場合、カンパラからエンテベ(カンパラから南西に約37km)の移動時間は約90分でした(*5)。一方、同じ区間におけるボダ・ボダの移動時間は約40分でした(*5)。14人乗り小型乗合バスの場合、途中に停留所がある為、移動時間が長くなりました(*5)。
ボダ・ボダの普及前は、自転車タクシーがウガンダで流行っていました(*2)。かつて「ボダ・ボダ」という単語は、自転車タクシーだけを指していました(*4)。
1960年代初め、ウガンダの密輸業者は隣国ケニアとの往来において、資材の輸送手段として自転車を利用していきました(*2)。当時自動車やバイクは、購入価格が高く、また走行中の音がうるさかった為、密輸業者にとって適した輸送手段ではなかったのです(*2)。その後ウガンダにおいて自転車は「旅客輸送」の領域でも用いられ、自転車タクシーが普及していきました(*2)。
次に1990年代にバイクタクシーが登場しました(*1)。そしてボダ・ボダは「バイクタクシー」を意味する単語に変わりました(*1)。一方、自転車タクシーはボダ・ボダとは呼ばれなくなりました(*1)。
ボダ・ボダ運転手は若年男性の仕事でした(*2)。ボダ・ボダ運転手は毎日約50km移動しました(*2)。また事故にあうことや、移動中にホコリを吸い込むことがあった為、業務は身体的に過酷で、運転手は健康被害に陥りやすかったです(*2)。
ボダ・ボダ運転手になるには「バイク1台の調達」と「年会費の支払い」が求められました(*2)。運転手になりたい者は、バイクを購入するか、もしくは借りなければなりませんでした(*2)。
ウガンダのバイク市場において主要ブランドは「ボクサー」(Boxer)でした(*5)。ボクサーは、インドのバジャージ・オート社(Bajaj Auto Ltd)のブランドでした(*5)。バイク1台の購入費用は約300万ウガンダ・シリング(2014年時点)でした(*5)。
2014年11月時点で米ドルとウガンダ・シリングの為替レートは、1米ドル=2,775ウガンダ・シリングでした(*5)。その為替レートでは、300万ウガンダ・シリングは約1,100米ドルになりました(*5)。
ブラッドリー・レイナーによるアンケート調査(首都カンパラのボダ・ボダ2010の中央部門内で運転手100人にアンケートを配布、そのうち51人がアンケートに応じました)では(*6)、51人の回答者のうち、半数以上がバイクを所有(購入)していました(*5)。また31人の回答者のうち、71%が購入にあたって、購入資金を借りていました(*5)。ボダ・ボダ2010については、後で述べます。
銀行や他の組織から購入資金を借りる場合もありましたが、多くは金持ちの個人から借りていました(*5)。しかしこの方法において、金持ちの個人はボダ・ボダ運転手に現金を融資しませんでした。
この方法ではまず金持ちの個人が「代理」でバイクを購入し、ボダ・ボダ運転手に提供しました(*5)。ボダ・ボダ運転手はそのバイクを用いて営業し、金持ちの個人(バイクの所有者)に一般的に1日あたり1万ウガンダ・シリングを支払っていったようです(*5)。支払い総額が「バイク購入費用+利息」に達したら、バイクの所有権が「金持ちの個人」から「運転手」に移転しました(*5)。
金持ちの個人にとって、この仕組みの長所は、実際に金を貸し出さないことにあると考えられます。もし運転手が病気に遭い、支払いが滞っても、バイクを回収することで解決を図れたはずです。しかしバイクの損傷事故やバイク窃盗の場合は、金持ちの個人の利益確保を困難にしました(*5)。運転手側にとっても、事故や窃盗は、バイク所有を困難にさせる事態でした(*5)。
また運転手になりたい者は、各地のボダ・ボダ協会に所属し、年会費(6~10米ドル)を支払わなければなりませんでした(*2)。年会費には「地方自治体からの営業免許」取得の費用も含まれていました(*2)。
ボダ・ボダ協会は地域ごとにありました(*3)。ウガンダ政府は、各地域のボダ・ボダ協会に管理業務を任せる方法で、バイクタクシー(ボダ・ボダ)業界を規制しようとしました(*2)。事故の時は、当事者のボダ・ボダ運転手に代わり、所属先のボダ・ボダ協会が対応しました(*2)。
法律面では「交通道路安全法」(1998年制定)がボダ・ボダ業界を規制していました(*3)。交通道路安全法では、無免許運転や危険運転の禁止、ヘルメット着用義務などが決められていました(*3)。しかし首都カンパラ以外の地域において、ボダ・ボダ運転手の多くはヘルメットを着用していませんでした(*3)。また乗車定員(2人:運転手1人+乗客1人)を超えての危険運転も見られました(*3)。
都市部にはボダ・ボダ運転手の「客待ち場所」(ステージ:stage)がありました(*1)。車道や歩道の一区画が「ステージ」になっていました(*3)。しかしその場所においては「ステージ」を示す標識や看板はなかったです(*3)。行政側がステージを公式に認めていなかったからです(*3)。ステージの確定は「利害関係者間の合意」のもとでなされていたにすぎなかったのです(*3)。
またステージごとに「委員会」がありました(*3)。この委員会は、先述したボダ・ボダ協会の「下部組織」として機能していました(*3)。都市部のボダ・ボダ運転手は、先述したように協会に所属するのに加えて、ステージの委員会にも所属しなければならなかったのです(*3)。
「ボダ・ボダ2010」(Boda Boda Association 2010)という協会は、2014年時点で首都カンパラのボダ・ボダ協会の中において、最大勢力(推定10万人の運転手登録)を擁していました(*7)。ボダ・ボダ2010の年会費は、7,000ウガンダ・シリングでした(*7)。
また2018年以前のボダ・ボダ2010は、1,000以上のステージにおいて約5万人の運転手を影響下に置いていたといわれています(*8)。消息筋によると、ボダ・ボダ2010は、ステージで営業する運転手から、50万~100万ウガンダ・シリングを徴収していたといわれています(*8)。
またボダ・ボダ2010はバイク購入希望者に対し、購入資金を貸し出していました(*9)。返済方法は、毎週6万6,000ウガンダ・シリングを13カ月間、ボダ・ボダ2010に支払うというものでした (*9)。
13カ月を週に直すと、約56週になります。単純に計算すると、ボダ・ボダ2010に支払う総額は、約369万6,000ウガンダ・シリング(6万6,000×56)になります。ボダ・ボダ協会(購入資金を貸した側)にとって、69万6,000ウガンダ・シリングは「利息」になります。年利(%)は「利息÷元本÷期間(年)×100」の式で求められます(*10)。数値を入れていくと、式は「69万6,000÷300万÷1.08×100」となり、年利は約21%になります。
ウガンダのマサカ県マサカ市カトゥエブテゴ地区のあるステージ(大谷琢磨は「Xステージ」と表記)において、大谷琢磨は計5回(2015年9~11月、2016年6~8月、2017年9月~2018年2月、2018年8月~2019年1月、2020年1~3月)、1年9カ月間、調査をしました(*11)。2020年の調査において、Xステージには36人のボダ・ボダ運転手が登録されていました(*12)。36人の平均年齢は、32.2歳でした(*12)。1日あたりの平均収入は1~2万ウガンダ・シリングでした(*12)。
2014年時点の首都カンパラでは、ボダ・ボダの運賃は規制されていませんでした(*5)。運賃に関しては運転手が「裁量権」を持っていました(*5)。
先述のブラッドリー・レイナーのアンケート調査(運転手51人がアンケートに応じた)において、約4kmの輸送運賃(首都カンパラ)について尋ねたところ、回答の中で最低額は2,000ウガンダ・シリング、最高額は1万ウガンダ・シリングでした(*5)。
しかし5,000ウガンダ・シリングを超えたと回答したのは2人でだけで、多くは2,000~5,000ウガンダ・シリングの運賃と回答していました(*5)。
<引用・参考文献>
*1 大谷琢磨.(2023). ウガンダ都市部におけるバイクタクシー運転手の自主組織による集団規範の形成と顧客の獲得実践. アジア・アフリカ地域研究, 23(1).pp3
https://www.jstage.jst.go.jp/article/asafas/23/1/23_1/_pdf/-char/ja
*2 Gian Luca Gamberini.(2014). Boda Boda:The Impact of a Motorbike Taxi Service in Rural South Uganda. Columbia University Journal of Politics and Society.pp140
*3 大谷琢磨.(2023).pp4-6
*4 Bradley Raynor.(2014). Informal Transportation in Uganda: A Case Study of the Boda Boda. Independent Study Project (ISP) Collection, 1923.pp2
<https://digitalcollections.sit.edu/isp_collection/1923/>
*5 Bradley Raynor.(2014). pp21-23
*6 Bradley Raynor.(2014). pp13-14
*7 Bradley Raynor.(2014). pp31-32
*8 The Observerのサイト「Boda Boda 2010 gang ‘regroups’」(Baker Batte Lule,2018年2月23日)
https://observer.ug/news/headlines/57024-boda-boda-2010-gang-regroups
*9 Bradley Raynor.(2014).pp33
*10『No.1エコノミストが書いた世界一わかりやすい金利の本』(上野泰也編著、2010年、かんき出版),p27
*11 大谷琢磨.(2023).pp10
*12 大谷琢磨.(2023).pp12
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