2016年以降のシナロア・カルテル

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 アメリカ合衆国麻薬取締局(DEA)の報告によれば、2020年アメリカ合衆国の違法薬物市場において最大の影響力を持ったメキシコ麻薬カルテルは「シナロア・カルテル」(Sinaloa Cartel)でした(*1)。

 メキシコ麻薬カルテルの構成員は、アメリカ合衆国内では違法薬物の輸送及び卸売の「調整役」を担っていました(*1)。アメリカ合衆国内で駐在するメキシコ麻薬カルテルの構成員は、業績を上げれば、カルテル内で重要な役職に就くことができました(*1)。メキシコ麻薬カルテル内で「アメリカ合衆国内の勤務」とは、「出世コース」の1つとして位置づけられているのかもしれません。ちなみにメキシコ麻薬カルテルは2020年時点、アメリカ合衆国内の小売事業には参入していませんでした(*1)。

 長年シナロア・カルテルのリーダー格だったのがホアキン・“エル・チャポ”・グスマン・ロエラ(Joaquin “El Chapo”Guzmán Loera)でした(*2)。1990年頃ホアキン・グスマンが主導する形で、シナロア・カルテルが結成されました(*2)。シナロア州及びソノラ州南部を拠点に活動する小規模の麻薬組織がシナロア・カルテルを構成していました(*2)。

 ホアキン・グスマンは2016年1月メキシコ国内で逮捕されました(*3)。ホアキン・グスマンは2015年7月にアルティプラーノ刑務所(Altiplano Prison)から脱獄し、逮捕当時は逃亡中の身でした (*3)。

 2015年7月の脱獄では、シャワー室の床に穴(約45×45cm)があけられ、その穴からホアキン・グスマンは抜け出しました(*3)。脱獄の為にシナロア・カルテルは長さ約1.6kmの「脱出用地下トンネル」を作っていました(*3)。地下トンネルの高さは約1.65mで、シナロア・カルテルは地下トンネルに照明と換気装置を備え、またレールも敷いていました(*3)。ホアキン・グスマンはシャワー室の床穴から梯子を使って地下トンネルまで降りていきました(*3)。地下トンネルではホアキン・グスマンは「特注のオートバイ型そり」に乗って移動しました(*3)。特注のオートバイ型そりはレールの上を走りました(*3)。アルティプラーノ刑務所はトルーカ(メヒコ州の州都)郊外に1988~1990年にかけて作られ、メキシコ連邦政府によって運営される最高警備の収容施設として知られていました(*4)。

 2016年1月に逮捕されたホアキン・グスマンは翌2017年アメリカ合衆国に引き渡され、2019年2月有罪判決を受けて、現在アメリカ合衆国で収監中です(*3)。

 ホアキン・グスマンの収監以降(2016年1月以降)、ホアキン・グスマンの長年仕事仲間であったイスマエル・“エル・マヨ”・ザンバダ(Ismael “El Mayo” Zambada)、ホアキン・グスマンの兄弟であるアウレリアーノ・グスマン・ロエラ(Aureliano Guzmán Loera)、ホアキン・グスマンの息子達らがシナロア・カルテルを率いていくことになりました(*3) (*5)。2016年以降のシナロア・カルテルでは集団指導体制がとられていることが分かります。

 イスマエル・“エル・マヨ”・ザンバダは「逃亡中」の立場であり、アメリカ合衆国政府は1,500万ドルの懸賞金を出しています(*6)。イスマエル・“エル・マヨ”・ザンバダは1948年生まれであり(*6)、今年75歳になる年齢です(*6)。

 またアウレリアーノ・グスマン・ロエラも「逃亡中」の立場で、アメリカ合衆国政府は2021年時点で500万ドルの懸賞金を出していました(*7)。アウレリアーノ・グスマン・ロエラは1945年もしくは1946年生まれとされおり(詳細は不明)(*7)、今年で77歳か78歳になると思われます。イスマエル・“エル・マヨ”・ザンバダ、アウレリアーノ・グスマン・ロエラともに「逃亡中の高齢者」であることが分かります。

 ホアキン・グスマンには数十人の子どもがいるとされ(*8)、息子たちは「チャピトス」(Chapitos)と呼ばれています(*5)。シナロア・カルテルの稼業に関与してきたチャピトスとしては、ホアキン・グスマン・ロペス(Joaquín Guzmán López)、オビディオ・グスマン・ロペス(Ovidio Guzmán López) 、イバン・アルキバルド・グスマン・サラザール(Iván Archivaldo Guzmán Salazar)、ヘスス・アルフレド・グスマン・サラザール(Jesús Alfredo Guzmán Salazar)の4人が知られています(*8)。

 2021年12月アメリカ合衆国政府は、上記4人の息子(チャピトス)を逮捕する為、重要情報の提供に対する懸賞金を2,000万ドルに増額しました(*5)。しかしシナロア・カルテルのチャピトス派は2022年、メキシコ中央部及び北部のフェンタニル(fentanyl)及びメタンフェタミン(methamphetamine)の売買取引を支配するに至りました(*5)。

 フェンタニルとはオピオイド系鎮痛剤の一種です(*9)。2017年時点のアメリカ合衆国においては医師の処方箋があれば、フェンタニルはドラッグストアや薬局で合法的に入手可能でした(*9)。オピオイド系鎮痛剤は常習性が高く(*9)、日本でも「医療用麻薬」として医療現場では使用されています(*10)。オピオイド系鎮痛剤は医療用麻薬ゆえに制限も多く、日本では処方にほとんど至りません(*10)。

 アメリカ合衆国内の違法薬物市場において密造フェンタニルが流通しています(*11)。フェンタニルの主な摂取方法は「経鼻的吸引」でした(*11)。

<引用・参考文献>

*1 アメリカ合衆国麻薬取締局サイト内「2020全米麻薬脅威評価(National Drug Threat Assessment)」(2021), p68-69

https://www.dea.gov/sites/default/files/2021-02/DIR-008-21%202020%20National%20Drug%20Threat%20Assessment_WEB.pdf

*2 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』(David F. Marley,2019,Abc-Clio Inc), p155-156

*3 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』, p166-169

*4 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』, p12

*5 InSight Crimeサイト「GameChangers 2022: How the Chapitos Became Hyper-Capitalist Narcos」(Chris Dalby,2022年12月23日)

*6 アメリカ合衆国麻薬取締局サイト内「Ismael Zambada Garcia」

https://www.dea.gov/fugitives/ismael-zambada-garcia

*7 アメリカ合衆国の国務省サイト内「Wanted: Narcotics Rewards Program Targets:Aureliano Guzman-Loera」

https://www.state.gov/narcotics-rewards-program-target-information-wanted/aureliano-guzman-loera/

*8 InSight Crimeサイト「Chapitos」(2022年3月8日)

*9 『週刊エコノミスト』2017年9月5日号「死亡者や依存症相次ぐオピオイド 米国の貧困層や子供の被害が拡大」(土方細秩子著), p86-87

*10『DOPESICK アメリカを蝕むオピオイド危機』(ベス・メイシー著、神保哲生訳、2020年、光文社),p473-475

*11『DOPESICK アメリカを蝕むオピオイド危機』,p296-297

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