明治時代の賭博に関する法制度

  • URLをコピーしました!

 明治時代(1868~1912年)、政府は賭博を違法行為としました。1870年(明治三年)「新律綱領」が定められました(*1)。新律綱領では財物を用いて賭博をした者に「杖で80回打つ」という刑罰が科せられました(*1)。その賭場を開帳した者にも同様に「杖で80回打つ」という刑罰が科せられました(*1)。また新律綱領では、博徒組織系の者が賭場を開帳した場合、その博徒組織系の者に懲役1年の刑罰が科されました(*1)。

 1873年(明治六年)「改定律例」が太政官布告として公布されました(*2)。改定律例も賭博を禁止していました(*2)。

 1874年(明治七年)司法省は「賭博は現行犯のみ逮捕」という指令を出しました(*3)。

 1878年(明治十一年)にも司法省は、賭博は現行犯のみ逮捕という内容の指令を出しました(*4)。

 1880年(明治十三年)「刑法」が公布され、1882年(明治十五年)に施行されました(*5)。この刑法においても「賭博は現行犯のみ逮捕」という内容が記載されていました(*5)。この刑法では「現行」が賭博犯の逮捕要件だったのです。

 江戸時代では賭博は非現行犯でも捕えることができました(*5)。

 1884年(明治十七年)1月4日「賭博犯処罰規則」が布告されました(*6)。賭博犯処罰規則において賭博の非現行犯逮捕が可能となりました(*6)。

 1874年頃~1884年1月の期間は、「非現行犯は逮捕されない」という環境だったのです。博徒組織にとって活動しやすい環境だったはずです。

 1889年(明治二十二年)6月10日、賭博犯処罰規則は廃止されました(*7)。これにより賭博の非現行犯逮捕はできなくなりました。

 しかし1907年(明治四十年)刑法改正案が第23回帝国議会で可決され、翌1908年(明治四十一年)10月1日より新刑法が施行されました(*8)。新刑法では賭博における非現行犯逮捕が可能となりました(*8)。新刑法の施行で博徒組織の取締りは強化されました(*9)。

<引用・参考文献>

*1 『<ものと人間の文化史 40-Ⅲ> 賭博 Ⅲ』(増川宏一、1983年、法政大学出版局),p261-262

*2 『<ものと人間の文化史 40-Ⅲ> 賭博 Ⅲ』,p263

*3 『<ものと人間の文化史 40-Ⅲ> 賭博 Ⅲ』,p264-265

*4 『<ものと人間の文化史 40-Ⅲ> 賭博 Ⅲ』,p266-267

*5 『<ものと人間の文化史 40-Ⅲ> 賭博 Ⅲ』,p271-272

*6 『<ものと人間の文化史 40-Ⅲ> 賭博 Ⅲ』,p297-302

*7 『<ものと人間の文化史 40-Ⅲ> 賭博 Ⅲ』,p310

*8 『<ものと人間の文化史 40-Ⅲ> 賭博 Ⅲ』,p315-317

*9 『実証・日本のやくざ―正統派博徒集団の実像と虚像』(井出英雅、1973年、立風書房),p263-264

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次