会津小鉄会の内紛の調停者として稲川会の可能性を考えてみた

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 京都の独立ヤクザ組織・会津小鉄会の内紛が続いています。内紛は、六代目会長馬場美次の後継者人事を巡る争いに端を発しています。人事争いの裏には、会津小鉄会の今後採るべき外交戦略を巡る争いがあります。神戸山口組と友好的関係を結ぶ意向の馬場会長派と、山口組と友好的関係を維持する意向の原田昇派の対立です。1月10日以降の内紛後、原田昇には会津小鉄会から絶縁処分が下された模様です。

 1月11日早朝、原田昇派が居座っていた会津小鉄会本部事務所(京都市)を、馬場会長派と応援部隊の神戸山口組の組員達が急襲、原田昇派を追い出し本部事務所を占拠しました(*1)。対して、原田昇派を支援する山口組2次団体・弘道会の組員達が本部事務所を取り囲み、緊迫した展開になりました(*1)。結果、会津小鉄会本部事務所は現在京都府警の下、閉鎖されています。

 内紛が山口組と神戸山口組の「代理戦争」の意味合いを帯びる中、簡単に収まる気配がありません。京都を主に活動範囲とする会津小鉄会にとって、重要な「同盟国」は地理的上、山口組となります。1993年、会津小鉄会は山口組と親戚縁組をして、同盟を結びます(*2)。以降、1990年代に両団体の間で抗争があったものの、基本的には同盟関係を維持し続けてきました(*2)。

 山口組分裂の2015年8月以前、もし会津小鉄会で内紛が起きていれば、内紛の「調停者」として役割を果たしたのは山口組でした。山口組が「調停者」になりえたのは、当時会津小鉄会が「山口組の意向(調停内容)」を否定できなかったからです。会津小鉄会にとって、短期間の抗争を除けば長期に渡り山口組に対抗する力はなく、また「山口組と対抗できる他団体」が日本に存在しなかった以上、「山口組の意向」は最重要視するものでした。しかし2015年8月山口組分裂により、神戸山口組という「山口組と対抗できる他団体」が生まれた結果、山口組の「調停者」としての力は弱まりました。加えて、会津小鉄会の今回の内紛が山口組分裂に起因していることから、山口組及び神戸山口組は内紛当事者であり、「調停者」にはなりえません。「調停者」がいない以上、内紛が長引きます。

 しかし会津小鉄会内紛の「調停者」候補として考えられる団体が1つあります。稲川会です。会津小鉄会と稲川会は古くから親戚関係にありました(*3)。1986年7月、四代目会津小鉄会会長高山登久太郎の跡目継承式が会津小鉄会本部事務所で行われた際、他団体では親戚関係の稲川会だけが出席しました(*3)。式において稲川聖城総裁が取持人を務めました(*3)。また1985~1989年の山一抗争においては、会津小鉄会と稲川会が「調停者」の役割を果たしました。会津小鉄会の高山登久太郎会長が一和会側、稲川会の石井隆匡会長が山口組側を説得する役割分担をし、抗争終結に大きな働きをしました(*3)。1989年3月、滋賀県大津の高山登久太郎邸にて、山口組と一和会の幹部による最終的な話合いが行われ、山一抗争は終結しました(*4)。

 また1987年の日本皇民党事件においても、会津小鉄会と稲川会の関係性の深さを窺えるエピソードがあります(*5)。1987年、香川県高松市に拠点を置く右翼団体・日本皇民党は当時自民党実力者・竹下登に対して街宣活動をしていました(*5)。街宣活動を中止させるべく自民党側は1987年9月東京佐川の渡辺広康元社長に相談、結果渡辺広康元社長は稲川会の石井隆匡会長に街宣活動中止を依頼します(*5)。稲川会の石井隆匡会長は、会津小鉄会の2次団体・荒虎千本組の三神忠組長に、日本皇民党トップの稲本寅翁との橋渡しを依頼します(*5)。依頼を受けた三神忠組長は稲本寅翁と話し合い、結果日本皇民党は街宣活動を中止します(*5)。「稲川会・石井→会津小鉄会・三神」の経路の前に、自民党は浜田幸一衆院議員(かつて稲川会系列の組織に所属)に同様の依頼をしていました(*5)。「ハマコー」のあだ名を持ち強面で通してきた浜田幸一衆院議員は日本皇民党に説得にいきますが、断られてしまいます(*5)。「稲川会・石井→会津小鉄会・三神」の経路が、当時の裏社会において、非常に強い力を持っていたことを物語っています。稲川会にとって、山口組同様、会津小鉄会は「西日本における重要なパートナー」といえる存在だったのです。

 現在も、会津小鉄会と稲川会は何らかの関係を有しているはずです。ただし、当時から時間が経っていることから、現在両団体の幹部同士のつながりがどれだけ強いのかは分かりません。また2015年8月の山口組分裂以降、稲川会が山口組側の熱心な同盟団体として動いています。神戸山口組と友好的関係を結ぶ意向の馬場会長派にとって、稲川会による調停は好ましくありません。稲川会にとっても、山口組側に損をさせる調停案を出しにくい為、調停者の役を積極的には引き受けたくないでしょう。

<引用・参考文献>

*1 R-ZONE「菱のカーテンの向こう側2017「続報 六代目会津小鉄会でいま何が起こっているのか」」

*2 『実話時代』2016年9月号

*3 『実話時代』2016年8月号, p50

*4 『山口組の100年 完全データBOOK』(2014年、メディアックス), p212

*5 『現代ヤクザのウラ知識』(溝口敦、1999年、宝島社文庫), p131-133

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