ベルトラン・レイバ機構

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 メキシコではかつて「ベルトラン・レイバ兄弟の組織」が活動していました(*1)。ベルトラン・レイバ兄弟の組織は、別名「ベルトラン・レイバ機構」(Beltrán-Leyva Organization)と呼ばれていました(*1)。

 ベルトラン・レイバ兄弟とは、マルコス・アルトゥーロ・ベルトラン・レイバ(Marcos Arturo Beltrán-Leyva)、マリオ・アルベルト・ベルトラン・レイバ(Mario Alberto Beltrán-Leyva)、カルロス・ベルトラン・レイバ(Carlos Beltrán-Leyva)、エクトル・ベルトラン・レイバ(Héctor Beltrán-Leyva)、アルフレド・ベルトラン・レイバ(Alfredo Beltrán-Leyva)の5人を指しました(*1) (*2)。

 ベルトラン・レイバ五兄弟はシナロア州バディラグアトの出身で、彼らの両親はカルロス・ベルトラン・アラウージョ(Carlos Beltrán Araujo)とラモナ・レイバ・ガメス(Ramona Leyva Gámez)でした(*1)。この両親には計9人の子どもがいました(*1)。9人の内訳は男6人、女3人でした(*1)。アルトゥーロ・ベルトランが長男でした(*1)。アルトゥーロ・ベルトランは1958年2月5日に生まれた説(*1)、1961年9月27日に生まれた説(*3)があります。

 バディラグアト時代のベルトラン・レイバ一家は、マリファナとケシを小規模栽培することで、生計を立てていました(*1)。

 アルトゥーロ・ベルトランら(ベルトラン・レイバ一家の子どもら)の従兄弟に、ホアキン・“エル・チャポ”・グスマン・ロエラ(Joaquin “El Chapo”Guzmán Loera)がいました(*1)。ホアキン・グスマンは1990年頃「シナロア・カルテル」(Sinaloa Cartel)を発足させ、長年シナロア・カルテルのリーダー格として活動してきました(*4)。発足時のシナロア・カルテルは、ソノラ州南部やシナロア州の小規模麻薬組織が集う「連合型組織」でした(*4)。ホアキン・グスマンは、ベルトラン・レイバ一家と同じシナロア州バディラグアトで1957年4月4日に生まれました(*5)。ベルトラン・レイバ一家長男のアルトゥーロ・ベルトランが1958年もしくは1961年生まれだったことから、ベルトラン・レイバ一家の子どもらにとって、ホアキン・グスマンは「年長の従兄弟」でした。

 アルトゥーロ・ベルトランは1980年代後半から違法薬物の密輸業に取り組むようになりました(*1)。後にアルベルト・ベルトラン、カルロス・ベルトラン、エクトル・ベルトランの3兄弟も、長男(アルトゥーロ・ベルトラン)と同じ道を歩みました(*1)。ホアキン・グスマンが1993年ハリスコ州の刑務所に収監されて以降、アルトゥーロ・ベルトランとエクトル・ベルトランが収監中のホアキン・グスマンを資金面で支えていったと考えられています(*1)。1993年時のホアキン・グスマンはシナロア・カルテルのリーダー格であった為、ベルトラン・レイバ兄弟は1993年時点で「シナロア・カルテルの一員」だったのです。

 他方、ベルトラン・レイバ兄弟の組織は1997年時点で、「フアレス・カルテル」(Juárez Cartel)の代理として、シナロア州マサトランの縄張りを管理していました(*1)。マサトランは太平洋に接している都市です。マサトランは港町であり、密輸拠点にもなっていたと考えられます。

 フアレス・カルテルは、チワワ州のシウダー・フアレスを本拠地とする麻薬カルテルでした(*6)。つまり1997年時点でベルトラン・レイバ兄弟の所属組織は「シナロア・カルテル」であった一方で、「フアレス・カルテル」でもあった可能性があります。また別の見方をすれば、1997年時のシナロア州において、シナロア・カルテルが全地域を支配していたのではなく、フアレス・カルテルもシナロア州において支配地域を持っていたことが分かります。

 日本の関東地方では「貸しジマ」という縄張りの貸借制度がありました(*7)。貸しジマとは、縄張りの所有組織(A組)が他組織(B会)に「縄張りの一部」を貸し出す制度のことでした(*7)。1997年時のマサトランの場合、フアレス・カルテルが「マサトランの縄張り」をベルトラン・レイバ兄弟の組織(シナロア・カルテル)に貸し出していたとも見ることができます。

 フアレス・カルテル首領のアマド・カリージョ・フエンテス(Amado Carrillo Fuentes)は、メキシコまでの輸送手段として飛行機を用い、大量のコカインをメキシコまで運ばせました(*6)。アマド・カリージョは1993年から1997年までフアレス・カルテルのトップを務めました(*6)。また1995年以降フアレス・カルテルはコカインをコロンビアの組織から仕入れるのではなく、南米の現地から直接仕入れ、利益を増やしていきました(*6)。

 しかし1997年7月アマド・カリージョはメキシコシティで整形手術中に死亡しました(*1)。アマド・カリージョ亡き後、フアレス・カルテルの「事業」は4人の人物に分割されました(*1)。4人のうちの1人が、アルトゥーロ・ベルトランでした(*1)。文脈上ベルトラン・レイバ兄弟の組織がマサトランの縄張りをそのまま支配していったのだと考えられます。

 2000年までにコロンビアの組織からコカインの仕入れ量が増えたこともあり、ベルトラン・レイバ兄弟の組織は、高収益を得るようになりました(*1)。仕入れ量増加の背景には、コロンビア側がティファナ・カルテル(Tijuana Cartel)に供給していた分を、ベルトラン・レイバ兄弟の組織らに供給し始めていったことがありました(*1)。コロンビア側が、ティファナ・カルテルの支払いの悪さを問題視した結果でした(*1)。

 2000年代ベルトラン・レイバ兄弟の組織は、メキシコまでのコカイン輸送方法として主に「空輸」を用いていました(*1)。主な空路としては、南米からトルーカ(メヒコ州の州都)の空港までの経路がありました (*1)。メヒコ州は、メキシコの中央部に位置しています。メキシコまでコカインを空輸する方法は、ベルトラン・レイバ兄弟の組織が、フアレス・カルテルから倣ったのだと考えられます。

 2009年頃まではベルトラン・レイバ兄弟の組織が、ブラック・タール・ヘロイン(Black-Tar Heroin)の取引をほぼ掌握していました(*8)。ブラック・タール・ヘロインの純度は25~30%未満でした(*8)。1990年代前半までメキシコのヘロイン密造業者は低品質ヘロイン(通称「ブラウン・ヘロイン」)を主に作っていましたが、後に製造方法の改良に取り組んだ結果、品質の良いブラック・タール・ヘロインを主に密造するようになりました(*8)。しかしながら1990年代半ばから2009年までアメリカ合衆国のヘロイン市場において需要が高かったのは「アフガニスタン産」でした(*8)。2010年代以降、メキシコのヘロイン密造業者は、ブラック・タールより品質の良いヘロイン(通称:ホワイト・ヘロイン)を密造していきました(*8)。

 メキシコのケシ栽培地域としては「黄金三角地帯」(Triángulo Dorado)が有名でした(*8)。黄金三角地帯はシナロア州、ドゥランゴ州、チワワ州の3州で構成されていました(*8)。先述したようにシナロア州バディラグアト時代のベルトラン・レイバ一家は、マリファナとケシを小規模栽培していました。バディラグアトは、ドゥランゴ州とチワワ州に近く、この黄金三角地帯に位置していたといえるでしょう。

 2001年1月ホアキン・グスマンは脱獄に成功、社会復帰を果たしました(*1)。復帰後のホアキン・グスマンは、従兄弟のアルトゥーロ・ベルトランを戦闘部隊(sicarios)の指揮官に昇格させました(*1)。

 しかし2008年ベルトラン・レイバ兄弟の組織は、シナロア・カルテルを脱退しました(*9)。脱退のきっかけになったのが、五兄弟の1人であるアルフレド・ベルトランの逮捕でした(*10)。

 2008年1月21日警察がアルフレド・ベルトランを逮捕しました(*10)。アルフレド・ベルトランは兄弟の中で一番若く、1971年1月21日生まれでした(*1)。

 後の同年(2008年)4月、ホアキン・グスマンの息子イバン・アルキバルド・“エル・チャピート”・グスマン・サラザール(Iván Archibaldo “El Chapito”Guzmán Salazar)が釈放されました(*11)。ホアキン・グスマンが息子の釈放の為に、アルフレド・ベルトランの逮捕につながる情報を警察に提供したと、長男アルトゥーロ・ベルトランは疑ったのでした(*11)。ベルトラン・レイバ兄弟の組織は報復として、ホアキン・グスマンの息子エドガー・グスマン(Edgar Guzman)を殺害しました(*10)。以降も「シナロア・カルテル」と「ベルトラン・レイバ兄弟の組織」の間で抗争が続いていきました(*10)。

 2008年以前から、ベルトラン・レイバ兄弟の組織は、シナロア・カルテル内の他組織とシカゴ(アメリカ合衆国イリノイ州)の流通ルートを巡り、対立していました(*10)。

 2009年12月メキシコ海兵隊はクエルナバカ(モレロス州)でアルトゥーロ・ベルトランを殺害しました(*10)。ベルトラン・レイバ五兄弟は全員、殺害もしくは逮捕により収監されてしまいました(*9)。2010年ベルトラン・レイバ兄弟の組織(ベルトラン・レイバ機構)は瓦解しました(*8)。ベルトラン・レイバ兄弟の組織の分派としては、「ロス・ロホス」(Los Rojos)、「ゲレーロス・ウニドス」(Guerreros Unidos)が有名でした(*12)。

 ロス・ロホスは違法薬物ビジネスの中で主にヘロインを取り扱っていました(*12)。ロス・ロホスの指導陣は、逮捕がよくあったことから、変わりがちでした(*12)。ゲレーロス・ウニドスはゲレーロ州を本拠地としおり、違法薬物ビジネスの中で主にヘロインを取り扱っていました(*12)。ゲレーロス・ウニドスはハリスコ新世代カルテル(Jalisco Nueva Generación Cartel)と手を組み、ハリスコ新世代カルテルと同じ経路を使って、違法薬物をアメリカ合衆国に供給しました(*12)。

 ロス・ロホス、ゲレーロス・ウニドスともに、主にヘロインを扱っていたことから、ベルトラン・レイバ兄弟の組織(ベルトラン・レイバ機構)時代からのヘロインビジネスを受け継いでいったと考えられます。

 2016年アメリカ合衆国麻薬取締局(Drug Enforcement Administration:DEA)は「国内ヘロイン監視プログラム」(Heroin Domestic Monitor Program)に基づき、全米27都市でヘロイン(末端市場)を調査目的で購入しました(*13)。DEAの関係者は当然、立場を偽って、購入したと推測されます。2016年時の総購入点数は667でした(*13)。667点のうち543点が「メキシコ産系」と判別されました(*13)。つまり全体の約81.4%がメキシコ産系でした。メキシコ産系543点のうち、278点のヘロインは「メキシコ産+南米産の混合」でした(*13)。

 残り124点のうち、106点は「生産地不明(南米で加工されたもの)」、14点は「南米産」、4点は「西南アジア産」と判別されました(*13)。2016年時点におけるアメリカ合衆国のヘロイン末端市場ではメキシコ産系が大量に流通していたことが考えられます。

 またメキシコ産系ヘロイン543点のうち、ブラック・タールは224点、ブラウンは23点でした(*13)。224点のブラック・タールの平均純度は25%でした(*13)。23点のブラウンの平均純度は12.2%でした(*13)。

<引用・参考文献>

*1 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』(David F. Marley,2019,Abc-Clio Inc), p29-31

*2 InSight Crimeサイト「Leader of Mexico’s Beltran Leyva Organization Extradited to US」(David Gagne ,2014年11月18日)

https://insightcrime.org/news/brief/alleged-former-leader-of-mexicos-blo-cartel-extradited-to-us

*3 アメリカ合衆国の国務省サイト内「Marcos Arturo Beltran-Leyva (Deceased)」

https://www.state.gov/narcotics-rewards-program-target-information-brought-to-justice/marcos-arturo-beltran-leyva-deceased

*4 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』, p155-156

*5 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』, p153

*6 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』, p193-195

*7  『ヤクザ500人とメシを食いました!』(鈴木智彦、2013年、宝島SUGOI文庫), p224-227

*8 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』, p171-173

*9アメリカ合衆国麻薬取締局サイト内「2019全米麻薬脅威評価(National Drug Threat Assessment)」, p100

https://www.dea.gov/sites/default/files/2020-01/2019-NDTA-final-01-14-2020_Low_Web-DIR-007-20_2019.pdf

*10 InSight Crimeサイト「Beltrán Leyva Organization」(2021年10月6日)

https://insightcrime.org/mexico-organized-crime-news/beltran-leyva-organization-profile

*11 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』, p32

*12アメリカ合衆国麻薬取締局サイト内「2020全米麻薬脅威評価(National Drug Threat Assessment)」(2021),p67-68

https://www.dea.gov/sites/default/files/2021-02/DIR-008-21%202020%20National%20Drug%20Threat%20Assessment_WEB.pdf

*13 「2016 Heroin Domestic Monitor Program」(DEA Indicator Programs Section,2018)

https://www.dea.gov/sites/default/files/2018-10/Heroin%20Domestic%20Monitor%20Report%20DEA-GOV%20FINAL.pdf,p2

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