新宿・歌舞伎町で活動するヤクザ組織の懇親会としては「東京中央懇親会」が有名です(*1)。2005年出版『洋泉社MOOK・山口組・東京戦争』によれば、主に3次団体トップが参加し、その参加総人数は130名を超えていました(*1)。参加人数が最も多いのが住吉会、次に極東会でした(*1)。東声会、松葉会、稲川会、テキヤ(露店商)組織の姉ヶ崎連合会、杉東会、丁字家会なども参加していました(*1)。2005年時点では、山口組系組織は参加していませんでした(*1)。
参加人数の多さから、歌舞伎町において住吉会、極東会の優位性が窺えます。また「指定暴力団」の非指定の姉ヶ崎連合会等のテキヤ組織も参加していることは、テキヤ組織にとって歌舞伎町が重要な場所であることを物語っています。
元々、歌舞伎町を含む新宿は、博徒組織・小金井一家(二率会2次団体)の縄張りでした(*2) (*3)。先述した組織らは、小金井一家から縄張りを借りる形で、歌舞伎町で活動していました(*3)。2001年小金井一家の東京勢力が住吉会に移籍した為(*4)、歌舞伎町の縄張りの「所有権」は住吉会のものとなりました(*4)。
東京中央懇親会では毎月(12、1、2、7、8月除く)18日に会合があり、月当番制が敷かれていました(*1)。東京中央懇親会は参加組織に対して拘束力を持たなかった為、会内の関係は厳しくはありませんでした(*1)。1次団体クラスの親睦会「関東二十日会」(1972~2014年)は、毎月20日(7、8月除く)に会合がありました(*5) (*6)。
両会(東京中央懇親会、関東二十日会)とも7、8月に会合がありません。元々博徒組織が夏に活動を休んでいたことが影響していると考えられています(*6)。賭博が違法行為の為、賭場の施設においては「窓を開ける」ことができない為、昔は夏に賭場は開帳されませんでした(*6)。テキヤ組織にとっては、夏は祭りが多い為、稼ぎ時でした(*7)。神社の祭礼は夏が多かったです(*8)。
また関東二十日会の会合(20日)の2日前に、東京中央懇親会の会合(18日)があり、会合日が被らないようにしていたことが窺えます。
<引用・参考文献>
*1 『洋泉社MOOK・山口組・東京戦争』(有限会社創雄社編、2005年、洋泉社), p69-71
*2 『洋泉社MOOK・山口組・東京戦争』,p68
*3 『洋泉社MOOK・山口組・東京戦争』,p64
*4 『洋泉社MOOK・勃発!関東ヤクザ戦争』(有限会社創雄社『実話時代』田中博昭編、2002年、洋泉社), p8-10
*5 『実話時代』2017年9月号, p23-24
*6 『洋泉社MOOK・勃発!関東ヤクザ戦争』, p30-32
*7 『極道のウラ情報』(鈴木智彦、2008年、宝島SUGOI文庫), p92
*8 『生活史叢書3 てきや(香具師)の生活』(添田知道、1973年、雄山閣),p140
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