テキヤ(露店商)にとって、祭りの多い夏は繁忙期で、稼ぎ時でした(*1)。神社の祭礼は夏が多かったです(*2)。またテキヤ組織領域の見世物小屋は、北海道における夏の高市(たかまち)で大きな収益を得ることができました(*3)。高市とは主に社寺の祭礼や縁日に開かれた仮設露店市のことでした(*4)。夏の高市は「夏高(なつだか)」とも呼ばれました(*3)。夏はテキヤ組織の収益が多くなる時期だったのです。ちなみにテキヤ組織にとって秋祭りのある秋も稼ぎ時でした(*5)。
一方、博徒組織にとって夏は活動停止時期でした(*6)。賭博が違法ゆえに、博徒組織は秘密裏に賭場を開帳していました(*6)。賭場の施設では窓は開けられませんでした。冷房装置のなかった昔、夏の賭場は心地よくなかったと考えられます(*6)。夏は博徒組織の収益が少なかった為、博徒組織間での寄り合いや祝儀事は控えられていました(*6)。
夏はテキヤ組織にとって収益が多かった一方、博徒組織にとって収益は少なった時期だったのです。
<引用・参考文献>
*1 『極道のウラ情報』(鈴木智彦、2008年、宝島SUGOI文庫), p92
*2 『生活史叢書3 てきや(香具師)の生活』(添田知道、1973年、雄山閣),p140
*3 『間道 – 見世物とテキヤの領域』(坂入尚文、2006年、新宿書房),p17
*4 『盛り場の民俗史』(神崎宣武、1993年、岩波新書),p44
*5 『ヤクザに学ぶ 伸びる男 ダメなヤツ』(山平重樹、2008年、徳間文庫), p154
*6 『洋泉社MOOK・勃発!関東ヤクザ戦争』(有限会社創雄社『実話時代』田中博昭編、2002年、洋泉社), p31-32
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