ブラック・ウーランズとアンフェタミンビジネス

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 オーストラリアの違法薬物市場では1980年代から覚醒剤が高い市場占有率を持つようになりました(*1)。覚醒剤をオーストラリアで最初に流行させたアウトロー組織としては、アメリカ合衆国系バイカーギャング「ヘルズ・エンジェルス」(Hell’s Angels)メルボルン支部(ビクトリア州)が知られています。

 1980年以降メルボルン支部構成員ピーター・ジョン・ヒル(Peter John Hill)らが、オーストラリアにてアンフェタミン(amphetamine:覚醒剤の一種)の密造及び密売を始めました(*2)。ピーター・ジョン・ヒルは1970年代後半に何度か、アメリカ合衆国カリフォルニア州に渡り、オークランド(Oakland)支部の構成員らと交流を深めました(*2)。ヒルはその交流を通じてアンフェタミン製造方法の情報を得たのです (*2)。

メルボルンに戻ったヒルは1980年からメルボルン支部の仲間らとアンフェタミン製造に乗り出しました(*2)。メルボルン支部の仲間らとは、レイ・ハンメント(Ray Hamment)、ジョン・マデン(John Madden)、ロジャー ・“ルートラット”・ビドルストーン(Roger “Root Rat”  Biddlestone)の3人でした(*2)。

 ヒルら(メルボルン支部4人組)はメルボルンから30マイル離れたグリーンスロープス(Greenslopes)という地域で住宅を借り、そこに「工場」を設け、アンフェタミンを製造していきました(*2)。メルボルン支部4人組は、提示家賃の2倍を家主に払いました(*2)。

 アンフェタミンはヘルズ・エンジェルスのシドニー支部、アデレード支部、ブリスベン支部、西オーストラリアのジプジー・ジョーカーズ(Gypsy Jokers)などの同盟関係にあるバイカーギャングに販売されました(*2)。メルボルン支部4人組はアンフェタミンビジネスで経済的成功を収めました(*2)。

 1982年3月警察組織は先述のグリーンスロープスの工場を摘発、メルボルン支部4人組を逮捕しました(*3)。保釈後も、メルボルン支部4人組はメルボルンから西に約70マイル(1マイル=約1.6㎞)離れた金鉱都市・バララット郊外に新規製造工場を立ち上げました(*3)。

 当時のオーストラリアでは主要なトラックサービスステーションでアンフェタミンがしばしば密売されていました(*3)。一部の長距離トラック運転手は眠気対策としてアンフェタミンを用いていました(*3)。このトラック運転手らが「媒体」となり、アンフェタミンはオーストラリア全土に伝播していきました(*3)。

 メルボルン支部内において他構成員らが、4人組の莫大な稼ぎや権力を妬むようになっていました(*3)。

 また4人組のアンフェタミンビジネスにより支部全体が警察組織から狙われるようになったこと、ヒルとロジャー・ビドルストーンの支部会議出席率が低かったことも妬みの原因になっていました(*3)。

 加えて4人組内で不和が起きました。4人組の1人であるレイ・ハンメントが長年着服していたことが明らかになったのです(*3)。先述したように1982年3月警察組織がグリーンスロープスの工場を摘発しました。その後、ハンメントは、警察が押収しなかった約100リットルのP2P(アンフェタミンの原料)を持ち去り、新しい工場を作ろうとしていたのです(*3)。ヒルとビドルストーンはそのP2Pを取り戻したがっていました(*3)。

 ハンメントとその兄弟は、メルボルン支部の他構成員らに近づき、ヒルに対抗していくようになりました(*3)。

 ジョン・マデンは1985年バイク事故で死亡しました(*3)。マデンはメルボルン支部の「衛視長」(Sergeant at Arms)でした(*3)。4人組の崩壊により、ヒルの力は弱体化していったと考えられます。

 1985年警察組織はバララットの工場を摘発、ヒル(当時保釈中の立場)を再逮捕しました(*3)。ヒルはヘルズ・エンジェルスを辞めることを決意、過去のことをすべて供述しました(*3)。ヒルらのアンフェタミンビジネスは破綻しました(*3)。

 裁判の結果、ヒルには懲役刑5年の判決が下されました(*3)。ビドルストーンとハンメントには懲役刑6年の判決が下されました(*3)。

 4人組のヒルとビドルストーンは「アンフェタミン製造レシピ」を「ブラック・ウーランズ」(Black Uhlans)というバイカーギャングに売りました(*3)。巷では「レシピはたった1,000豪ドルで売られた」という噂がありました(*3)。ヒルらにとってブラック・ウーランズは販売先の1つでした(*3)。レシピを手中に収めたブラック・ウーランズは1980年代後半以降、オーストラリアの違法薬物市場において「アンフェタミンの主要供給者」となりました(*3)。アンフェタミンビジネスにおいてブラック・ウーランズの中では大きな役割を果たしたのがトップのジョン・ヒッグス(John Higgs)でした(*3)。ジョン・ヒッグスはブラック・ウーランズの創設者でもありました(*3)。

 ブラック・ウーランズの源流はジプシー・ジョーカーズ(Gypsy Jokers)でした(*4)。ジプシー・ジョーカーズは1969年、ヘルズ・エンジェルスのシドニー(ニューサウスウェールズ州)支部の「後見」の下、結成されました(*4)。当初両者は友好的な関係を維持していました(*4)。しかし後にヘルズ・エンジェルス側がジプシー・ジョーカーズに対し、組織を解散した上でヘルズ・エンジェルスの西シドニー支部になることを伝えました(*4)。ジプシー・ジョーカーズは拒否したことから、両者の友好的関係は終了しました(*4)。

 その後ジプシー・ジョーカーズの一部勢力は1970年代初期ニューサウスウェールズ州のウロンゴン(Wollongong)に移動、「フォース・ライヒ」(Fourth Reich)という組織を立ち上げました(*4)。当時フォース・ライヒの構成員10人には、レイプ容疑がかけられていました(*4)。フォース・ライヒ結成後まもなくして、逮捕を恐れた10人はブリスベン(クイーンズランド州)に逃げ、ブリスベンにてブラック・ウーランズを結成したのでした(*3)。つまりジョン・ヒッグス(1946年生まれ) (*3) は元々、ジプシー・ジョーカーズの一員だった可能性が高いのです。

 1980年代後半以降ジョン・ヒッグスはアンフェタミンの製造から小売までの流通過程を掌握していました(*3)。ブラック・ウーランズのアンフェタミン販路はオーストラリア東部を超えて、オーストラリア西部、ニュージーランドまで拡張していました(*3)。またジョン・ヒッグスは不動産業、トロール船漁業、飲食店、刺青店等々の合法ビジネスにも多角的に進出していました(*3)。合法ビジネスを手掛けた目的の1つとしては、資金洗浄があったと考えられます。

 ジョン・ヒッグスは1994年に逮捕されました(*3)。逮捕時7トンの化学物質が押収されました(*3)。その7トンの化学物質からは末端価格4億豪ドル以上のアンフェタミンが作れました(*3)。裁判の結果、ジョン・ヒッグスには懲役6年の判決が下されました(*3)。

 以後もブラック・ウーランズは活動していきました。アーサー・ベノ(Arthur Veno)によれば、2012年時点の確認できる範囲で、ブラック・ウーランズはクイーンズランド州、ニューサウスウェールズ州、ビクトリア州で活動していました(*5)。ブラック・ウーランズは各支部の拠点を公にしておらず、情報公開を制限している組織として有名でした(*5)。2012年時点でブラック・ウーランズの構成員数は70~90人と考えられています(*5)。

 オーストラリア犯罪情報委員会サイト内「違法薬物データレポート2019–20」によれば、2018年世界で押収された「アンフェタミン系薬物」の大半がメタンフェタミンでした (*6)。オーストラリア犯罪情報委員会の「アンフェタミン系薬物」とはメタンフェタミン、アンフェタミン、MDMAを指します(*7)。

 近年でもオーストラリアでは覚醒剤(メタンフェタミン+アンフェタミン)が密造されています。オーストラリアでは2019-2020年の間に312の覚醒剤工場が摘発されました (*8)。2010-11年の間には703の覚醒剤工場が摘発されました(*8)。2010-11年に比し、覚醒剤工場の摘発回数は半分に減ったことが分かります。

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 バイカーギャングを描いたドラマとして有名なのが『サンズ・オブ・アナーキー』です。

サンズ・オブ・アナーキー (吹替版)シーズン1を見るならこちから

<引用・参考文献>

*1 『The Brotherhoods: Inside the Outlaw Motorcycle Clubs』(Arthur Veno,2009,Allen & Unwin), p191

*2 『Angels of Death: Inside the Bikers’ Global Crime Empire』(William Marsden&Julian Sher,2007,Hodder & Stoughton), p107-110

*3 『Angels of Death: Inside the Bikers’ Global Crime Empire』, p111-112,119-124

*4 『The Brotherhoods: Inside the Outlaw Motorcycle Clubs』, p69-70

*5 『The Brotherhoods: Inside the Outlaw Motorcycle Clubs』, p71

*6 オーストラリア犯罪情報委員会サイト内「違法薬物データレポート2019–20」の「アンフェタミン系薬物2019–20」,p32

https://www.acic.gov.au/sites/default/files/2021-10/IDDR%202019-20_271021_ATS.pdf

*7 オーストラリア犯罪情報委員会サイト内「違法薬物データレポート2019–20」の「アンフェタミン系薬物2019–20」,p34

*8 オーストラリア犯罪情報委員会サイト内「違法薬物データレポート2019–20」の「アンフェタミン系薬物2019–20」,p44

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