「ヤーディー」(Yardie)という言葉は、ジャマイカ系アウトロー組織の「総称」として用いられてきました(*1)。ヤーディーはジャマイカ本国で活動してきた一方、旧宗主国のイギリスでも活動してきました(*1)。ジャマイカは1962年イギリスから独立しました(*2)。
第2次世界大戦後のイギリス政府は、国内の労働力確保及び生産性向上の為、西インド諸島の住民を「移民」として積極的に受け入れました(*1)。1950年代から1960年代前半のイギリスでは、ジャマイカ人移民が増加しました(*1)。
1970年代後半ジャマイカ本国でヤーディーに対する取り締まりが強化された結果、ヤーディーの構成員の多くがイギリスに活動場所を移しました(*1)。1970年代後半以前のロンドンにおける主たる裏稼業は、銀行強盗等の強盗ビジネスでした(*1)。一方、新規参入組のヤーディーは違法薬物ビジネスを始めていきました(*1)。
1970年代後半以降、イギリスのヤーディーはコカイン及びクラックビジネスをイギリス国内で展開していきました(*1)。当時のイギリスでは特にクラックが流行っていました(*1)。クラックはコカイン同様、コカ葉を原料とします(*3)。両者とも「コカ葉からコカイン塩基酸までの製造過程」が同じです(*3)。コカイン塩基酸以降の製造過程の違いが、両者を分けています(*3)。いわばクラックは「コカインの派生品」です。
コカインは主に鼻からの吸引(*3)、クラックはガラス製パイプ等による吸煙で摂取されました(*4)。コロンビアでは1969年カウカ州南部で初めてコカインが精製されました(コロンビアでコカインが初めて「密造」されたという意味で、コカイン自体は昔からありました)(*3)。
当初イギリスのヤーディーはコカイン及びクラックビジネスを展開するにあたって、イギリス国内の違法薬物市場を支配してきた老舗組織(白人系組織)と業務提携を結びました(*1)。
ヤーディーにはコカイン生産国・コロンビアとのコネクションがあり、「カリブ海経由のコカイン等の仕入れルート(コロンビア→カリブ海→イギリス)」がありました(*1)。
一方、イギリスの老舗組織は、コロンビアとのコネクションを持っていませんでしたが、イギリス国内における違法薬物の流通網には明るかったと考えられます。ヤーディー側は「仕入れ(元売り)」、老舗組織側は「国内流通(卸~小売)」という役割分担のもとで、両者は手を組んだと考えられます。
しかし後にヤーディーは老舗組織との業務提携を解消しました(*1)。提携解消後、ヤーディーは自らイギリス国内の流通網を作っていきました(*1)。つまり元売りのヤーディーが「卸及び小売の領域」に進出したのでした。一方老舗組織は対抗せずに、コカイン及びクラックビジネス領域から撤退しました(*1)。以降ヤーディーはイギリス国内のコカイン及びクラックビジネスを牛耳りました(*1)。1980年代末頃までにヤーディーはロンドンにおけるクラック市場の80%以上を支配したといわれています(*5)。
またヤーディーは南ロンドンではブリクストン(Brixton)、北西ロンドンではハーレスデン(Harlesden)とストーンブリッジ(Stonebridge)に拠点を置きました(*1)。またハックニー(Hackney)やトッテナム(Tottenham)もヤーディーの活動拠点となりました(*1)。
1981年4月ブリクストンで暴動が発生しました(*6)。暴動により、警察官は火炎瓶を投げられる等の攻撃を受け、建物や自動車は燃やされ、店舗は略奪の被害に遭いました(*6)。暴動はロンドン市以外にも広まり、7月まで続きました(*6)。暴動のきっかけは、4月10日夜のブリクストンにて、パブの喧嘩で刺された黒人青年を、警察官が医療処置をしないまま警察車両の中に放置していたことでした(*6)。しかし周囲の若者達が青年の放置に気づき、車両から青年を救い出し病院に運びました(*6)。
前々からブリスクトンでは黒人青年達が警察官から職務質問をしばしば受けており、警察組織に対する不満が醸成されていました(*6)。背景にはイギリス警察組織の人種主義がありました(*6)。警察の非道行為はブリスクトン内ですぐに広まり、ブリスクトン住民の警察に対する怒りは沸点に達し、暴動に至ったのでした(*6)。
暴動の結果、収束後も南ロンドンと北ロンドンの一部が、法律上の根拠はないものの、実質「警察官の立入禁止エリア」、つまり「治外法権の町」となりました(*6)。警察官自身も該当エリアに立ち入ることを恐れました(*6)。該当エリアにおける警察組織の監視及び取締りはないに等しくなったことで、該当エリアにおけるヤーディーの違法薬物販売はいっそう盛んになりました(*6)。
<引用・参考文献>
*1 『The Real Top Boys: The True Story of London’s Deadliest Street Gangs』(Wensley Clarkson, 2020, Welbeck), p18-21
*2 『いりぐちアルテス008 レゲエ入門 世界を揺らしたジャマイカ発リズム革命』(牧野直也、2018年、アルテスパブリッシング),p216
*3 『コロンビア内戦 ― ゲリラと麻薬と殺戮と』(伊高浩昭、2003年、論創社), p112-113
*4 『コカイン ゼロゼロゼロ 世界を支配する凶悪な欲望』(ロベルト・サヴィアーノ著、関口英子/中島知子訳、2015年、河出書房新社),p155
*5 『The Real Top Boys: The True Story of London’s Deadliest Street Gangs』, p29
*6 『The Real Top Boys: The True Story of London’s Deadliest Street Gangs』, p22-25
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