1990年代中頃、ヨーロッパのアルバニア系犯罪者達は、性的搾取(sexual exploitation)の目的で女性及び子供を売春斡旋、また人身売買して悪名をとどろかせました(*1)。また1998年頃までには、アルバニア人男性が「同じ地元のアルルバニア人女性」を人身売買することが、しばしば見られました(*1)。
ジョン・ジェイ刑事司法大学(ニューヨーク市立大学の上級大学)のヤナ・アルソフスカ(Jana Arsovska)助教授は、ベルギーで60件の裁判資料を調査した結果、1990年代から2000年代前半における人身売買件数の約85%は、「家族を基盤とした犯罪グループ」(family-based criminal groups)の関与があったことを明らかにしました(*1)。「家族を基盤とした犯罪グループ」は主に南アルバニア、西マケドニアの出身者達で構成されていました(*1)。南アルバニア、西マケドニアとも、アルバニア人の主要居住地域でした(*1)。
ヤナ・アルソフスカの調査によれば、アルバニア中南部の都市・ベラト(Berat)の組織は、性的搾取目的の人身売買を度々行っていました(*1)。ベラトの組織は、地元女性を外国の売春業に斡旋していました(*1)。1992~2007年の間で400人以上の若い女性がベラトからヨーロッパ内外に送り込まれ、売春業に従事させられました (*1)。ヤナ・アルソフスカの調査(2007年警察組織職員に対するインタビュー)によれば、該当の若い女性の約15%は未成年でした(*1)。
21世紀の変わり目(2001年前後)には、アルバニア系組織はルーマニアやモルドバの女性も「勧誘対象」になりました(*1)。ヤナ・アルソフスカの調査によれば、両国の女性はモンテネグロ及びコソボの経由ルートで、アルバニアに違法に送り込まれました(*1)。次にアルバニア系組織は両国の女性をアルバニアから、イタリアや他の西欧諸国に送り込んでいきました(*1)。
図 バルカン半島の地図(出典:Googleマップ)
ヤナ・アルソフスカの調査によれば、アルバニア系組織が女性を集める手段としては、勧誘と誘拐がありました(*2)。勧誘時の誘い文句は「西欧での出稼ぎ労働とその収入」でした(*2)。また女性の意思に反する勧誘(強制的な勧誘)もありました(*2)。1990年代後半コソボ紛争によって生まれた難民キャンプからアルバニア系組織は若い女性を誘拐していました(*2)。
西欧諸国に送り込まれた女性達は、現地ではアルバニア系組織の支配下に置かれ、売春を強要させられました(*2)。アルバニア系組織が女性を支配下に置く手段として用いたのが、暴力やレイプでした(*2)。
またアルバニア系組織は女性を管理する手段として、「男女間の恋愛」も利用していました(*1)。特に1990年代において、売春斡旋担当の男性メンバーはしばしばアルバニア人女性と結婚していました(*1)。男性メンバーは「夫婦」として外国に行き、「妻」を説得して売春婦として働かせていたのです(*1)。
アルバニア系組織が女性を乱暴に扱った背景には、「男尊女卑」の考えがアルバニアに根付いることがありました (*2)。「カヌン」(Kanun)により、アルバニアでは男性のみが家族の資産を相続する、女性は結婚後「夫側の一家」に入る、生誕時や子供の時に結婚相手が決まる等の慣習があります(*2)。
「カヌン」とはアルバニアにおける伝統的な慣習法のことです(*3)。有名なカヌンとして「レック・ドゥカジニ(Lekë Dukagjini)のカヌン」があります(*3)。レック・ドゥカジニ(1410~1481年)は15世紀北アルバニアにおける豪族の君主で、アルバニアにおける慣習面の口頭伝承をまとめ上げたのです(*3)。それが「レック・ドゥカジニのカヌン」です(*3)。
カヌンは長い間、成文化(文字化)されることはなく、口頭継承されてきました(*3)。しかしフランシスコ会司祭でコソボ出身のステファン・ジェコフ(Stjefën Gjecov)がカヌンの成文化作業を1913年から開始しました(*3)。前年の1912年アルバニアはオスマン帝国から独立していました(*4)。1933年カヌンは出版化に至りました(*3)。共産主義政権体制(1944~1991年)下のアルバニアでは、カヌンに従うことは禁止されました(*3)。
1995年以降、EU(欧州連合)の加盟国はシェンゲン協定を施行していきました(施行時期は加盟国によって異なりました)(*5)。シェンゲン協定では「EU加盟国間の国境検問(出入国審査)」が廃止されます(*5)。2022年現在、アルバニアはEU加盟国ではありません。ゆえにアルバニアとEU加盟国の間では「出入国審査」は現在も実施されています。またアルバニア近隣のモンテネグロ、コソボ、北マケドニアもEU加盟国ではありません。ルーマニアはEU加盟国(2007年加盟)ですが、シェンゲン協定を施行していません(*6)。モルドバはEU加盟国ではありません。
以上から1990年代以降におけるアルバニア系組織の資金獲得源の1つとして売春斡旋業、人身売買業があったことが分かります。
<引用・参考文献>
*1 『Decoding Albanian Organized Crime Culture,Politics,and Globalization』(Jana Arsovska,2015, University of California Press), p198-199
*2 『Decoding Albanian Organized Crime Culture,Politics,and Globalization』, p201-202
*3 『Decoding Albanian Organized Crime Culture,Politics,and Globalization』, p63-64
*4 『興亡の世界史 オスマン帝国500年の平和』(林佳世子、2017年、講談社学術文庫),p366
*5 『国際情勢の見えない動きが見える本 新聞・テレビではわからない「世界の意外な事実」を読む』(田中宇、2001年、PHP文庫),p67
*6 外務省サイト ルーマニア基礎データ
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