ルポライターの安田峰俊によれば、2025年時ミャンマーとタイ国境の中国系詐欺拠点(「園区」)等の中国人アウトロー社会では、マリファナ(乾燥大麻)、クラトム(代用アヘン)、ケタミン、「氷毒(ビンドウ)」(覚醒剤)等の違法薬物が流通していました(*1)。その中でも需要の高かったのがケタミン(ketamine)でした(*1)。
ケタミンはダウナー系の薬物です(*1)。ダウナー系薬物とは、中枢神経抑制薬のことです(*2)。
ケタミンは日本では「麻薬及び向精神薬取締法」により違法薬物に指定、規制されています(*3)。
1962年パーク・デビス社のカルビン・スティーブンスが、はじめてケタミンの合成に成功しました(*4)。ケタミンは麻酔剤として開発されましたが、後に、不快な臨死体験や怖い幻視体験のような「幻覚作用」があることが明らかになりました(*3)。
1965年ケタミンは人体への使用が禁止されました(*3)。以降ケタミンは獣医学の麻酔薬として用いられていきました(*5)。
しかし後にレイヴ・パーティーにおいてケタミンが「悪用」されていきました(*4)。近年でもケタミンは「クラブドラック」として有名です(*6)。違法薬物としてのケタミンの主な摂取方法は吸引でした(*4)。
先述の中国系詐欺拠点(「園区」)では、ケタミンは「K粉(ケイフエン)」の名前で知られており、1包100元で売買されていました(*1)。
中国の国家麻薬取締委員会は2021年4月、中国で押収された覚醒剤(メタンフェタミン)とケタミンの83%が、ゴールデン・トライアングル(ミャンマー、ラオス、タイの三国国境地帯)からの供給だったと報告しました(*7)。
またタイの麻薬取締委員会事務局は2021年3月、カンボジア当局が同年2月に同国のポーロワイ島で465kgのケタミンを押収したと、述べていました(*8)。ケタミンは特徴的なティーバックの中に隠されていました(*8)。実は、ゴールデン・トライアングルのアウトロー組織が、似たような方法で覚醒剤を隠していたことがありました(*8)。ゆえにポーロワイ島で押収された465kgのケタミンは「ゴールデン・トライアングル産」であると疑われました(*8)。
カンボジアやマレーシアではケタミンの密造施設が2020年摘発されました(*8)。
イギリスやアメリカ合衆国でもケタミンが「スペシャルK」という名前で流行しました(*5)。昔は各国によって「ケタミンの位置づけ」が異なっていました。アメリカ合衆国がケタミンを違法薬物としていた時に、隣国メキシコはケタミンを合法薬物としていました(*5)。
アメリカ合衆国麻薬取締局は2024年時点でケタミンを「新規向精神物質」(New Psychoactive Substances)として認識していました(*9)。新規向精神物質とは、規制物質に類似した効能を持つように設計された合成物質群のことでした(*9)。利用者は違法薬物と同等の効能を得る為、もしくは心身の病気を自己治療できると信じて、新規向精神物質を求めました(*9)。新規向精神物質の多くは、規制されていませんでした(*9)。密売グループは法律を回避し、資金獲得源を複数化するために、新規向精神物質を取り扱っていました(*9)。
2024年時点「トゥシ」(tusi)と呼ばれる違法薬物が、アメリカ合衆国の主要大都市のクラブで流通していました(*10)。トゥシは、2つもしくはそれ以上の違法薬物による混合物で、ピンク色をしていました(*10)。トゥシにはコカイン、メタンフェタミン(覚醒剤)、ケタミンが組み合わせられました(*10)。メキシコ麻薬カルテルの「シナロア・カルテル」(Sinaloa Cartel)は中国から大量のケタミンを密輸し、メキシコでトゥシを密造していました(*10)。
<引用・参考文献>
*1 『週刊現代』2025年3月29日号「衝撃現地ルポ ミャンマー国境「詐欺パーク」へ乗り込め 後編 内情を知る現地住民の凄絶証言「日本人は組織の末端中の末端だ」」(安田峰俊), p32-33
*2 『薬物依存症』(松本俊彦、2018年、ちくま新書),p31
*3 『<麻薬>のすべて』(船山信次、2011年、講談社現代新書), p234
*4 『[文庫クセジュ] 合成ドラッグ』(ミシェル・オートフイユ/ダン・ヴェレア著、奥田潤/奥田陸子訳、2004年、白水社), p78-79
*5 『Cocaine: An Unauthorized Biography』(Dominic Streatfeild,2003,Picador), p371-372
*6 『北関東「移民」アンダーグラウンド ベトナム人不法滞在者たちの青春と犯罪』(安田峰俊、2023年、文藝春秋), p231
*7 UNODC(United Nations Office on Drugs and Crime)サイト「Synthetic Drugs in East and Southeast Asia Latest developments and challenges 2021」,p26
*8 「Synthetic Drugs in East and Southeast Asia Latest developments and challenges 2021」,p27
*9 「2024全米麻薬脅威評価(National Drug Threat Assessment 2024)」(アメリカ合衆国麻薬取締局、2024年),p44
https://www.dea.gov/sites/default/files/2024-05/NDTA_2024.pdf
*10 「2024全米麻薬脅威評価(National Drug Threat Assessment 2024)」,p7
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