蒙疆三政権下におけるアヘンの払い下げ制

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 1937年7月日中戦争が勃発(*1)、同年9~10月「蒙疆三政権」(察南自治政府、晋北自治政府、蒙古連盟自治政府)が成立しました(*1)。蒙疆三政権は日本の傀儡政権でした(*1)。

 1929年中国ではアヘンの禁煙法が公布・施行され、アヘンの取り扱いは「違法行為」となりました(*2)。しかし察南自治政府のチャハル省は、1937年以前からアヘンに税を課していました(*3)。チャハル省では、アヘンの禁煙法が「有名無実化」していたことが考えられます。

 1938年蒙疆三政権は、各自治政府から指定されたアヘン商人にのみ、アヘン売買を認めました(*3)。以上から、チャハル省以外の蒙疆三政権の支配エリアでも1937年以前から、「アヘンの取り扱い」があったことが考えられます。

 翌1939年蒙疆三政権は「清査制度」を導入しました(*4)。同年6月土薬公司が設立されました(*4)。清査制度では、土薬公司がケシ栽培者からアヘンを買い取り、「清査署」という行政機関に納めました(*4)。清査署はアヘンをアヘン配給人に販売しました(*4)。アヘン配給人が「小売」の役割を果たしました(*4)。

 清査制度とは、土薬公司と清査署を軸にした「アヘン専売制」だったことが分かります。しかし「土薬公司の買い取り価格」は低く(1939年時一両当たり2円80銭~3円50銭)、ケシ栽培者はより高値で買い取ってくれる地域(北京や天津など)に売りました(*4)。土薬公司の買い取りは進みませんでした(*4)。

 1940年蒙疆三政権は土薬公司を廃止、新たに「土業組合」を新設しました(*5)。以降蒙疆では、土業組合がケシ栽培者から「1両当たり6~8円」でアヘンを買い取りました(*5)。行政機関は土業組合から「1両当たり8円」でアヘンを購入しました(*5)。再び行政機関は「1両当たり10円50銭」でアヘンを土業組合に「払い下げ」ました(*5)。

 行政機関はアヘンを「1両当たり8円」で買い取り「1両当たり10円50銭」で売ったので、行政機関の利益は「2円50銭」です。行政機関は課徴金という形で「2円50銭」を徴収したのです(*5)。一方の土業組合は「払い下げ済のアヘン」を市場で、「1両当たり15~16円」で販売できました(*5)。土業組合はアヘンを「1両当たり10円50銭」で買い取り「1両当たり15~16円」で販売したので、土業組合の利益は「4円50銭~5円50銭」です。払い下げ制の下では、行政機関の売却価格が「固定」、土業組合の売却価格が「変動」です。払い下げ制におけるアヘンの経路は「ケシ栽培者」→「土業組合」→「行政機関」→「土業組合」→「市場」でした。

 1942年蒙疆三政権は、払い下げ制から「政府買い取り制」に変更しました(*6)。政府買い取り制では、行政機関が土業組合からアヘンを買い取り、自ら市場に販売しました(*6)。政府買い取り制におけるアヘンの経路は「ケシ栽培者」→「土業組合」→「行政機関」→「市場」でした。政府買い取り制の下では、行政機関の売却価格が「変動」で、土業組合の売却価格が「固定」です。土業組合の「利益」が固定されてしまう為、土業組合は政府買い取り制に反対しました(*6)。結果、翌1943年から払い下げ制が復活しました(*7)。

<引用・参考文献>

*1 『日中アヘン戦争』(江口圭一、2018年、岩波新書), p60-61

*2 『日中アヘン戦争』, p25

*3 『日中アヘン戦争』, p65-67

*4 『日中アヘン戦争』, p73-79

*5 『日中アヘン戦争』, p120-123

*6 『日中アヘン戦争』, p146

*7 『日中アヘン戦争』, p149

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