19世紀前半中国における塩の小売価格

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 19世紀前半の中国において「塩の小売価格」は、生産価格に比し高かったです(*1)。塩産地の1つである両淮地域における「塩の生産価格」は、1斤(600g弱)あたり銅銭一~四文でした(*1)。両淮地域の塩が長江中流の漢口まで運ばれると、四十~五十文になりました(*1)。塩が「両淮地域」から「漢口」に移動しただけで、価格が最高50倍まで高騰していました。最終的に両淮地域の塩の小売価格は、八十~九十文になりました(*1)。生産価格一文で消費者が八十文で買った塩の場合、生産段階から「七十九文」が付け加わっていることが分かります。

 塩の小売価格が高かった背景には、塩の産地(供給源)が限られていたことがあります(*2)。沿海部やいくつかの内陸地が、当時の塩産地でした(*2)。需要に対し供給が少なければ、価格は上昇していきます。また清朝は塩から税金等の徴収をしていました(*3)。税金等の徴収分という「人為的な要素」も加わって、塩の小売価格は高くなっていたのです。

<引用・参考文献>

*1 『世界史リブレット108 徽州商人と明清中国』(中島楽章、2015年、山川出版社), p53

*2 『世界史リブレット108 徽州商人と明清中国』, p23

*3 『清朝と近代世界19世紀 シリーズ 中国近現代史①』(吉澤誠一郎、2018年、岩波新書), p35-36

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