アウトロー組織の代金回収力(入金力)

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 一般企業では、債務の支払い困難や経済活動が困難になった状態が「倒産」と呼ばれます(*1)。ちなみに「債務のない状態」で企業経営を止めることは「廃業」と呼ばれます(*1)。

 企業にとって「債務の支払い」は重要で、履行できなければ企業活動が終わってしまうのです。

 翻って、裏社会のアクター達はどうでしょうか。アウトロー組織にとって「債務」の1つが上納金です。日本のヤクザ組織では、下部団体が上部団体に会費(上納金)を支払います。

 1989年~1994年7月の山口組において、2次団体は1次団体に毎月85万円もしくは105万円の会費を払っていました(*2)。2次団体トップが、1次団体・山口組内で最高幹部また舎弟の場合、その2次団体の会費は105万円になりました(*2)。

 また2000年代の沖縄旭琉会では、2次団体(富永一家、功揚一家など)は1次団体に二桁万円の会費を払っていました(*3)。当時、沖縄旭琉会2次団体の数は、20団体くらいでした(*3)。1次団体に集まる総会費額は、毎月3桁万円になっていたようです(*3)。3桁万円の最高額は999万円です。仮に2次団体の数を20団体とし、全2次団体の会費が同一額だったとします。会費額が50万円の場合、総会費額は1,000万円(20×50万円)となり、4桁万円になってしまします。会費額が49万円の場合、総会費額は980万円(20×49万円)となり、3桁万円に収まります。2000年代の沖縄旭琉会において、2次団体の会費額は月額49万円以下だったと推測されます。2011年11月沖縄旭琉会は旭琉会と合併し、「旭琉會」が結成されました(*4)。

 稲川会の会費は高いといわれています(*3)。しかしコロナ禍であった2020年5月稲川会は、5月から8月の4カ月において、会費の減額を打ち出していました(*5)。

 海外のバイカーギャングにも上納金がありました。アメリカ合衆国のワンパーセンターズ(1%ers)系バイカーギャングの「バンディドス」(Bandidos)では上納金制度が設けられていました(*6)。バンディドス各支部は本部(national chapter)に上納金を送っていました(*6)。バンディドス内において上納金は「ドネイション」(donation)と呼ばれていました(*6)。

 バイカーギャング業界において大手バイカーギャングは、サポートクラブ(Support club)を抱えていました(*7)。概ねサポートクラブの活動目標は、大手バイカーギャングに対する貢献でした(*7)。大手バイカーギャングにとって、サポートクラブは外部組織ではあるものの、「実質的な下部団体」といえました。サポートクラブは、大手バイカーギャングに毎月上納金を払っていました(*7)。

 ヤクザ組織、バイカーギャングともに、上納金の延滞は致命的で、上部団体からの制裁(降格処分など)が待っています。アウトロー組織にとって、上納金の延滞とは、「一般企業の倒産」のような事態といえます。

 代金回収力(入金力)が低いと、上納金の延滞に至ってしまいます。

 例えばアウトロー組織Aは、X国の卸売市場(違法薬物)でコカインを卸していたとします。その卸売市場にコカインを卸しているのはAだけで、またX国ではコカインの需要が高かったとします。ゆえにAの収益は高かったです。Aは市場開拓力に長けているのです。卸売市場ではX国のアウトロー組織であるB、C、D、EがコカインをAから購入し、縄張りで密売していったとします。

 つまりAは「卸売」、B、C、D、Eは「小売」の役割を担っています。Aは売り手の為、B、C、D、Eから代金を回収します。

 一方でAはコカインをY国のF麻薬組織から仕入れていたとします。ゆえにAはF麻薬組織に仕入れ代金を払わなければなりません。またAは上部団体に毎月上納金を支払わなければならなかったとします。

 Aに現金等の貯えが充分になく、B、C、D、Eからの代金回収に失敗することがあれば、F麻薬組織や上部団体への支払いが困難に陥ることが考えられます。支払い困難となれば、F麻薬組織はAとの取引を止め(コカインの供給停止)、上部団体はAに制裁を与えます。

 市場開拓力に長けていたとしても、代金回収力が劣っていれば、アウトロー組織は窮地に陥ってしまうのです。

 また代金回収ができていたとしても、「代金回収完了までの期間」が長いと、資金繰りが難しくなります。上記の例では、Aがコカイン50kgをある年の7月にB、C、D、Eに供給したものの、Bらはその年の10月に「7月分のコカイン仕入れ代金」を払ってきたとします。その間(7~9月)、大きな支払いがAにあると、困った事態になります。

 表社会の企業でも、同様の悩みがあります。夜の飲食店において、クレジットカードは決済の1つです。しかしクレジット会社からの入金は通常、月2回です(*9)。一般的に1~15日までの売上金は当月末、16~末日までの売上金は翌月15日に入金されます(*9)。

 一方で夜の飲食店はホステスに対し日払いや週払いを行う為、支払いが頻繁にあります(*8)。ゆえにクレジットカード決済代行会社が「早期払いサービス」を夜の飲食店に対し提供しています(*9)。クレジットカード決済代行会社の全東信が提供する「早期払い(月8回)」では、「毎週火曜日までの売上」(土、日、月、火曜日の売上)が金曜日に入金され、「毎週金曜日までの売上」(水、木、金曜日の売上)が翌火曜日に入金されます(*9)。夜の飲食店はクレジットカード決済代行会社に手数料を払って、この早期払いサービスを利用しています(*8)。

 アウトロー組織は表立って、金融機関の送金サービス等を利用できません。表社会よりも、代金回収には、手間と時間が掛かります。場合によっては、資金洗浄や決済体制の構築も必要です。

 裏社会では「入金日」が変動しやすいのです。一方、アウトロー組織内において上納金は定期的に徴収されています。

 いわば「資金繰り」の能力もアウトロー組織には求められるのです。

 最後にメキシコ麻薬カルテルの「資金繰り」について見てみましょう。メキシコ麻薬カルテルは「支出」が結構あります。

 アメリカ合衆国-メキシコ国境から離れた麻薬カルテルは、陸路でアメリカ合衆国に密輸する際、通行手数料(デレッチョ・デ・ピソ:derecho de piso)を支払わなければなりませんでした(*10)。支払い先は、通過する国境地域を縄張りとする麻薬カルテルでした(*10)。国境地域を縄張りとする麻薬カルテルも、自身の違法薬物をアメリカ合衆国に密輸する際には、警察組織や軍隊に金銭を支払っていました(*10)。

 1995年以降「フアレス・カルテル」(Juárez Cartel)は、コロンビアの「カリ・カルテル」(Cali Cartel)に対し、コカインの仕入れ代金を現金で払っていたようです(*11)。

 また「シナロア・カルテル」(Sinaloa Cartel)と「ハリスコ新世代カルテル」(Jalisco Nueva Generación Cartel)は、近年、フェンタニル(fentanyl)及びフェンタニルの原料(前駆物質)を中国とインドから仕入れてきました(*12)。当然シナロア・カルテルとハリスコ新世代カルテルは、中国とインド側に、何かしらの形で代金を支払っていると考えられます。

 通行手数料、違法薬物の仕入れ代金と、メキシコ麻薬カルテルには一定の支出があることが分かります。

 一方、収入面はどうでしょうか。メキシコ麻薬カルテルの場合、アメリカ合衆国などの外国で収益が発生する為、収益金をメキシコに送らなければなりません。「メキシコへの送金」は容易ではありません。メキシコへの送金方法の1つとして「札束密輸」(Bulk Cash Smuggling)があります(*13)。札束の米ドルをメキシコに手荷物輸送(ハンドキャリー)するのが「札束密輸」です(*13)。

 メキシコ麻薬カルテルの収益は莫大でしょうが、「入金日」(収益金が手元に届く時)は変動しやすいと考えられます。

 メキシコ麻薬カルテルの資金繰りは、楽ではないのかもしれません。

<引用・参考文献>

*1 『日刊ゲンダイ』「倒産、廃業、休業、解散 何が違う?」2020年11月5日号(4日発行)

*2 『洋泉社MOOK・山口組・50の謎を追う』(有限会社創雄社『実話時代』田中博昭編、2004年、洋泉社),p189

*3 『仁俠愚狂に死す 闇社会から光の社会へ』(新垣玄龍、2024年、さくら舎),p104

*4 『別冊 実話時代 龍虎搏つ!広域組織限界解析Special Edition』(2017年6月号増刊),p66

*5 『週刊実話』2020年6月4日号, p43

*6 『The Fat Mexican: The Bloody Rise of the Bandidos Motorcycle Club』(Alex Caine,2010,Vintage Canada), p171

*7 『Texas Gang Threat Assessment 2017』「The Role of Outlaw Motorcycle Gang Support Clubs」(Texas Department of Public Safety,2017年7月),p32

*8 『FACTA』2024年4月号「決済代行「全東信」幹部逮捕で地銀パニック!」,p14

*9  全東信のサイト「事業内容」

http://www.zentoshin.com/merit.shtml#kessai

*10 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』(David F. Marley,2019,Abc-Clio Inc),p91-92

*11 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』, p76

*12 Vanda Felbab-Brown.(2022). China and Synthetic Drugs Control: Fentanyl, Methamphetamines, and Precursors; V. China-linked drug trafficking in Mexico and China-Mexico anti-drug cooperation.Foreign Policy at Brookings,p43

https://www.brookings.edu/wp-content/uploads/2022/03/FP_20221107_drug_trafficking_felbab_brown.pdf

*13 「2024全米麻薬脅威評価(National Drug Threat Assessment 2024)」(アメリカ合衆国麻薬取締局、2024年),p50

https://www.dea.gov/sites/default/files/2024-05/NDTA_2024.pdf

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