アトランタ市の違法薬物市場にコカインを供給するメキシコ麻薬カルテル

  • URLをコピーしました!

 2010年代のアトランタ市(ジョージア州)において違法薬物の小売組織は、主にメキシコ麻薬カルテルからコカインを仕入れていました(*1)。当時の小売組織は「仕入れ価格(卸売価格)の上昇」に悩んでいました(*1)。2015年時、アトランタ市の小売組織はコカインを1kgあたり約4万ドルで仕入れていました(*1)。つまり2015年時のアトランタ市におけるコカイン卸価格は1kgあたり約4万ドルでした。

 1980~1990年代のアトランタ市におけるコカインの卸売価格は、1kgあたり1万7,000~2万2,000ドルでした(*1)。1980~1990年代に比し、2015年時のコカイン卸売価格(1kgあたり約4万ドル)が高いことが分かります。一方1980年代のアトランタ市における「コカインの小売価格」は1オンス(28.3495g)あたり約1,800ドルでした(*2)。1kgに直すと約6万3,400ドルでした。

 2010年代のアトランタ市においてコカインの小売価格が1980年代とほぼ同じだった場合、コカイン1kg売上時の「小売組織の利益」は約2万3,400ドル(約6万3,400ドル-4万ドル)でした。

 一方1980年代の場合、コカイン1kg売上時の「小売組織の利益」は4万1,400~6,400ドル(約6万3,400ドル-「1万7,000~2万2,000ドル」)でした。2010年代のアトランタ市においてコカインの小売価格が1980年代とほぼ同じだった場合、小売組織は利幅の減少に直面していたと考えられます。

 以前のアトランタ市の違法薬物市場では、「BMF(Black Mafia Family)」という組織が仕切っていました(*1)。アメリカ中西部のミシガン州デトロイト出身のフレノリー兄弟によりBMFは設立されました(*1)。全盛期のBMFは違法薬物ビジネスで大きな収益を得ていました(*1)。しかし後にフレノリー兄弟らは逮捕、起訴されました(*1)。裁判の結果、フレノリー兄弟には懲役刑30年の判決が下されました(*1)。以降、BMFの時代は終わりました。

 BMF消滅により、メキシコ麻薬カルテルがアトランタ市の違法薬物市場で相対的に力を持つようになったと推測されます。

<引用・参考文献>

*1 『TRAP  HISTORY:ATLANTA  CULTURE  AND THE GLOBAL IMPACT OF TRAP MUSIC』(A.R.SHAW,2020,Bluefield Media, LLC), p96-100

*2 『TRAP  HISTORY:ATLANTA  CULTURE  AND THE GLOBAL IMPACT OF TRAP MUSIC』, p26

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次