ロス・クイニス

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 メキシコ麻薬カルテルの1つ「ハリスコ新世代カルテル」(Jalisco Nueva Generación Cartel)は2010年、旧ミレニオ・カルテル(Milenio  Cartel)の一派によって結成されました(*1)。ハリスコ新世代カルテルには親密組織がおり、その組織名は「ロス・クイニス」(Los Cuinis)でした(*1)。ロス・クイニスのトップはアビガエル・“エル・クイーニ”・ゴンサレス・バレンシア(Abigael “El Cuini” González Valencia)でした(*2)。アビガエル・ゴンサレスは、ハリスコ新世代カルテルトップのネメシオ・“エル・メンチョ”・オセゲラ・セルバンテス(Nemesio“El Mencho” Oseguera Cervantes)の義兄弟でした(*1)。アビガエル・ゴンサレスは1972年ミチョアカン州の小さな田舎町で生まれ、20歳頃に旧ミレニオ・カルテルの違法薬物ビジネスに関わるようになりました(*2)。

 ハリスコ新世代カルテルは好戦的組織として知られ、またアメリカ合衆国向け結晶性メタンフェタミン密輸ビジネスを手掛けていました(*1)。ハリスコ新世代カルテルとは対照的に、ロス・クイニスは暴力行使を避け、活動地域では強引なミカジメ料徴収を控えていました(*1)。ロス・クイニスは主に、メキシコの中部以南で活動していました(*1)。

 アビガエル・ゴンサレスは、自組織(ロス・クイニス)によるアメリカ合衆国向け違法薬物ビジネスの「利益率」を思案した結果、アメリカ合衆国以外の地域で商機を見出すことにしました(*1)。2010年代前半ロス・クイニスを含むメキシコ中部以南の組織にとって、北部の組織に比し、アメリカ合衆国向け違法薬物ビジネスは「低利益」になる傾向がありました(*1)。

 メキシコ中部以南の組織は、陸上経路でアメリカ合衆国に違法薬物を輸送する際、必ず北部地域を通らなければなりませんでした。つまりメキシコ中部以南の組織には「北部地域に対する通行コスト」が生じたのです(*1)。加えて当時(2010年代前半)アメリカ合衆国側の監視体制は強化され、検挙及び押収リスクは高くなっていました(*1)。

 アビガエル・ゴンサレスは「違法薬物の販売先」をヨーロッパ及びアジアに設定しました(*1)。ヨーロッパ(アフリカ経由)及びアジアに向けて、アビガエル・ゴンサレスによって大量のメキシコ産メタンフェタミン及び南米産コカインの密輸が図られました(*1)。

 メキシコ中部以南の組織にとって、ヨーロッパ及びアジアが「密輸先」の場合、主な密輸ルートは海路もしくは空路になり(ただし港及び空港までは陸路となる)、「北部地域に対する通行コスト」は基本的に生じません。加えて他の組織(麻薬カルテル)は2010年代前半、地理的に遠いヨーロッパ及びアジアの違法薬物市場には、一部の麻薬カルテルを除いて、基本的に進出していませんでした(*1) (*3)。一部の麻薬カルテルとはシナロア・カルテルのことでした。2007年以降シナロア・カルテルはメキシコ国内のメタンフェタミン密造ビジネスを手中に収め、錠剤型メタンフェタミンをヨーロッパやアジアに密輸していました(*3)。販売先を巡りロス・クイニスはシナロア・カルテルとは「競合関係」にあったといえます。

 またメキシコ政府-アメリカ合衆国政府間の違法薬物に対する連携に比し、メキシコ政府-ヨーロッパ及びアジア各国政府間の連携は乏しかったです(*1)。つまり当時のヨーロッパ及びアジア各国政府において「メキシコ発自国着の違法薬物」に対する認識は乏しく、監視も緩かったと推測されます。

 ロス・クイニスにとってヨーロッパ及びアジア向け違法薬物ビジネスは莫大な利益を上げました(*1)。ロス・クイニスは違法薬物ビジネスで上げた利益を、合法事業の買収やヨーロッパ及びアジアの不動産の購入にあてました(*1)。

 まさに絶頂期であったであろうアビガエル・ゴンサレス(ロス・クイニスのトップ)ですが、2015年2月28日メキシコの海軍特殊部隊及び連邦警察により逮捕され、後に起訴されました(*1)。組織を率いてきたアビガエル・ゴンサレスの不在は、ロス・クイニスの組織運営に支障をきたしました(*1)。

 2015年5月メキシコ政府はロス・クイニスに対する取締り作戦(作戦名:ハリスコ)を実行しました(*1)。また2016年1月2日には何者かがアビガエル・ゴンサレスの兄弟であるエルビス・ゴンサレス・バレンシア(Elvis González Valencia)を銃撃、怪我を負わせました (*1)。また南米ウグルアイの警察は2016年4月、22日首都・モンテビオにて、アビガエル・ゴンサレスの兄弟であるゲラルド・ゴンサレス・バレンシア(Gerardo González Valencia)を含むロス・クイニス関係者らを逮捕しました(*1)。

 ゲラルド・ゴンサレスとその妻は、ある2つの企業と金銭的な関係を有していました(*1)。該当の2企業とはいわゆる「ロス・クイニスのフロント企業」で、パナマで法人登録をしていました(*1)。該当の2企業は、ウルグアイのビーチ・リゾートであるプンタ・デル・エステにおいて不動産投資、また高級車の購入もしていました(*1)。またゲラルド・ゴンサレス夫婦はロシアや中国で工場所有権を得ていました(*1)。ウルグアイの警察当局は、ゲラルド・ゴンサレス夫婦の関係する投資等の原資は「ロス・クイニスの違法収益」であると疑っていました(*1)。後にゲラルド・ゴンサレス夫婦には有罪判決が下され、収監されました(*1)。

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<引用・参考文献>

*1 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』(David F. Marley,2019,Abc-Clio Inc), p87-90

*2 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』, p84

*3 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』, p223

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コメント

コメント一覧 (2件)

  • 鯉登太郎様、ご無沙汰しております。julyoneoneです。いつも面白い記事を書いていただき感謝しております。メキシコ暗黒街は本当に混沌とした状況なので、日本人で調べていられる方がいるのは心強いです。引用・参考文献も、興味深い本を知ることが出来てありがたく思っております。
     
    ところで、鯉登太郎様は「インサイトクライム」というサイトを御存知でしょうか? 英語圏・スペイン語圏の複数の学者・ジャーナリストが中南米の組織犯罪について書いたサイトで、この種の事については質・量ともに間違いなくトップのサイトだと思われます。事情通向けの詳細な記事だけではなく、「Criminal Actors」のような初心者向けのカテゴリーもあるありがたいサイトで、自分はここを非常に重宝しています。
     
    https://insightcrime.org/
     
    最近では、2021年11月に以下の記事で「エル・メンチョ」の妻の逮捕とその影響について考察しています。
    https://insightcrime.org/news/el-mencho-wife-arrested-what-jjalisco-cartel/
     
    素晴らしいサイトですので、もしや記事執筆の際に何らかの助けになるのではと思い紹介させていただきます。サイト内を「insightcrime」で検索しても何も出てこなかったので紹介させていただきましたが、もしすでに御存知でしたら申し訳ありません。

    • julyoneone様

      ご無沙汰しております。

      お褒め頂いてありがとうございます。

      インサイトクライムのサイトは、julyoneone様のツイッターの方で1年前ぐらいに知って「こんなのあるんだ」と思ったのですが。
      当時は英語に取り組む勇気もなく‥そのままになっていましたが。

      julyoneone様が仰る内容であれば、これからは参考にしていきたいと思います。

      普段もjulyoneone様のサイトから資料等を探している自分からすれば、わざわざこうやって教えて頂き、大変嬉しいです。
      ありがとうございます。

      今後ともご無理のない範囲でご助言等々頂ければ、幸いです。
      今後ともよろしくお願いします!!

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