「ンドランゲタ」はイタリアのカラブリア州を本拠地に活動するアウトロー組織です(*1)。カラブリア州はイタリア半島最南端にあります。ンドランゲタは「ンドリーナ」という個々の組織から構成されています(*2)。ンドリーナは「ンドランゲタの2次団体」として位置づけられると考えられます。
図 イタリアのカラブリア州の地図(出典:Googleマップ)
ンドリーナの特徴としては、主に「血縁者」を構成員としているところです(*3)。また資金獲得活動においては、時折他ンドリーナと連携する場合もありますが、基本的に各ンドリーナは独立的に活動しています(*3)。
1970年代におけるンドランゲタの資金獲得業の1つに、誘拐ビジネスがありました(*2)。ンドランゲタの誘拐ビジネスは、誘拐された者に暴力を加えた上で身代金を要求する等、凶悪でした(*2)。ンドランゲタは後に誘拐ビジネスから手を引いたとされています(*2)。またンドランゲタはイタリア北部のミラノ市に進出(*1)、勢力圏を拡大させていきました(*2)。
コカイン密売もンドランゲタにとって主要な資金獲得源でした(*4)。ンドランゲタのコカインの仕入れ先として、南米コロンビアの麻薬組織がありました(*4)。
コロンビア麻薬組織はコカイン取引の決済終了まで、「ンドランゲタ側の者」を人質としました(*4)。いわばンドランゲタ側の人質は、コカイン取引における「担保」として機能していたのでしょう。
コカイン密輸方法の1つとしては、コロンビアからイタリアに合法的に輸出される貨物の中にコカインを隠す方法がありました(*4)。ンドランゲタの本拠地・カラブリア州は「ジョイア・タウロ港」を抱えています(*4)。コロンビア麻薬組織はジョイア・タウロ港に「ンドランゲタ宛」のコカインを密輸していきました(*4)。
現在のジョイア・タウロ港の場所には、1970年代半ば製鉄所が建設される予定でした(*5)。しかし製鉄所建設計画は途中で中止され、一転現在のジョイア・タウロ港の整備に計画が変わりました(*5)。1994年ジョイア・タウロ港の整備が完成、1999年港湾局が設立されました(*5)。ジョイア・タウロ港は比較的新しい港湾といえます。2000年のジョイア・タウロ港のコンテナ取扱量は265万TEU、入港したコンテナ船舶数は3,060隻でした(*5)。ジョイア・タウロ港は一定規模の港湾であることが分かります。
アウトロー組織にとって一定規模の港湾は、「密輸品の陸揚げ地」の1つです。陸揚げとは、「船の積み荷を陸に揚げる」ことを指します。ジョイア・タウロ港の整備により、1994年以降のンドランゲタは「陸揚げ地」を御膝元に確保できたことが推測されます。
ンドリーナ(ンドランゲタ2次団体)の「ピロマッリ・ファミリー」はジョイア・タウロ港を拠点に活動してきた組織で、イタリアの取締り機関からマークされてきました(*6)。
国際的な違法薬物ビジネスにおいて元々ンドランゲタは「後進組織」でした。当初ンドランゲタはアメリカ・マフィア(別名:コーザ・ノストラ)の密輸経路を利用していました(*3)。しかし後にンドランゲタは新規仕入れ先を開拓していき、自身のコンロトール下にある仕入れ網を確立また拡張していきました(*3)。南米には「ンドランゲタのブローカー」が活動しており、またンドランゲタと手を組むアウトロー組織もいます(*3)。
2008年時点ではメキシコ麻薬カルテルの1つガルフ・カルテル(Gulf Cartel)はンドランゲタと連携していることが明らかになりました(*3)。ンドランゲタはガルフ・カルテルから他の違法薬物に加えてコカインも仕入れていました(*3)。
おそらく各ンドリーナ(ンドランゲタ2次団体)によって「コカインの仕入れ先」が異なっていた可能性があります。先述したように、各ンドリーナは個別に資金獲得活動をしていきます。つまり「Aンドリーナ」はコロンビア麻薬組織から仕入れ、「Bンドリーナ」はガルフ・カルテルから仕入れるような形がとられていたと考えられます。
2015年時点で「ジョイア・タウロ港行きの違法薬物の密輸(仕入れ)経路」は主に3つあると、イタリア等の取締り機関は認識していました(*3)。
密輸経路の1つが“カリフォルニア・エクスプレス”(California Express)ルートでした(*3)。“カリフォルニア・エクスプレス”は、カリフォルニア→メキシコ→パナマと南に縦断し、パナマからは海路でジョイア・タウロ港を目指す経路でした(*3)。また“カリフォルニア・エクスプレス”にはチリ・ペルー・コロンビア・ブラジル北部→パナマの経路も含まれていました(*3)。“カリフォルニア・エクスプレス”では、パナマが「集荷場」として機能していたことが分かります。
密輸経路の2つ目が“メデューサ”(Medusa)ルートでした(*3)。“メデューサ”は全て海路で、メキシコ湾岸の港(メキシコ)→バハマ(自由港)→バレンシア(スペイン)→ジョイア・タウロ港の経路でした(*3)。“メデューサ”ルートではバハマにおいて南米諸国からの違法薬物が加わりました(*3)。
密輸経路の3つ目が、アルゼンチン→ウルグアイ→ブラジル南部→ジョイア・タウロ港のルートでした(*3)。
経路が3つあれば、取締り強化によって1つの経路の供給が滞ったとしても、他経路による供給量増加で市場供給量は落ち込みません。最初からンドランゲタが3つの密輸経路による供給計画を立案していたのではなく、あくまでも各々のンドリーナ(ンドランゲタ2次団体)が自身の密輸経路を開拓していった結果、3つの密輸経路が自ずと形成されていったと考えられます。
1次団体・ンドランゲタから見ると、組織全体の仕入れ網は拡張し、仕入れ量は増加し、結果供給量も増加できたはずです。実際2010年代のヨーロッパではンドランゲタが流通コカインの大半を牛耳っていたとみられています(*3)。
またンドランゲタにとって自国通貨がリラ(イタリアの旧通貨)ではなくユーロであることは、コカインをヨーロッパに密輸する際、メリットになっていると考えられます。イタリアは2002年、リラからユーロに通貨を切り替えました(*7)。
ユーロは国際的な決済通貨として機能しています。おそらく各ンドリーナは、アメリカ大陸側に対する決済時、通貨であればユーロもしくは米ドル等で払っていると考えられます(もちろん物々交換で決済をしている可能性もあります)。
イタリアなどはユーロを通貨として採用しており、各ンドリーナは地元の違法ビジネスではユーロで徴収していると考えられます。 ンドランゲタはユーロを沢山持っているのです。もしアメリカ大陸側が米ドルでの受け取りを望んでも、ユーロであれば米ドルとの交換がしやすい為、ンドランゲタにとって大きな問題にはならなかったと考えられます。
<引用・参考文献>
*1 『コカイン ゼロゼロゼロ 世界を支配する凶悪な欲望』(ロベルト・サヴィアーノ著、関口英子/中島知子訳、2015年、河出書房新社), p229
*2 『コカイン ゼロゼロゼロ 世界を支配する凶悪な欲望』, p231-232
*3 Anna Sergi.(2015). Family Fortunes: Calabrian mafia extends international reach. Jane’s Intelligence Review, September.
*4 『コカイン ゼロゼロゼロ 世界を支配する凶悪な欲望』, p237-244
*5 『港湾』2003年5月号「World watching36 地中海の国際トランシップ港 ジョイア・タウロ港とマルタフリーポート」(片岡真二), p50-51
https://www.phaj.or.jp/distribution/lib/world_watching/Europe/Europe019.pdf
*6 『コカイン ゼロゼロゼロ 世界を支配する凶悪な欲望』, p418
*7 『エリア・スタディーズ 現代イタリアを知るための44章』「台所は火の車 節約・貯蓄・家庭経済」(田中智子、2005年、明石書店),p118
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