株式市場に上場する企業は、資金調達の1手段として、新株発行を実施できます。新株発行の懸念として、「1株の希薄化」とそれに伴う「株価の下落」が挙げられます。例えば、A社の既存発行株数が11億株だったとします。市場に出回っているのが5億株です(残りの6億株はA社によって保有)。A社が利益を上げ10億円を株主に配当する際。「10億円÷5億株」(自社保有の6億株に配当金を回せません)で、1株につき2円が配当されることになります。しかし配当直前に、A社は新株5億株を株式市場で売り出しました。既存発行株数11億株に、新株発行株数5億株が加わり、A社発行株数は16億株に増加します。市場に出回っている株数も10億株に増えます。配当の計算式は「10億円÷10億株」に変わり、1株につき1円が配当されます。A社の既存株主にとって、新たな5億株の発行で、配当金は少なくなりました。A社1株の魅力は薄まりました。1株の希薄化です。魅力低下は価格に反映されます。A社の株価は下落に見舞われます。
*今回、記事を作成するにあたり、『「欲望資本主義」に憑りつかれた男たち』(伊藤 博敏著、講談社)の情報を参考にさせて頂きました。
大企業の資金調達方法に社債があります。株と異なり、「借金」の性格を持ちます。調達方法は、例えば「5年後全額返します。またその間利子も払います」ということで、金融市場で投資家からお金を借りるという内容です。国債の「会社版」です。銀行融資が「相対的な関係による借金」であれば、社債は「非相対的な関係による借金」です。当然、社債を発行できるのは、信用がある大企業に限られています。資金調達側における社債の利点として、銀行融資に見られる「厳しい監視」を避けられることがあります。「借金でない」株と「借金である」社債を混ぜた資金調達方法があります。転換価格修正条項付転換社債(Moving Strike Convertible Bond)です。略してMSCBと呼ばれます。
*以下は、大まかに説明しています。現実的には、すでに違法な点もあります
2000年代前半の新興株式市場において、MSCBは “錬金術”として悪用されました。本来は社債です。発行企業は投資家に「借金をする」形をとります。例えば、X社がMSCBを10億円分発行したとします。MSCBは2つの選択肢を提示します。1つ目は「年に2回●%の利息。5年後現金で返済」。2つ目は「年に2回●%の利息。5年後現金ではなく、弊社株と交換できる権利を付与。転換価格は、弊社株の時価2割引き」。5年経ち、10億円の返済日が到来します。返済日におけるX社の株価は、1株100万円です。投資家Yは5年前にX社MSCBを1億円分買いました。投資家Yは、現金返済ではなく、株式交換を選択します。「1億円分のMSCB 」と「100万円(1株の時価)のX社株」が交換されます。通常であれば「1億円÷100万円(1株の時価)」の計算で、投資家Yは100株を手にします。 しかしMSCB 契約では、「時価」ではなく、「時価の2割引き」で交換されることになっていました。「1億円÷80万円」の計算になります。投資家Yは125株を得ます。1株100万円の時価の際、125株全部売ると、1億2500万円になります。X 社から現金1億円を返済されるより、「2割引き」特典の株式交換の方が、経済的な魅力があります。一方、MSCBを発行したX社にとっても、投資家Yに返済すべき1億円が節約できました。
ただし「MSCBを株に交換してから、株を売る」方法では、利益を得ることができません。株式交換により株数が増えれば、「1株の希薄化」が起き、株価は下落するからです。投資家Yが株式交換で125株を手にしたら、X社の株数は125株増え、仮に株価が1株100万円から1株80万円に下落したとします。1株80万円の時価の際、125株売れば、1億円です。よって投資家Yは「空売りしてから、MSCBを株に交換する」方法をとります。投資家Yは既存株主からX社株125株を借りて、即株式市場で売却します。売却段階では、投資家YはMSCBを株式に交換していないので、X社の株数は増えていません。「1株の希薄化」は起きず、X社の株価は依然1株100万円だとします。借株の売却で、投資家Yは1億2500万円を得ました。当然、投資家Yによる125株売却で、X社の株価は下落します。1株90万円に下落したとします。そこでようやく、投資家YはMSCBをX社株と交換します。「1億円÷72万円(時価の2割引き)」の計算で、投資家Yは138株を手にします。同時に、X社株が約138株増えたことを意味します。「1株の希薄化」が起き、X社の株価の下落に拍車がかかります。投資家Yは、保有する138株のうち125株を、既存株主の返却に回します(手数料はなしと考えます)。一連の取引で、投資家Yは2500万円以上の利益を得ることができました。損をしたのは、株価の下落で、大打撃を受ける既存株主です。MSCBで得をするのは発行企業とMSCBの投資家で、不公平感の強い金融商品です。
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