セタス

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 メキシコにおいてかつて最も残虐なアウトロー組織として知られたのが「セタス」(Zetas)でした(*1)。セタスは元々、メキシコ北東部(主にタマウリパス州)を拠点とするガルフ・カルテル(Gulf Cartel)の「戦闘部隊」として結成されました(*1)。

 ガルフ・カルテルの源流は、フアン・ネポムセノ・ゲラ・カルデナス(Juan Nepomuceno Guerra Cárdenas)が率いた密輸団でした(*2)。禁酒法時代(1920~1933年)(*3)下のアメリ合衆国に向けて、フアン・ゲラの組織はウイスキーやテキーラの酒類を密輸していました(*2)。禁酒法の成立は1919年で、翌1920年から1933年まで禁酒法は施行されていました(*3)。

 ちなみに禁酒法時代(1920~1933年)のアメリカ合衆国では、医師の処方があれば酒(「薬用酒類」という位置づけ)は入手可能でした(*4)。飲酒目的でも、当然医師の前では「治療の為に」と言って、酒を調達していたのでしょう。禁酒法はアメリカ合衆国の法律だったので、原則禁酒法の「効力範囲」はアメリカ合衆国に限られたと考えられます。ゆえに「外国での飲酒」で解決を図る人もいました。具体的にはクルーズ船で「沖の国際水域」まで行って飲酒、「カナダ」に行っての飲酒等がありました(*4)。またニューヨーク市では闇営業の酒場が流行りました(*4)。

 1990年代前半にはフアン・ゲラの甥であるフアン・ガルシア・アブレゴ(Juan García Ábrego)が組織内で実権を持つようになりました(*2)。またこの頃、組織は「ガルフ・カルテル」と呼ばれるようになりました(*2)。

 1999年ガルフ・カルテルのトップにオシエル・カルデナス・ギジェン(Osiel Cárdenas Guillén)(*2)が就きました(*1)。就任後オシエル・カルデナスは、メキシコ軍特殊部隊(GAFE)の司令官アルトゥーロ・グスマン(Arturo Guzmán)をガルフ・カルテルに引き入れました(*1)。

 アルトゥーロ・グスマンはオシエル・カルデナスから強力な戦闘部隊の結成を命じられ、メキシコ軍から兵士を引き抜き、「セタス」を結成しました(*1)。その後もセタスはグアテマラ陸軍特殊部隊の元メンバーを引き入れるなど(*1)、戦闘技術に長けた構成員を多く抱えていたことが分かります。

 セタスの勢力は、他地域に拡大していきました(*1)。セタスは地元組織を傘下に収めた際、自陣に加わった地元組織のトップに「第二司令官」という役職を付与しました (*1)。「第二司令官」の役職者は、地元で活動する一方、セタス本部には上納金を払いました(*1)。セタスは勢力拡大にあたって、「フランチャイズ方式」をとっていたのです(*1)。

 2010年2月セタスはガルフ・カルテルから独立しました(*5)。

<引用・参考文献>

*1 『メキシコ麻薬戦争 アメリカ大陸を引き裂く「犯罪者」たちの叛乱』(ヨアン・グリロ著、山本昭代訳、2014年、現代企画室), p140-156

*2 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』(David F. Marley,2019,Abc-Clio Inc), p140-141

*3 『はじめてのアメリカ音楽史』(ジェームス・M・バーダマン・里中哲彦、2018年、ちくま新書),p154

*4 『「食」の図書館  ウイスキーの歴史』(ケビン・R・コザー著、神長倉伸義訳、2015年、原書房),p137-140

*5 『コカイン ゼロゼロゼロ 世界を支配する凶悪な欲望』(ロベルト・サヴィアーノ著、関口英子/中島知子訳、2015年、河出書房新社),p137

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