若頭補佐の任命権

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 ヤクザ組織には「若頭補佐」という役職があります。「若頭補佐」という役職を最初に作ったのは山口組でした(*1)。山口組において、若頭補佐は「組織内ナンバー2の若頭」とともに、執行部を構成する役職です。三代目田岡一雄組長体制(在任期間:1946~1981年)(*2)では、地道行雄が若頭を務めていた期間(1955年頃~1968年)に、若頭補佐の職が設けられました(*3)。

 三代目田岡一雄組長体制は、組長と若頭にそれぞれ、「全若頭補佐の半数の任命権」を付与していました(*4)。1977年時、山口組若頭は山本健一で、若頭補佐は12人いました(*5)。建前上、若頭補佐12人のうち、組長(田岡一雄)は「6人分の任命権」を持ち、若頭(山本健一)も「6人分の任命権」を持っていたと考えられます。地道行雄が1968年若頭を退任した後は、若頭の地位は梶原清晴(在任期間:1968~1971年)、山本健一(在任期間:1971~1982年)に引き継がれていきました(*2)。

 一方、五代目渡辺芳則組長体制(在任期間:1989~2005年)(*6)における宅見勝若頭在任時代(1989~1997年)(*6)では、若頭(宅見勝)が「若頭補佐の任命権」をほぼ握っていました(*6)。執行部の人事に、渡辺芳則組長は介入できなかったことが考えられます。

<引用・参考文献>

*1 『山口組若頭』(実話時代編集部編、2007年、洋泉社), p60

*2 『山口組の100年 完全データBOOK』(2014年、メディアックス), p444-445

*3 『山口組若頭』, p18,23,63

*4 『ドキュメント 五代目山口組』(溝口敦、2002年、講談社+α文庫), p285-286

*5 『山口組若頭』, p69

*6 『山口組の100年 完全データBOOK』, p447-454

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