裏社会の資金獲得活動– category –
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常盆の勤務シフト
1975年時、松田組2次団体・溝口組の賭場(大阪市南扇町)は常盆でした(*1)。常盆とは、ほぼ毎日常設の場所で開催される賭場のことです(*2)。溝口組の賭場は、毎... -
輸入価格と末端価格の「倍率」
アヘン戦争(1840~1842年)以前の清国において、アヘン末端価格は輸入価格の5~10倍と推測されています(*1)。当時の清国にとってアヘンの広がりは社会問題でした。現代... -
博徒系組織と土建業
ヤクザ組織は昔から土建業界に関与してきました。ヤクザ組織が得意としたのが「人夫出し」(人足供給業)でした(*1)。人夫出しとは、日雇い労働者を徴集し、現場に送... -
博徒組織と興行
博徒組織と興行は歴史的に深く関わってきました。博徒組織は江戸時代の宿場町で組織的発展をしました(*1)。昔から博徒組織は見世物小屋や相撲興行から「ミカジメ料」... -
オチ
ノミ屋において「負けた客に対する払戻金」は、オチと呼ばれました(*1)。オチ(払戻金)は、一部のノミ屋で実施されていました(*1)。ノミ屋では投票券1枚100円でした(... -
常敷
賭場は「しき」とも呼ばれていました(*1)。「屋敷」から来ているとも言われています(*1)。常設賭場は「常敷」と呼ばれていました(*1)。 <引用・参考文献> *1 『親分... -
角力博打
明治時代(1868~1912年)、角力博打が流行りました(*1)。角力(かくりょく)とは相撲のことで、角力博打は文字通り、相撲の勝敗に賭ける博打でした(*1)。1897年頃、京... -
小金井一家と興行
博徒組織は興行の領域にも手を出していました。博徒組織には、普段から博打客を抱えていたことから、「集客力」がありました(*1)。興行を巡るトラブル収拾には、博徒...