南米のベネズエラでは近年「採掘ギャング」(mining gangs)が活動しています(*1) (*2)。有名な採掘ギャングとしては「トレン・デ・グアヤナ」(Tren de Guayana)(*1)、「R組織」(Organización R)(*2)がありました。採掘ギャングは別名「シンジカート」(sindicatos)とも呼ばれていました(*1) (*2)。
ベネズエラ南部(主にボリバル州)には何千もの違法鉱山がありました(*3)。またベネズエラ産出金の少なくとも80%は、違法採掘によるものでした(*4)。国営の金会社「ミネルベン」(Minerven)は、ほとんど採掘していませんでした(*4)。ベネズエラの金鉱山においては違法採掘が「主流」だったのです。ボリバル州の金鉱山においては政府よりも採掘ギャングの方が支配力を持っていました(*5)。
トレン・デ・グアヤナは、ベネズエラ南部のボリバル州を拠点に活動し、同州の金鉱山から収益を得ていました(*1)。しかしトレン・デ・グアヤナ構成員らが鉱山で金を採掘することはなかったです(*1)。トレン・デ・グアヤナは地元鉱山労働者や販売業者からミカジメ料を徴収することで、収益を得ていました(*1)。徴収時にトレン・デ・グアヤナは生産物の金(ゴールド)を要求することもあったようです(*1)。またトレン・デ・グアヤナは違法の金取引にも関与し、収益を得ていました(*1)。
2008年11月アメリカ合衆国はベネズエラ産出の金を制裁対象としました(*4)。以降ベネズエラはトルコやドバイ(UAE)等を「新たな売り先」にすべく、トルコやドバイ等と関係を深めていきました(*4)。
南米の太平洋側にあるチリでも、金はドバイに向かっていました。チリの隣国であるペルー及びボリビアでも、金は違法採掘されていました(*6)。その違法採掘の金が、チリに流れてこんできていたのです(*6)。
2013年、当時20歳のハロルド・エリアス・ビルチェス・ピサロ(Harold Elías Vilches Pizarro)はチリにおいて、組織的かつ大規模な金密輸を実行しました(*6)。ビルチェス・ピサロは、チリから主にドバイに、金を密輸していました(*6)。ビルチェス・ピサロの扱ったのは、違法に採掘された金でした(*6)。
ビルチェス・ピサロは金密輸の為に、4つの会社を設立していました(*6)。またビルチェス・ピサロは書類を改ざんし、「合法的な輸出」を装って、金を送っていました(*6)。
2014年ペルーの税関が、チリ行きの金を押収しました(*6)。押収された金はビルチェス・ピサロとつながっており、結局2016年ビルチェス・ピサロは逮捕されました(*6)。当局によると、ビルチェス・ピサロの4つの会社は1.8トン超の金を密輸していました(*6)。
ドバイ政府は、原産地に関する国際基準に従うよう、金の取引業者に指導をしていました(*6)。しかし実際のところ、金の原産地に関する情報は求められていませんでした(*6)。ゆえにドバイの取引業者は「あらゆる国の金」を受け入れていました(*6)。
チリにおいてドバイは「金の売り先」として認識されていたようです。
南アフリカ及びジンバブエでもドバイは「金の売り先」として位置づけられていました。南アフリカ及びジンバブエでは地元アウトロー組織がドバイに金塊を運び、米ドルに交換していました(*7)。運び屋は金塊を大きなスーツケースに入れ、ジンバブエの空港から旅客機でドバイまで行き、ドバイの金融機関で米ドルを受け取り、南アフリカに戻りました(*7)。
2011年時点のドバイは金を輸入し、インドなどの宝飾品消費国に再輸出していました(*8)。またUAEの女性は、日常的に金や銀のネックレスやブレスレット等を身に着けていました(*8)。UAEでは宝飾品はファッションアイテムに加えて、「動産」として位置づけられていました(*8)。
UAEでは「ハワーラ」(英語表記:Hawala)と呼ばれた非公式送金手段が盛んでした(*9)。UAEの外国人労働者には、母国への送金需要がありました(*9)。銀行での送金は、高い手数料、送金先にお金が届くまでの時間が長いこと、身分証明の必要等のデメリットがありました(*9)。一方ハワーラは、銀行での送金に比し、手数料が安く、送金先にお金が届くまでの時間が短く、身分証明は必要なく、また為替レートも良いというメリットがありました(*9)。
送金希望者はハワーラ業者(業者A)に「送金業務」を委託しました(*9)。具体的には送金希望者はハワーラ業者(業者A)に「送金額(5,000ドル)+手数料」を払いました(*9)。
次にハワーラ業者(業者A)は、送金先国のハワーラ業者(業者B)に5,000ドルを送金しました(*9)。最後に送金先国のハワーラ業者(業者B)は、受取人に5,000ドルを払いました(*9)。
ハワーラ業者間で資金が直接送金されることは少なく、債権・債務の相殺で処理されることが多かったです(*9)。
ハワーラは「ハワーラ業者間のネットワーク」によって成立していたことが分かります。
レバノンの武装組織「ヒズボラ」(Hezbollah)とコロンビアのアウトロー組織の資金洗浄においてもハワーラは用いられていました(*10)。まず違法薬物ビジネスで得られた資金(数百万ユーロ相当)がヨーロッパから中東に送られました(*10)。次にその資金はハワーラで中東からコロンビアの麻薬組織に送金されました(*10)。
ベネズエラの採掘ギャングの話に戻ります。
トレン・デ・グアヤナはボリバル州のカロニ自治体、ロシオ自治体、エル・カヤオ自治体等で活動してきました(*1)。またトレン・デ・グアヤナはサン・フェリックス(カロニ自治体)の市場に影響力を持っていました(*1)。サン・フェリックスは、シウダー・グアヤナ(カロニ自治体)の旧市街です(*1)。シウダー・グアヤナの中にサン・フェリックスがあります。
トレン・デ・グアヤナは2007年頃、サン・フェリックスのビスタ・アル・ソル地区で「都市型ギャング」として活動を開始しました(*1)。当初ヨルマン・ペドロ・マルケス・ロドリゲス(Yorman Pedro Márquez Rodríguez)がトレン・デ・グアヤナを率いていました(*1)。ヨルマン・ペドロ・マルケス・ロドリゲスは別名「エル・ゴルド・バヨン」(El Gordo Bayón)とも呼ばれていました(*1)。
R組織もボリバル州で活動してきた採掘ギャングです(*2)。R組織は、支配地域において、金生産の段階で「ヴァクーナ」(vacunas)と呼ばれるミカジメ料を徴収してきました(*2)。ヴァクーナとはスペイン語で、「ワクチン」を意味します。InSight Crimeの取材に匿名で応じたR組織の構成員によれば、R組織は「金産出量の15%」を徴収していたとのことです(*11)。つまりR組織は「産出量比例方式」でミカジメ料を徴収していた可能性があります。ちなみに日本のヤクザ組織は、月に5万円など概ね「定額方式」でミカジメ料を徴収していました(*12)。
またR組織は地方において違法薬物(マリファナ、コカイン等)の流通も手掛けてきたという話があります(*2)。
以上から、トレン・デ・グアヤナ、R組織ともに、金鉱山を自ら採掘するのではなく、採掘業者及びその関連業者からミカジメ料を徴取していたことが分かります。先述したように、ベネズエラ産出金の80%以上は違法採掘によるものでした(*4)。言い換えるとベネズエラでは金採掘及びその関連事業の多くが「違法領域」だったのです。違法領域の採掘業者等は、警察組織を頼ることができず、採掘ギャングからのミカジメ料徴収に応じざるをえなかったと考えられます。
R組織は2008年頃シウダー・グアヤナ(カロニ自治体)で結成されました(*2)。当初R組織は強盗、殺人、武器窃盗を手掛けていましたが、後に違法金採掘の領域に進出しました(*2)。2019年から採掘地帯においてR組織の活動が見られ始めました(*2)。R組織はボリバル州シフォンテス自治体のトゥメレモを拠点としてきました(*2)。
エドゥアルド・ホセ・ナテラ・バルボア(Eduardo José Natera Balboa)が結成初期からR組織を率いてきました(*2)。エドゥアルド・ホセ・ナテラ・バルボアは別名「ラン」(Run)とも呼ばれていました(*2)。
トゥメレモでは「3R財団」(3Rs Foundation)という慈善組織が活動していました(*2)。報告によると、3R財団はトゥメレモの住民に対し食料、公共サービス、医療を提供してきたと(*2)。3R財団はR組織との関係を否定していましたが、3R財団とR組織の関係はあったと見られています(*2)。
トレン・デ・グアヤナとR組織は、長年対立関係にありました(*1) (*2)。
2022年10月下旬、ベネズエラ政府はボリバル州の金採掘地帯に軍隊を展開しました(*5)。
<引用・参考文献>
*1 InSight Crimeサイト「Tren de Guayana」(InSight Crime,2021年1月26日)
https://insightcrime.org/venezuela-organized-crime-news/tren-de-guayana/
*2 InSight Crimeサイト「The R Organization」(InSight Crime,2023年1月26日)
https://insightcrime.org/venezuela-organized-crime-news/the-r-organization/
*3 InSight Crimeサイト「Venezuela Relies on Gold as Other Criminal Economies Dry Up」(Venezuela Investigative Unit,2020年6月1日)
https://insightcrime.org/news/analysis/venezuela-depends-gold-industry/
*4 InSight Crimeサイト「GameChangers 2019: Illegal Mining, Latin America’s Go-To Criminal Economy」(James Bargent and Cat Rainsford,2020年1月20日)
https://insightcrime.org/news/analysis/gamechangers-2019-illegal-mining-criminal-economy/
*5 InSight Crimeサイト「Could Venezuelan Military Finally Bring Bolívar’s Illegal Gold Miners to Heel?」(Venezuela Investigative Unit,2022年11月11日)
https://insightcrime.org/news/venezuelan-military-bolivar-illegal-gold-miners/
*6 InSight Crimeサイト「Chile to Dubai, a Thriving Route for Gold Traffickers」(Kai Bernier-Chen,2021年10月28日)
https://insightcrime.org/news/chile-dubai-thriving-route-gold-traffickers/
*7『選択』2023年5月号「南アフリカ「金塊マフィア」の猛威」
*8『エリア・スタディーズ 89 アラブ首長国連邦(UAE)を知るための60章』「女性と物の文化 身体装飾品と婚礼におけるその伝統的役割」(濱田聖子、2011年、明石書店),p150-151
*9『エリア・スタディーズ 89 アラブ首長国連邦(UAE)を知るための60章』「国際送金 懸念される犯罪・テロへの流用」(上山一、2011年、明石書店),p207-210
*10 InSight Crimeサイト「Hezbollah Laundering Money for Colombia Cartel: DEA」(Mimi Yagoub,2016年2月2日)
https://insightcrime.org/news/brief/hezbollah-laundering-money-for-colombia-cartel-dea/
*11 InSight Crimeサイト「‘The Rebel of the South’: Rise of the R Organization」(Venezuela Investigative Unit,2021年11月17日)
https://insightcrime.org/investigations/rebel-south-rise-r-organization/
*12『裏経済パクリの手口99』(日名子暁、1995年、かんき出版),p116-117
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