違法薬物の小売側にとって「常設店舗」は集客しやすい一方、リスクを伴います。違法薬物の購入者は常設店舗に「行く」だけで購入できる為、常設店舗は集客面で有利です。しかし常設店舗は「違法薬物の受け渡し場所」を固定化させてしまう為、小売側は警察当局や麻薬取締部(*1)から摘発されるリスクが高まります。
1980年代の大阪市西成区あいりん地区における「違法薬物の密売方法」は多様でした(*2)。密売方法として「道路における立ち売り」「パチンコ屋での客待ち密売」「ドヤやアパートの一室での密売」「電話注文による配達」などがありました(*2)。「道路における立ち売り」「パチンコ屋での客待ち密売」「ドヤやアパートの一室での密売」は常設店舗もしくは類似した密売方法であると考えられます。1980年代のあいりん地区において、おそらく違法薬物の密売が常に行われている「特定の道路とパチンコ屋」があったと考えられ、購入希望者は購入目的の為に「特定の道路とパチンコ屋」を訪れていたと考えられます。
一方「電話注文による配達」は店舗を持たない方法です。配達の場合「違法薬物の受け渡し場所」が変わる為、小売側は摘発リスクを軽減できます。1990年代初頭から活動を盛んにしたイラン人密売グループは当初、特定エリアにおいて立ち売り、つまり「常設的な店舗」に類似した方法で違法薬物を密売していました(*3)。イラン人密売グループの中には、立ち売りを複雑化させた組織もありました。エリアを歩く人に売り込む「声掛け役」の他に、「配達役」「集金役」が作られました(*3)。注文を受けた「声掛け役」が「配達役」に電話し、「配達役」が客に違法薬物を届けました(*3)。違法薬物を受け取った客は「集金役」に代金を払いました(*3)。以上の密売方法であれば、警察当局や麻薬取締部が「声掛け役」を確保しても、「声掛け役」が違法薬物を所持していない為、追求に限界があります。
後に立ち売りが摘発された為、イラン人密売グループは密売方法を「配達」に変更しました(*3)。イラン人密売グループによる違法薬物の配達は、電話にて注文を受け、客に「受け渡し場所」を指定する方法をとっていました(*3)。「受け渡し場所」が変わるので、受け渡しが警察当局や麻薬取締部から捜査されにくいです。イラン人密売グループは捜査から逃れる為、注文用の携帯電話番号を定期的に変更していました(*3)。またイラン人密売グループは「配達メンバーの住居場所」と「違法薬物の保管場所」を分けていました(*3)。「配達メンバーの住居場所」と「違法薬物の保管場所」が同じ場合、配達メンバーの住居場所が捕捉され家宅捜索が行われたら、違法薬物は発見、没収される可能性が高いです。イラン人密売グループが様々な工夫を行っていたことが窺えます。
イラン人密売グループは覚醒剤をヤクザ組織から、大麻やコカインを海外からの密輸で仕入れていました(*3)。また渋谷を拠点としたイラン人密売グループは、同じく渋谷を拠点とするヤクザ組織に「場所代」を払っていました(2000~2001年頃渋谷のセンター街でイラン人密売グループが活発に活動していました)(*3)。イラン人密売グループとヤクザ組織は「協力的な関係」にあったと考えられます。
<引用・参考文献>
*1 『マトリ 厚労省麻薬取締官』(瀬戸晴海、2020年、新潮新書), p24-29
*2 『マトリ 厚労省麻薬取締官』, p110-113
*3 『マトリ 厚労省麻薬取締官』, p137-151
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