メキシコ麻薬カルテルの1つである「ハリスコ新世代カルテル」(Jalisco Nueva Generación Cartel)は2010年、旧ミレニオ・カルテル(Milenio Cartel)の一派によって結成されました(*1)。ハリスコ新世代カルテルは「Cártel Jalisco Nueva Generación」とも表記されることから、頭文字をとって「CJNG」と略されています(*1)。
ミレニオ・カルテルは元々メキシコ中西部ミチョアカン州を拠点に活動していました(*2)。ミレニオ・カルテルは元々「アボカド・カルテル」(Avocados Cartel)と呼ばれ、バレンシア一族により率いられていました(*3)。1980年代アボカド・カルテルは、ティフアナ・カルテル(Tijuana Cartel)と提携し、太平洋沿いの経路でマリファナや低品質ヘロインをアメリカ合衆国カリフォルニア州に密輸していました(*3)。またアボカド・カルテルは船舶や飛行機も密輸手段として用いていました(*3)。
図 ミチョアカン州の地図(出典:Googleマップ)
表向きバレンシア一族は、輸出用アボカド・果物の大型包装工場、トラック会社、自動車修理工場等を経営していました(*3)。「アボカド・カルテル」の名は、バレンシア一族がアボカド関連ビジネスをしていたことに由来していると考えられます。
1990年アボカド・カルテルの当時トップのアルマンド・バレンシア(Armando Valencia)は、コロンビア麻薬組織のメデジン・カルテル(Medellín Cartel)のファビオ・オチョア(Fabio Ochoa)とコカインビジネスの契約を結びました(*3)。契約内容は、アボカド・カルテルが固定料金で「メデジン・カルテルのコカイン」をアメリカ合衆国に密輸するというものでした(*3)。マリファナや低品質ヘロイン密輸業に比べ、コカイン密輸代行業の収益は大きく、1990年代にアボカド・カルテルは富を増すことに成功しました(*3)。
同時にアボカド・カルテルの勢力圏は1990年代前半に、本拠地ミチョアカン州にとどまらず、ハリスコ州、コリマ州、ナヤリット州に拡大しました(*3)。2000年が近づく頃に、アボカド・カルテルは「ミレニオ・カルテル」(スペイン語の)と呼ばれるようになったと考えられています(*3)。スペイン語のミレニオ(Milenio)は「千年」を意味します。
ミレニオ・カルテルはヌエボ・ラレド(タマウリパス州)を密輸の重要拠点と位置づけ、ヌエボ・ラレド経由のルートでも違法薬物をアメリカ合衆国に「輸送」していました(*4)。ミレニオ・カルテルはコカイン300kgをヌエボ・ラレド経由で輸送した際、13万ドルの賄賂を贈っていました(*4)。13万ドルの贈り先は、おそらく警察もしくは軍(またはその両方)と思われます。2002年3月までのヌエボ・ラレドではディオニシオ・ロマン・“エル・チャチョ”・ガルシア・サンチェス(Dionisio Román“El Chacho”García Sánchez)らが裏社会を仕切っていました(*5)。
“エル・チャチョ”らの組織は「ロス・チャチョス」(Los Chachos)とも呼ばれていました(*5)。ロス・チャチョスは、ミレニオ・カルテルとフアレス・カルテル(Juárez Cartel)の「代理人」の役割も果たしていました(*5)。つまり2002年3月まではミレニオ・カルテルとフアレス・カルテルの両団体がロス・チャチョスを介在させる形で、ヌエボ・ラレドの縄張りを間接支配していたのです。
2002年3月ガルフ・カルテルの戦闘部隊・セタス(Zetas)がヌエボ・ラレドに侵攻しました(*5)。ロス・チャチョスはミレニオ・カルテルとフアレス・カルテルの両団体から援軍をもらいましたが、セタスに撃破されました(*5)。同年(2002年)5月までにガルフ・カルテルはヌエボ・ラレドの縄張りを支配下に収めました(*5)。ガルフ・カルテルがミレニオ・カルテルとフアレス・カルテルの両団体から「ヌエボ・ラレドの支配権」を奪い取った格好です。2002年以前のガルフ・カルテル(Gulf Cartel)は、ヌエボ・ラレド経由で違法薬物をアメリカ合衆国に密輸した際は、ロス・チャチョスに通行手数料(デレッチョ・デ・ピソ:Derecho de piso)を払っていました(*5)。
さらにガルフ・カルテルのセタスはミチョアカン州東部を浸食していき、ミニレオ・カルテルに打撃を与えていきました(*2)。結果2006年ミレニオ・カルテルは、ミチョアカン州西部を除いて、ミチョアカン州から去ることを余儀なくされました(*2)。以後、ミレニオ・カルテルはハリスコ州、ナヤリット州、ミチョアカン州西部で活動していきました(*2)。
2006年以降ミレニオ・カルテルは、2001年結成の「連合」(La Federación)(*6)の傘下に収まることで、組織の延命化を図りました(*2)。
シナロア・カルテル(Sinaloa Cartel)のリーダー格であるホアキン・“エル・チャポ”・グスマン・ロエラ(Joaquin “El Chapo”Guzmán Loera)の主導によって結成された「連合」は、シナロア・カルテルや他地域の麻薬カルテルにより構成されていました(*6)。ガルフ・カルテルとティフアナ・カルテル(Tijuana Cartel)は「連合」には加わりませんでした(*6)。ティフアナ・カルテルは、シナロア・カルテルらと対立する事態に至りました(*6)。ガルフ・カルテル、ティフアナ・カルテルともにアメリカ合衆国との国境エリアを支配する組織でした(*6) (*7)。ティフアナ・カルテルは太平洋側のバハ・カリフォルニア州を縄張りとしていました(*7)。
「連合」結成の目的は、「密輸経路の開放化」でした(*6)。2001年以前メキシコ国内における違法薬物の密輸経路は沢山ありましたが、各密輸経路の利用組織は限定されており、閉鎖的な側面がありました(*6)。
例えばA麻薬カルテルがアメリカ合衆国に向けて違法薬物を密輸する際、メキシコ国内全ての密輸経路を利用することはできず、B経路もしくはC経路を利用するしかないという状況でした。またメキシコ麻薬カルテル業界の慣習で、A麻薬カルテルはB経路もしくはC経路を利用した際、経路を管轄する麻薬カルテルもしくは共謀の警察関係者に対し通行手数料を払わなければなりませんでした(*8)。
一方「連合」は、密輸経路を管轄するカルテルに対し、既存に利用する組織以外の組織にも密輸経路を開放するように促しました(*6)。開放化の具体策としては、通行手数料の価格最適化がありました(*6)。つまり密輸経路の管轄カルテルは高額な通行料を徴収しないことが求められました。
開放化により、輸送者(先ほどのA麻薬カルテル)はその都度、適切な密輸経路を選ぶことができ、摘発リスクを軽減できます。つまり開放化により輸送の自由度が増すのです。
「連合」に加わらなかったガルフ・カルテルも、「連合」発足以降、モンテレイ(ヌエボ・レオン州)からヌエボ・ラレド(タマウリパス州)の密輸経路においては高額な通行手数料をとりませんでした(*6)。ガルフ・カルテルが「連合」の動きに足並みを揃えた格好です。先述したように、ガルフ・カルテルは2002年5月ヌエボ・ラレドの縄張りを奪い、以降ヌエボ・ラレドを支配下に置いていました(*5)。
ミレニオ・カルテルは2006年以降「連合」の傘下に入ったのですが、具体的にはハリスコ州の「連合」傘下に入りました(*1)。ハリスコ州の「連合」は実質シナロア・カルテルでした(*1)。つまりミレニオ・カルテルはシナロア・カルテルの「ジュニアパートナー」扱い(日本風に言えば「舎弟」)となったのです。実際シナロア・カルテルは有利な立場を活かし、ミレニオ・カルテルからメタンフェタミン(覚醒剤の一種)ビジネスを取り上げました(*2)。当時ハリスコ州内におけるシナロア・カルテルのリーダー格は、イグナシオ・“ナチョ”・コロネル・ビジャレアル(Ignacio “Nacho” Coronel Villarreal)でした(*2)。
2010年5月ミレニオ・カルテル内で内紛が勃発しました(*1)。ラミロ・“エル・モルカ”・ポソス・ゴンサレス(Ramiro “El Molca” Pozos González)をリーダーとする派で通称「ラ・レシステンシア」(La Resistencia)と、ネメシオ・“エル・メンチョ”・オセゲラ・セルバンテス(Nemesio“El Mencho” Oseguera Cervantes)をリーダーとする派の間で、対立が起きたのです(*1)。翌月(6月)ネメシオ・オセゲラの一派は「ハリスコ新世代カルテル」と名乗り始めました(*1)。
7月にはシナロア・カルテルのイグナシオ・コロネルがグアダラハラ(ハリスコ州の州都)の自宅でメキシコ陸軍に殺害されました(*1)。その殺害後、ハリスコ新世代カルテルのネメシオ・オセゲラは、シナロア・カルテルのホアキン・グズマンを訪ね、新組織(ハリスコ新世代カルテル)は旧ミレニオ・カルテル同様「シナロア・カルテルのジュニアパートナー」として活動することを約束しました(*1)。つまりハリスコ新世代カルテルはシナロア・カルテルに従属することを約束したのです。
またロス・クイニス(Los Cuinis)トップのアビガエル・ゴンサレス・バレンシア(Abigael González Valencia)は、ハリスコ新世代カルテルのネメシオ・オセゲラを支持しました(*1)。ロス・クイニスは「影の組織」として知られ (*1)、またハリスコ新世代カルテルの「親密組織」でもありました(*9)。アビガエル・ゴンサレス・バレンシアは、ネメシオ・オセゲラの義兄弟でした(*1)。ネメシオ・オセゲラとアビガエル・ゴンサレス・バレンシアは、旧ミレニオ・カルテルの勢力を自陣に引っぱりました(*1)。
以降ハリスコ新世代カルテルは、敵対組織のラ・レシステンシア(旧ミレニオ・カルテル勢力の一派)を破り、旧ミレニオ・カルテルの密輸経路をほとんど自陣のものとしました(*1)。またハリスコ新世代カルテルはハリスコ州近隣のコリマ州、ミチョアカン州北部、グアナフアト州にも進出していき、勢力を拡張させていきました(*1)。ハリスコ新世代カルテル伸張の一因としてはシナロア・カルテルの「サポート」もあったと思われます。
またハリスコ新世代カルテルはアメリカ合衆国における結晶性メタンフェタミンの「主要供給源」と見なされています(*1)。メタンフェタミンは覚醒剤の一種で、同じ覚醒剤の一種であるアンフェタミンより強い効能を有しています(*10)。そのメタフェタミンの中において、結晶性メタンフェタミンは強い効能を有しています(*11)。つまりハリスコ新世代カルテルは強力な効能の覚醒剤をアメリカ合衆国に密輸しているのです。
2020年時のハリスコ新世代カルテルは、メキシコ全32州の23州で強い力を持ち、「メキシコ国内の二大勢力」の1つとなっていました(*12)。ハリスコ新世代カルテルの活動州は主に中部、アメリカ合衆国との国境地域から構成されていました(*12)。二大勢力のもう1つがシナロア・カルテルでした。シナロア・カルテルは2020年時メキシコ全32州の15州で強い力を持っていました(*12)。
アメリカ合衆国内でもこの二大勢力が強い力を持っていました。2020年時シナロア・カルテルはアメリカ合衆国の特に西海岸、中西部、北東部において優勢を保持しており、アメリカ合衆国内で最も広域的に影響力を持つメキシコ麻薬カルテルでした(*12)。ハリスコ新世代カルテルは、アメリカ合衆国内では「シナロア・カルテルに次ぐ存在」でした(*12)。
ハリスコ新世代カルテルは2020年時、ティフアナ(バハ・カリフォルニア州)、シウダー・フアレス(チワワ州)、ヌエボ・ラレド(タマウリパス州)の各密輸経路で、アメリカ合衆国に違法薬物を密輸していました(*12)。ティフアナ、シウダー・フアレス、ヌエボ・ラレドの3都市ともメキシコ‐アメリカ合衆国国境に接しています。ティフアナのバハ・カリフォルニア州はメキシコの西端にあり、ヌエボ・ラレドのタマウリパス州はメキシコの東端にあります。シウダー・フアレスのチワワ州はバハ・カリフォルニア州とタマウリパス州の間にあり、ハリスコ新世代カルテルは密輸経路を「両端」と「中央」に設定していることが窺えます。
またハリスコ新世代カルテルは、コリマ州のマンサニージョ(Manzanillo)港を「密輸拠点化」していました(*12)。ハリスコ新世代カルテルは海路もおさえていたのです。また2020年時のハリスコ新世代カルテルはメタンフェタミン以外に、フェンタニル、ヘロイン、コカインの密輸及び密売も行っていました(*12)。
【関連記事】
<引用・参考文献>
*1 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』(David F. Marley,2019,Abc-Clio Inc), p186
*2 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』, p230
*3 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』, p224-225
*4 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』, p227
*5 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』, p286-287
*6 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』, p161
*7 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』, p256
*8 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』, p91-92
*9 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』, p88
*10 オーストラリア犯罪情報委員会サイト内「違法薬物データレポート(Illicit Drug Data Report)2019–20」(2021), p34
https://www.acic.gov.au/sites/default/files/2021-10/IDDR%202019-20_271021_Full_0.pdf
*11 オーストラリアの「国立依存症教育・訓練センター」
(National Centre for Education and Training on Addiction: NCETA)サイト内の
「結晶性メタンフェタミン」
https://nadk.flinders.edu.au/kb/methamphetamines/crystal-methamphetamine-ice
*12 アメリカ合衆国麻薬取締局サイト内「2020全米麻薬脅威評価(National Drug Threat Assessment)」(2021), p66-68
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