1937年以前のチャハル省におけるアヘンの取り扱い

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 1937年7月日中戦争勃発後、日本軍は中国各地に進出、傀儡政権を作っていきました(*1)。1937年9月チャハル省に誕生した「察南自治政府」も日本軍の傀儡政権の1つでした(*1)。察南自治政府は、同じく日本軍の傀儡政権だった「晋北自治政府」と「蒙古連盟自治政府」と組んで、「蒙疆連合委員会」を設立させました(*1)。1939年9月、3つの自治政府の合体により、「蒙古連合自治政府」が誕生しました(*2)。

 日本軍は傀儡政権の支配エリアや占領都市においてアヘンを販売しました。蒙古連合自治政府においても、アヘンが販売されました(*3)。中国では中華民国時代の1913年3月以降、「合法的なアヘン貿易」が禁止されました(*4)。また1929年には、アヘンの禁煙法が公布・施行されました(*5)。1937年時点において「中国におけるアヘンの取り扱い」は違法行為でした。

 しかし察南自治政府成立(1937年)以前のチャハル省は、アヘンに対する課税を実施していました(*6)。1936年度チャハル省のある区域歳入のうち、約13%がアヘンの税収入でした(*6)。チャハル省では、中国の法律に反し、アヘンの取り扱いが行われていたことが分かります。

 1916年前後から、中国各地の軍閥がアヘンを製造しました(*4)。以降、アヘン吸煙の拡大が全国で認められました(*4)。他の省もチャハル省のように、アヘンに税を課していたと考えられます。

 チャハル省はアヘン1両ごとに「印紙」を貼らせていました(*6)。印紙の売却によりチャハル省はアヘンから徴税を図っていました。

<引用・参考文献>

*1 『日中アヘン戦争』(江口圭一、2018年、岩波新書), p60-61

*2 『日中アヘン戦争』, p62-63

*3 『日中アヘン戦争』, p67

*4 『アヘンと香港 1845-1943』(古泉達矢、2016年、東京大学出版会), p132

*5 『日中アヘン戦争』, p25

*6 『日中アヘン戦争』, p65

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