デンマークをはじめとした北欧では1994年から1997年までバイカーギャング同士間の大規模な抗争がありました(*1)。この抗争は通称「大北欧戦争」(The Great Nordic War)と呼ばれました。大北欧戦争はアメリカ合衆国系バイカーギャング「ヘルズ・エンジェルス」(Hell’s Angels)傘下の地元組織と、同じくアメリカ合衆国系バイカーギャング「バンディドス」(Bandidos)傘下の地元組織による争いでした(*1)。ヘルズ・エンジェルス(1948年結成)はアメリカ合衆国の西海岸カリフォルニア州を本拠地としてきました(*2)。一方、バンディドスはアメリカ合衆国南部のテキサス州で結成されたバイカーギャングでした(*3)。
1980年ヘルズ・エンジェルスは北欧初の支部をデンマーク首都・コペンハーゲンに開設しました(*4)。コペンハーゲン支部(ヘルズ・エンジェルス)の前身は「ギャロッピング・グース」(Galloping Goose)という名の組織でした(*4)。ギャロッピング・グースは地元バイカーギャング5団体の「集合体」、つまり連合型組織でした(*4)。主に“ブロンディ”・ニールセン(“Blondie” Nielsen)という人物がギャロッピング・グースを率いていました(*4)。1979年ギャロッピング・グースはヘルズ・エンジェルスの「プロスペクト(prospect)支部」となり、翌1980年正式の支部(コペンハーゲン支部)昇格を果たすのでした(*4)。
一方バンディドスも遅れて1993年コペンハーゲン近郊(Stenlose、Sandbjerg)に北欧初の支部を開設しました(*5)。ヘルズ・エンジェルス同様、バンディドスは「アンダーテイカーズ」(Undertakers)と呼ばれる地元組織を取り込む形で、北欧初の支部を開設しました(*5)。
1990年には先述のヘルズ・エンジェルスのコペンハーゲン支部がスウェーデンに進出しました(*5)。ヘルズ・エンジェルスのコペンハーゲン支部はスウェーデンのマルメ(Malmö)のバイカーギャング「ダーティー・ドゥラクルズ」(the Dirty Draggles)を支配下に置きました(*5)。マルメはスウェーデン最南部に位置する街です。コペンハーゲンとマルメはエーレスンド海峡を挟んだところに位置しており、両者は地理的に近い関係を有しています。後にドゥラクルズは1993年ヘルズ・エンジェルスのマルメ支部に昇格しました (*5) 。
図 コペンハーゲン、マルメの地図(出典:Googleマップ)
一方バンディドスは1994年スウェーデンのヘルシンボリ(Helsingborg)の「モービッズ」(Morbids)を取り込み、ヘルシンボリに仮支部を置きました(*5)。ヘルシンボリはマルメの北側に位置する港町です。1990年代前半バンディドスが「ヘルズ・エンジェルスの後を追う形」で、両者が北欧で勢力を拡大させていったことが分かります。
1994年2月13日深夜ヘルシンボリのクラブでデンマークから来たバンディドスの構成員15人がパーティーを開いていました(*1)。ヘルズ・エンジェルスがそのパーティーを急襲、突如銃撃戦が繰り広げられました(*1)。銃撃戦により1人が死亡、3人がケガを負いました(*1)。以降、ヘルズ・エンジェルスとバンディドスの地元組織間で抗争が展開されました。1997年6月両者のアメリカ合衆国及びヨーロッパの最高幹部らが和解協議を行いました(*1)。同年9月抗争(大北欧戦争)は終結しました(*1)。大北欧戦争により11人が殺害されました(*1)。
大北欧戦争では対戦車ミサイル等のロケット、手榴弾が攻撃用武器として用いられました(*6)。ロケットや手榴弾の入手先の1つとして考えられたのが「市民兵士用の武器庫」でした(*1)。当時デンマークやスウェーデンでは「市民兵士用の武器庫」が至るところにありました(*1)。実際バンディドス側は1994年2月20日スウェーデンの武器庫に侵入し、対戦車ミサイル等を盗んでいました(*1)。
<引用・参考文献>
*1 『Angels of Death: Inside the Bikers’ Global Crime Empire』(William Marsden&Julian Sher,2007,Hodder & Stoughton), p244,251
*2 『Angels of Death: Inside the Bikers’ Global Crime Empire』,p38-40
*3 『The Fat Mexican: The Bloody Rise of the Bandidos Motorcycle Club』(Alex Caine,2010,Vintage Canada), p11
*4 『Angels of Death: Inside the Bikers’ Global Crime Empire』,p239-240
*5 『Angels of Death: Inside the Bikers’ Global Crime Empire』,p243
*6 『Angels of Death: Inside the Bikers’ Global Crime Empire』,p247-249
コメント
コメント一覧 (3件)
初のコメントを失礼いたします。
私はjulyoneoneと申すもので、以前から鯉登太郎様のブログを興味深く読ませていただいております。最近お書きになっているオーストラリアのバイカー界についての記事は、自分の興味範囲と重なることもあり、特に面白く読ませていただきました。誠実な参考文献のお取り扱いには頭が下がる思いです。
実は、私も自分のブログ「ギャング・ウォッチ/その他」でアメリカを中心に様々なギャングについて書いています。そこで以前、この抗争「グレート・ノルディック・バイカー戦争」についてある程度まとまった記事を書きました。つたない文ではありますが、英語・現地語の文献に頼って、日本語では最も詳しいものではないかと自負しております。
高慢な考えかもしれませんが、鯉登太郎様にもご興味を持っていただけるのではないかと考え、下に紹介させていただきます。
https://julyoneone.wordpress.com/2020/09/26/%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%82%AE%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%82%B0%e3%80%80%E3%80%8C%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%8E%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB/
お目汚しを失礼いたしました。これからもブログ記事を楽しみに待ち、陰ながら応援させていただきます。
julyoneone様
コメントありがとうございます。
私こそjulyoneone様のことを前々から「ギャング・ウォッチ/その他」を通じて、存じ上げております。
元々ヤクザ組織が研究領域(在野です)で、今も変わらないのですが、国際的な比較をしたいと思いまして。色々と調べて、今はバイカーギャングも研究領域としています。
当然、海外のアウトロー組織を調べたら、「ギャング・ウォッチ/その他」に行きつく訳でして。ツイッターの方もすごい情報量で、びっくりしています。
常々、すごい方がいるのだと思っておりました。
恐縮です。
あと素直にjulyoneone様にコメント頂けたことに、感動しています。
文献紹介もありがとうございます。
英語は大学まで授業でやってましたが、それ以降は映画の字幕程度しか触れておらず。英語の能力は低いです。
このコロナ禍で再び勉強して、なんとか訳しております。あとはDeepLも活用して。
英語の能力も上げていければと思います。ただ本業をしながらの英語文献を読むのは、ほんと大変だなと思いました。
コツコツやっていこうと思います。
今後とも何卒よろしくお願いします!!
こちらこそよろしくお願いいたします。同好の士がいてくださるのは心強いことです。