ヒスパニック系のバイカーギャング

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 アメリカ合衆国ではヒスパニック系のバイカーギャングが活動してきました。牛島万によればヒスパニック(Hispanics)とは「メキシコ以南のスペイン語を公用語とするラテンアメリカ地域の出身者とその子孫で、アメリカ合衆国の居住者」を指します(*1)。

 つまりヒスパニックは①「メキシコ以南のラテンアメリカ地域出身及びその子孫」、②「出身地域の公用語がスペイン語」、③「アメリカ合衆国居住」の3要件から構成されています。「ニューヨーク居住のスペイン人」はラテンアメリカ地域出身ではないので、ヒスパニックには該当しません。

 またメキシコ以南の「ジャマイカもしくはブラジルの出身でニューヨークに居住する人」は、出身地域の公用語がスペイン語ではない為、ヒスパニックに該当しません。メキシコ以南のスペイン語を公用語とする「アルゼンチン出身でメキシコに居住する人」も、アメリカには居住していない為、ヒスパニックに該当しません。ヒスパニックは「人種的区分」ではありません(*1)。

 2000年時点のアメリカ合衆国においてヒスパニック系人口は3,530万人強(2000年国勢調査)で、全人口の12.5%の割合でした(*1)。また2000年時点でヒスパニック系人口が25%以上の割合の州としてカリフォルニア州、アリゾナ州、ニューメキシコ州、テキサス州の4州がありました(2000年国勢調査)(*1)。4州ともメキシコ国境に接しています。ヒスパニックの中でメキシコ系は「チカノ」(Chicanos)と呼ばれる場合があります(*1)。

 1965年「ヴァゴス」(Vagos)がカリフォルニア州サンバーナーディーノ郡で結成されました(*2)。結成年を1966年とする説もあります(*3)。

 ヴァゴスの前身は「サイコス」(Psychos)というバイカークラブでした(*4)。サイコスは元々、テメスカル・キャニオン(ロサンゼルス郡)で活動していました(*4)。1960年代前半サイコスは、リバーサイド市(リバーサイド郡)やサンバーナーディーノ郡に進出していきました(*4)。サンバーナーディーノ郡は、リバーサイド郡の北隣に位置しています。

 サイコスの構成員数は増加していきました(*4)。後の1965年(もしくは1966年)サイコスは組織名を「ヴァゴス」に改称しました(*4)。

 ヴァゴスは主にヒスパニック系のメンバーで構成されていたようです(*2)。バイカーギャング「ヘルズ・エンジェルス」(Hell’s Angels)も1948年サンバーナーディーノで結成していました(*5)。すでに同地域ではヘルズ・エンジェルスが活動していたのです。しかしヒスパニック系はその民族性により、ヘルズ・エンジェルスに入れなかったようです(*2)。

 ヴァゴスはヒスパニック系不良バイカー達の「受け皿」になったと考えられます。ヴァゴスは後に州外や海外にも進出、版図を拡大していきました。アメリカ合衆国内でヴァゴスはネバダ州、アリゾナ州、ハワイ州に支部を設立しました(*4)。海外ではヴァゴスはメキシコに支部を設立しました(*4)。ヴァゴスは別名「グリーン・ネーション」(Green Nation)とも呼ばれました(*2)。

 1969年東ロサンゼルスの刑務所内でチカノ系刑務所ギャングとして「モンゴルズ」(Mongols)が結成されました(*6)。モンゴルズは後にバイカーギャングに発展していました(*6)。モンゴルズは「ラ・エメ」(La Eme)というメキシコ系アウトロー組織と同盟を結びました(*6)。ラ・エメは「メキシカン・マフィア」(Mexican Mafia)とも呼ばれていました(*6)。

 2008年10月モンゴルズ全体の総長ドック・カバゾス(Doc Cavazos)とモンゴルズ構成員79人が逮捕されました(*7)。逮捕の3年前から捜査機関は作戦名「黒い雨」の下、モンゴルズに潜入捜査官を送りこんでいました(*7)。ドック・カバゾスらモンゴルズ側は殺人罪、殺人未遂罪、暴行罪、ヘイトクライムの罪、銃犯罪、麻薬取引の罪で起訴されました(*7)。

 当時のモンゴルズはヘルズ・エンジェルスと抗争をしており、起訴にはヘルズ・エンジェルスの構成員を殺傷した罪も含まれていました(*7)。ヘイトクライムに関しては、該当のモンゴルズ構成員はアフリカ系アメリカ人を差別対象としていました(*7)。またモンゴルズ最高幹部らは東部のニュージャージー州アトランティック・シティを訪れ、同地を活動拠点とするペイガンズ(Pagans)と同盟の形成を図りました(*7)。

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