鶴政会の「鶴」の由来

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 稲川会は1959~1963年の間、「鶴政会」という組織名で活動していました(*1)。現在の稲川会は、1949年静岡県熱海市で興された稲川興業を源流としています(*1)。稲川興業の創立者は、稲川聖城(稲川会初代会長)です(*1)。鶴政会は1963年「錦政会」に改称され、1972年錦政会は現在の「稲川会」に改称されました(*1)。1990年まで「1次団体としての稲川会」は連合型の組織形態をとっていました(*2)。

 1990年10月、稲川裕紘が稲川会の三代目会長に就任すると同時に、1次団体と2次団体を「垂直的な関係」とする直参制度を稲川会に導入したのです(*2)。1956年頃から、稲川興業は静岡県下のヤクザ組織を配下に組み入れ、勢力を拡大していきます(*3)。その後、稲川興業は神奈川県にも進出、横浜、小田原、横須賀、川崎などの博徒系組織や愚連隊を支配下に置いていきました (*3)。

 当時の横浜では、京浜兄弟会という博徒系組織と、「横浜愚連隊四天王」と呼ばれた井上喜人、林喜一郎、吉水金吾、出口辰夫らの愚連隊が拮抗し合う状況でした(*4)。拮抗する状況下、稲川興業は横浜愚連隊四天王のグループを吸収することに成功します(*4)。稲川興業は博徒系組織を母体としていますが、当時肌合いの異なった愚連隊を「対立」するのではなく、「勢力下」に引き入れるという柔軟性が稲川興業にはありました。

 また「鶴政会」と改称していた1961年、横須賀に拠点を置く石塚一家が鶴政会に入ります(*5)。当時の石塚一家トップが、1986年稲川会二代目会長に就任する石井隆匡でした(*5)。また1962年、鶴政会は山梨県甲府市と岐阜県にも進出、両方に拠点を築きます(*6) (*7)。山口組が1950年代後半から1960年代前半にかけて本拠地の神戸以外に進出し勢力を拡大したのと軌を一にするように、当時の稲川会も勢力を拡大していったのです。

 しかし当時の山口組がすでに直参制度をとっていたのに対し(*8)、先述したように当時の稲川会つまり鶴政会は連合型の組織でした。鶴政会は他団体を吸収しても、傘下に収めるのではなく、鶴政会という同じグループに入れるという形をとっていました。鶴政会の「鶴」は、綱島一家五代目総長・鶴岡政次郎の名前からとっています(*3) (*9)。綱島一家は昔関東に大きな影響力を及ぼしていた博徒系組織でした(*3)。稲川聖城は1949年熱海市で稲川興業を創立する前は、綱島一家の代貸(賭場の最高責任者)を務めていました(*3) (*10)。しかし稲川聖城が綱島一家の構成員になったのは1948年2月でした(*11)。ゆえに稲川聖城の「綱島一家の代貸時代」は1~2年以内と考えられます。

 鶴岡政次郎は元々神戸にいましたが(*12)、1910~20年代頃、横浜に移り横浜港の港湾荷役業の世界で台頭していきました(*9)。鶴岡政次郎は横浜港に加えて、東京港、千葉港でも影響力を持っていました(*3)。港湾荷役業の顔役になる一方、鶴岡政次郎は博徒系組織の綱島一家にも入ります(*9)。その後、鶴岡政次郎は綱島一家から独立して鶴岡一家を興すほど、博徒の世界でも出世します(*9)。後に鶴岡政次郎は綱島一家を引き継ぎました(*9)。

 稲川興業が勢力を拡大していった1950年代後半、吸収される他団体の「座りの良さ」を意識して、稲川聖城は自身のオーナー色が出る「稲川興業」ではない組織名を欲していたはずです。また1次団体を連合型の組織にしていくことも考えていたはずです。表裏の世界で成功した親分・鶴岡政次郎の「威光」を借りる形で、稲川聖城は1次団体としての組織名を「鶴政会」に改称したと考えられます。鶴政会と改称された1959年の翌年1960年、鶴岡政次郎は死去しました(*3)。

 鶴政会は1963年、錦政会に改称します(*1)。入れ替わった「錦」の字は、稲川興業が拠点を構えた熱海市の「錦町」から来ていると考えられます(*3)。1964年2月から始まった警察庁による厳しい取締り、いわゆる「頂上作戦」により、錦政会は解散することになります(*13)。しかし名目上の解散であり、1972年現在の「稲川会」に改称され名目上も復活が果たされました(*1)。同年1972年、稲川会は山口組と「親戚関係」を結び、外交面でも大きな変化を経ました(*1)。

<引用・参考文献>

*1 『実話時代』2014年8月号, p23

*2 『ヤクザに学ぶ 伸びる男 ダメなヤツ』(山平重樹、2008年、徳間文庫), p332

*3 『山口組永続進化論』(猪野健治、2008年、だいわ文庫), p210-212

*4 『現代ヤクザ大事典』(実話時代編集部編、2007年、洋泉社), p214

*5 『現代ヤクザのウラ知識』(溝口敦、1999年、宝島社文庫), p222

*6 『日本のヤクザ100の喧嘩 闇の漢たちの戦争』(別冊宝島編集部編、2017年、宝島社), p106-107

*7 『ヤクザの散り際 歴史に名を刻む40人』(山平重樹、2012年、幻冬舎アウトロー文庫), p43

*8 『ヤクザに学ぶ 伸びる男 ダメなヤツ』(山平重樹、2008年、徳間文庫), p329

*9 『山口組永続進化論』(猪野健治、2008年、だいわ文庫), p208-209

*10 『現代ヤクザ大事典』(実話時代編集部編、2007年、洋泉社), p17

*11 『ヤクザ・レポート』(山平重樹、2002年、ちくま文庫),p140

*12 『実話時代』2017年5月号, p125

*13 『現代ヤクザ大事典』(実話時代編集部編、2007年、洋泉社), p168-170

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