違法薬物ビジネスの卸・小売を担う組織(個人)にとって「水増し」は利益の増加を図る上で欠かせませんでした。卸・小売組織は仕入れた違法薬物に他物質(いわゆる「混ぜ物」)を付加し、量を増やしました。
例えば覚醒剤の小売組織(組織A)は卸から「10gにつき20万円」(*1)の価格で覚醒剤100gを仕入れたとします。組織Aの仕入れ費用は200万円(20万円×10)になります。組織Aは1パケを0.25gとし、1パケ1万円の価格で個人客に販売していきます。結果、仕入れた100g(400パケ)が完売したとします。組織Aの収益は400万円(1万円×400パケ)になり、利益(収益-費用)は200万円になります。
もし組織Aが仕入れた覚醒剤100gにカルキ25gを付加したとします。組織Aの覚醒剤は125gになりますが、水増した分だけ覚醒剤の純度は低下します。仕入れ時の覚醒剤100gの純度が100%だった場合、カルキ25gの付加により、純度は80%に落ちます。
組織Aは純度を顧みることなく125gの覚醒剤を1パケ(0.25g)1万円の価格で売り切った場合、収益は500万円(1万円×500パケ)になり、利益は300万円になります。水増しなかった時の利益200万円に比べて、利益が上がります。
カルキは覚醒剤の「混ぜ物」としてよく用いられていました(*2)。過去には覚醒剤の原材料の「エフェドリン」が混ぜ物として使われることもありました(*3)。また覚醒剤の湿度が高まると、量が増えた為、覚醒剤に水を霧吹きする方法も用いられていました(*2)。
コカインにおいても、混ぜ物は用いられてきました。海外ではコカインに混ぜ物を入れることを「カット」とも呼びました(*4)。「カット」の目的は3つありました(*4)。
1つ目が「アクティブ・カット」で、コカインと同じ薬理作用を持つ薬物が混ぜられました(*4)。コカインの薬理作用は「中枢神経の興奮」です(*5)。興奮の薬理作用を有するアンフェタミンやカフェインが「アクティブ・カット」の混ぜ物として用いられました(*4)。アンフェタミンは覚醒剤のことで、覚醒剤にはアンフェタミンとメタンフェタミンの「2種類」があります(*6)。
日本で流通した覚醒剤はメタンフェタミンを指しました(*6)。一方、欧米ではアンフェタミンの覚醒剤が流通しました(*6)。「アクティブ・カット」の長所としては、薬理作用の増強、作用時間の延長、また低品質コカインの品質向上がありました(*4)。
2つ目が「コスメティック・カット」でした(*4)。「コスメティック・カット」では、コカインの副作用を増強させる混ぜ物が入れられました(*4)。3つ目が「イナート(不活性)・カット」でした(*4)。「イナート・カット」は水増し目的で行われました(*4)。「イナート・カット」では混ぜ物としては、小麦粉や乳糖などがありました(*4)。2010年代のヨーロッパで売買されたコカインの純度は25~43%と推測されていました(*4)。
日本ではコカインの混ぜ物として、重曹が用いられました(*7)。
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<引用・参考文献>
*1『裏社会 噂の真相』(中野ジロー、2012年、彩図社), p205
*2 『ヤクザ500人とメシを食いました!』(鈴木智彦、2013年、宝島SUGOI文庫), p127-128
*3『薬物とセックス』(溝口敦、2016年、新潮新書), p85,137
*4 『コカイン ゼロゼロゼロ 世界を支配する凶悪な欲望』(ロベルト・サヴィアーノ著、関口英子/中島知子訳、2015年、河出書房新社), p162-163
*5『薬物依存症』(松本俊彦、2018年、ちくま新書), p33-34
*6『薬物とセックス』, p83-84
*7『薬物売人』(倉垣弘志、2021年、幻冬舎新書), p195-196
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