刑務所ギャングのラ・エメ

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 外国のアウトロー組織の中には「刑務所ギャング」という種類に属する組織があります。アメリカ合衆国における刑務所ギャングの1つとしてラ・エメ(La Eme)があります(*1)。ラ・エメは、カリフォルニア州の刑務所における禁制品の流通を仕切っていました(*1)。1960年代の終わり頃までには、ラ・エメはカリフォル州内ほぼ全ての刑務所に構成員を擁していました(*2)。当時のカリフォルニア州の刑務所内でラ・エメが力を持っていたことが窺えます。

 ラ・エメの創設者はメキシコ人のルイス・フローレス(Luis Flores)で、通称「ヒュエロ・バフ」(Huero Buff)と呼ばれていました(*2)。ヒュエロ・バフは1950年代カリフォルニア州サンホアキン郡のデュエル職業訓練所(少年院)に収容されました(*2)。デュエル職業訓練所に収容される前までは、ヒュエロ・バフはカリフォルニア州南部の地元ギャングに属していました(*2)。デュエル職業訓練所内でヒュエロ・バフはメキシコ系の者を集め、グループを形成していきました(*2)。

 1960年までに行政側はデュエル職業訓練所内のヒュエロ・バフのグループを危険視し、グループの一部を成人刑務所に移動させ、勢力を分散させる策をとりました(*2)。しかし逆にヒュエロ・バフのグループ構成員は各施設で増えていきました(*2)。ヒュエロ・バフのグループは後に、自らの組織を「ラ・エメ」と呼ぶようになりました (*2)。

 『The History of the Mexican Mafia (La eMe)』の著者ゲイブ・モラレス(Gabe Morales)によれば、ラ・エメは1957~1958年に結成されました(*3)。ラ・エメは別名「メキシカン・マフィア」(Mexican Mafia)とも呼ばれました(*3)。

 ラ・エメがカリフォルニア州の刑務所内で存在感を発揮し出してから、カリフォルニア州南部のメキシコ系ギャング構成員は、自身の収監後すぐに、刑務所内のラ・エメ構成員に自身の収監を伝えるようになりました(*2)。刑務所内ではメキシコ系ギャング構成員は一様に「ラ・エメの管理下」に置かれました(*2)。逆に言えば、刑務所内ではラ・エメの下で「メキシコ系ギャング構成員の安全」は保障されていたともいえます。

 後にラ・エメは、クロアチア系構成員のジョー・“ピグレッグ”・モーガン(Joe “Pigleg” Morgan)主導の下、ヘロインビジネスを手掛けていきました (*2)。ジョー・“ピグレッグ”・モーガンは、メキシコのヘロイン供給者とパイプを持っていました(*4)。1990年代前半までのメキシコ産ヘロインは、アフガニスタン産やアジア産に比し「低品質」という位置付けでした(*5)。

 アフガニスタンでは19世紀前半、一部の地域でケシ(アヘン、ヘロインの原料になる植物)が栽培されていました(*6)。1930年代と1940年代初期のアフガニスタンでは政府の許可制度の下、ケシ栽培が行われていました(*6)。一方、当時「無許可のアヘン生産(非合法生産)」もアフガニスタンでは流行りました(*6)。1945年アフガニスタン政府はアヘンを禁止しました(*6)。

 東アジア及び東南アジアにおいて高品質(高純度)ヘロインは「4号ヘロイン」と呼ばれました(*7)。香港の潮州系組織は1968~1969年東南アジアの「ゴールデン・トライアングル」(タイ、ミャンマー、ラオスの国境地帯)に精製所を設け、化学者を派遣し、4号ヘロインの密造を開始しました(*8)。ゴールデン・トライアングル産4号ヘロインはベトナム南部のアメリカ合衆国軍兵士に供給されました(*8)。当時はベトナム戦争(1965~1975年)中でした。1960年代後半以前は、香港のみが4号ヘロインの製造技術を有していました(*7)。潮州系組織としては「新義安」「福義興」「義群」などの組織が活動していました(*7)。4号ヘロインは静脈注射で摂取可能でした(*7)。

 一方のメキシコ産ヘロインは別名「ブラウンヘロイン」と呼ばれており、主に吸煙で摂取されていました(*5)。低品質に至った背景には、メキシコ側の熟練化学者の不足や設備不足がありました(*5)。

 またジョー・“ピグレッグ”・モーガンは、ロサンゼルスのアメリカ・マフィア(シチリア系アウトロー組織)ともつながりを有していました(*4)。

 白人のジョー・“ピグレッグ”・モーガンは、東ロサンゼルスにおいて主にヒスパニック系の住む街で育ちました(*2) (*4)。1968年頃ジョー・“ピグレッグ”・モーガンはラ・エメに加入しました(*4)。しかし現在のラ・エメは、白人の加入を認めてはいません(*4)。

 ラ・エメは違法薬物市場で「卸売」のポジションを得ました(*1)。当時のカリフォルニア州の違法薬物の流通市場では、メキシコ麻薬組織が「元売り」、南カリフォルニアのヒスパニック系ストリートギャングが「小売」の役割を果たしていました(*1)。先述のジョー・“ピグレッグ”・モーガンは1970年代、メキシコのジーザス・“チュイ ”・アラウホ(Jesus “Chuy” Araujo)のグループらから違法薬物を仕入れていました(*9)。

 ラ・エメは昔から、メキシコ麻薬カルテルのティファナ・カルテル(Tijuana Cartel)と関係を持ってきました(*9)。ティファナ・カルテルは別名「アレリャーノ・フェリックス麻薬組織」(Arellano-Felix Drug Organization)とも呼ばれていました(*9)。

 加えて近年ラ・エメは「シナロア・カルテル」(Sinaloa Cartel)や「ハリスコ新世代カルテル」(Jalisco Nueva Generación Cartel)等からも違法薬物を仕入れていました(*10)。背景には2000年代以降のバハ・カリフォルニア州におけるティファナ・カルテルの退潮、シナロア・カルテルの勢力拡大がありました(*11)。結果シナロア・カルテルが、ティファナ・カルテルの拠点を除き、バハ・カリフォルニア州内における「越境経路」の大半を支配するに至ったと考えられています(*11)。2016年以降、ティファナ・カルテルはシナロア・カルテルに対抗する為、ハリスコ新世代カルテルと同盟を結びました(*11)。

 またラ・エメの元関係者(FBIの情報提供者)によると、近年ラ・エメは、サンディエゴ(カリフォルニア州)を通過する違法薬物を「管理」してきました(*9)。

 ラ・エメは「小売」のヒスパニック系ストリートギャングに対し、上納金の支払いを要求しました(*1)。一部を除き多くのストリートギャングはラ・エメに上納金を払いました(*1)。ラ・エメは上納金を払う組織を「レッド・ライト」(red light)と指定し、一方上納金を払わない組織を「グリーン・ライト」(green light)に指定しました(*12)。グリーン・ライトに指定された組織の構成員は、刑務所内外で攻撃対象となりました(*12)。

 服役期間は基本的に施設内での集団生活となります。当然刑務所から抜け出すことができない為、刑務所内における「攻撃対象者」の身体的及び精神的被害は想像を絶します。

 特にメキシコ系ストリートギャングにとっては、服役中の構成員が「人質」になっていた為、ラ・エメに対し支払いを拒むのは容易ではなかったはずです。いわばラ・エメへの上納金は「保険料」の役割を果たしていたと考えられます。つまりレッド・ライトの組織が「被保険者」、ラ・エメが「保険会社」のポジションになります。しかし東ロサンゼルスにあるマラビラ(Maravilla) エリアのギャングは、1993年までラ・エメへの上納金支払いを拒み続けてきました(*12)。結果1993年までマラビラ・エリアのギャングは「グリーン・ライト」の扱いを受けていました(*12)。

 ストリートギャングがラ・エメに上納金を払っていたことから、ラ・エメは刑務所外でも優位な立場にいたことが分かります。ちなみに南カリフォルニアではストリートギャングの組織構造は、アメリカ合衆国東海岸のストリートギャングに比し、「水平的」でした(*13)。一方、アメリカ合衆国東海岸におけるストリートギャングの組織構造は「垂直的」でした(*13)。南カリフォルニアのストリートギャングは、いわゆる「ピラミッド型」の組織形態ではなかったようです。また南カリフォルニアのストリートギャングにトップ職はなく、「ベテラノス」(Veteranos:「退役軍人」の日本語訳になる)、「ショット・コーラーズ」(shot callers)と呼ばれる者達が組織内で影響を及ぼしていました(*13)。

 またレッド・ライトのヒスパニック系ストリートギャングは「スレーニョス」(Sureños)と呼ばれました(*12) (*13)。具体的には「エイティーンス・ストリートギャング」(18th Street Gang)、「フロレンシア13」(Florencia 13)、「マラ・サルバトルチャ13」(Mara Salvatrucha 13)、「アベニューズ」(Avenues)などがスレーニョスです(*13)。

 フロレンシア13とマラ・サルバトルチャ13における組織名の「13」は、「アルファベット13番目」から来ています(*13)。アルファベット13番目の文字はMです。実はラ・エメ の「エメ」(Eme)とはスペイン語で「M」を意味します(*14)。つまりフロレンシア13とマラ・サルバトルチャ13は、ラ・エメ(La Eme)という名を遠回しにですが自身の組織名に取り込んでいるのです。日本のヤクザ組織においても、「下部団体の組織名」の中に「上部団体の親分の名前」が入っていることはしばしば見られます。

 ラ・エメでは、全構成員は「平等」という立場が表向きとられていました(*15)。しかし実際はリーダー格の人物がラ・エメを動かしてきました(*15)。1968年時ラ・エメのリーダーはロドルフォ・“シャイアン”・カデナ(Rodolfo “Cheyenne” Cadena)でした(*15)。

 ラ・エメの加入希望者はまず「カマラダス」(Camaradas)になりました(*16)。Camaradasはスペイン語で、日本語に訳すと「同志」になります。「カマラダス」は、ラ・エメの構成員ではなく、「密接な関係者」という位置付けでした(*16)。「カマラダス」は、ラ・エメの構成員の為に、徴収活動や送金活動を行いました(*16)。時に「カマラダス」は暴力行使もしました(*16)。

 「カマラダス」は実績を積むことで、ラ・エメの構成員に昇格できました(*16)。ラ・エメの構成員は「カーナル」(Carnal)とも呼ばれました(*16)。Carnalはスペイン語で、日本語に訳すと「兄弟」になります。「カマラダス」の主な候補者は、先述の「レッド・ライト」のストリートギャング構成員達でした(*13)。つまり「ストリートギャング構成員」→「カマラダス」→「カーナル(ラ・エメ構成員)」という昇格制度が構築されていたのでした。ラ・エメとは「選抜された者達」による組織でもあったのです。

 例を挙げると、近年「フロレンシア13」のリーダー達は、ラ・エメ構成員でもあります(*17)。アルトゥーロ・カステジャーノス(Arturo Castellanos)、ブラウリオ・カステジャーノス(Braulio Castellanos)のカステジャーノス兄弟は、フロンレシア13の構成員でしたが、後にラ・エメ構成員にもなりました(*17)。結成初期ラ・エメの構成員の多くは、フロレンシア13の出身者でした(*18)。

 連邦検事によれば、2004年ペリカンベイ州立刑務所(Pelican Bay State Prison)に収監中のアルトゥーロ・カステジャーノス(当時すでにラ・エメの構成員でもあった)は、外のフロレンシア13構成員らに向けて「手紙」を出しました(*17)。アルトゥーロ・カステジャーノスは終身刑の身であり、1979年から収監されていました(*17)。

 「手紙」は、ロサンゼルス郡フローレンス・ファイアストーンの「アフリカ系ストリートギャング」への攻撃を命ずる内容でした(*17)。以降フロレンシア13はフローレンス・ファイアストーンを見回り、アフリカ系の人々を見つけると、暴力を行使していきました(アフリカ系ストリートギャング構成員以外の人々も犠牲になりました)(*17)。アフリカ系ストリートギャングの「イーストコースト・クリップス」(East Coast Crips)はフロレンシア13に対し報復をしていきました(*17)。

 捜査機関はRICO法(Racketeer Influenced and Corrupt Organizations Act)を用いてフロレンシア13を取締り、104人の構成員を起訴しました(*17)。しかし火付け役のアルトゥーロ・カステジャーノスは起訴されませんでした(*17)。アルトゥーロ・カステジャーノスはすでに「終身刑の身」であったからです(*17)。

 またアルトゥーロ・カステジャーノスは、外のフロレンシア13構成員らに対し、拠点内で活動する違法薬物取引業者や売春婦、果物の露店商、文書偽造業者から金を徴収することも命じました(*17)。各稼業の収益はアルトゥーロ・カステジャーノス及び他のラ・エメ構成員のところに集められました(*17)。

 エイティーンス・ストリートギャングではフランシスコ・“パペット”・マルティネス(Francisco“Puppet”Martinez)が「エイティーンス・ストリートギャングの構成員」であり、また「ラ・エメの構成員」でもありました(*19)。近年エイティーンス・ストリートギャングは「スレーニョス」(ラ・エメの影響下にある組織)の一角を占めていますが(*19)、過去にはラ・エメから距離をとっていた時もありました(*20)。

 マラ・サルバトルチャ13の構成員は、ほとんどエルサルバドル人です(*21)。エルサルバドルは、中央アメリカの中部に位置する国です。ロサンゼルス在住のエルサルバドル人がヒスパニック系のエイティーンス・ストリートギャングから身を守る為に、マラ・サルバトルチャ(当初「13」の文字はなかった)が結成されました(*21)。

 1994年まではマラ・サルバトルチャは「ラ・エメの支配」を拒んでいました(*22)。1994年以前のマラ・サルバトルチャ13は「グリーン・ライト」の扱いを受けていました(*22)。しかし1994年にマラ・サルバトルチャは従来の方針を転換、「ラ・エメの支配」を受け入れることにしました(*22)。マラ・サルバトルチャがラ・エメの支配下に入ったのは、1994年ではなく、1993年という話もあります(*23)。以後マラ・サルバトルチャは「マラ・サルバトルチャ13」と名乗るようになりました(*22)。

 しかしスレーニョスの中ではマラ・サルバトルチャ13は孤立していました(*22)。ラ・エメ及びスレーニョスの世界ではメキシコ系が主流であり、エルサルバドル系の組織は「下」に見られる傾向がありました(*22)。

 マラ・サルバトルチャ13から初めてラ・エメ構成員になったのがルイス・ジェラルド・“リトル・ワン”・ベガ(Luis Gerardo“Little One”Vega)でした(*23)。ルイス・ジェラルド“リトル・ワン”・ベガは2011年6月8日にラ・エメ構成員になりました(*23)。その2カ月前(2011年4月)メキシコのミチョアカン州(メキシコ中西部)において、ルイス・ジェラルド・“リトル・ワン”・ベガは「テンプル騎士団」(Knights Templar)と違法薬物の取引を成立させていました(*23)。

 ちなみに先述の「フロレンシア13」のアルトゥーロ・カステジャーノスは2004年時点でラ・エメの構成員でした(*17)。

 マラ・サルバトルチャ13は、多くの2次団体で構成されています(*24)。2次団体は「クリークス」(cliques:徒党)呼ばれています(*24)。

 2011年時点ではアメリカ合衆国におけるカリフォルニア州以外の南西部や中央アメリカで活動するマラ・サルバトルチャ13の2次団体はラ・エメに対し上納金を払っていませんでした(*25)。また南カルフォルニア以外では、組織名から「13」を外し、「スレーニョス」と名乗らない2次団体が増えていました(*25)。

 マラ・サルバトルチャ13は違法薬物ビジネス、人身密輸ビジネスに関与していました(*26)。人身密輸では、マラ・サルバトルチャ13は「コヨーテ」(coyote)から徴収していました(*26)。コヨーテとは、人身密輸業者のことです(*27)。マラ・サルバトルチャ13は、コヨーテから収益の1/3を徴収していました(*26)。

 コヨーテの「客」は不法移民でした。ジェレミー・スラック、ハワード・キャンベルの調査(2011年)によれば、メキシコのアルタール(ソノラ州)で越境待機していた“エスメラルダ”(Esmeralda)という移民は、コヨーテに8,000ペソ(当時800米ドル相当)を払いました(*28)。2000年代後半アルタールにおいて越境待機者は「コーサス・デ・ヘスペデス」(Cosas de huespedes)と呼ばれるゲストハウスに収容されていました(*28)。 

 コヨーテが不法移民に暴力を向ける時もありました。中米ホンジュラスでは、若い女性が不法移民としてアメリカ合衆国に向かう際、コヨーテからの性暴力に備えて「アンチ・メヒカーノ」(Antimexicano)と呼ばれる避妊薬の接種が薦められていました(*29)。

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<引用・参考文献>

*1 『State of War MS-13 and El Salvador’s World of Violence』(William Wheeler、2020年、Columbia Global Reports), p36-37

*2 InSight Crimeサイト「El Salvador’s Other Gang from California: the Sureños」(Juan Jose Martinez,2014年12月23日)

https://insightcrime.org/news/analysis/surenos-california-gang-deportation-el-salvador/

*3 『The History of the Mexican Mafia (La eMe)』「The Formation of the Mexican Mafia」(Gabe Morales,2022)

*4 『The History of the Mexican Mafia (La eMe)』「The Real Santana and JD」(Gabe Morales,2022)

*5 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』(David F. Marley,2019,Abc-Clio Inc),p172

*6 『アジア遊学260 アヘンからよむアジア史』「現代アフガニスタンのアヘン問題」(内田知行、2021年、勉誠出版),p197-198

*7 『中国「黒社会」の掟-チャイナマフィア』(溝口敦、2006年、講談社+α文庫),p249,268-269

*8 『ORGANIZED CRIME:A Global Perspective』「Organized Crime in Australia: An Urban History」(Alfred W. McCoy,1986, ROWMAN & LITTLEFIELD PUBLISHERS),p269

*9 『The History of the Mexican Mafia (La eMe)』「Ties to Mexican Drug Cartels」(Gabe Morales,2022)

*10アメリカ合衆国麻薬取締局サイト内「2019全米麻薬脅威評価(National Drug Threat Assessment)」, p130

https://www.dea.gov/sites/default/files/2020-01/2019-NDTA-final-01-14-2020_Low_Web-DIR-007-20_2019.pdf

*11 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』,p258-259

*12 『The History of the Mexican Mafia (La eMe)』「EME Command,Control,and Taxation」(Gabe Morales,2022)

*13 『The History of the Mexican Mafia (La eMe)』「Sureños」(Gabe Morales,2022)

*14  James C. Howell and John P. Moore.(2010). HISTORY OF STREET GANGS IN THE UNITED STATES. National Gang Center Bulletin, No.4, May.pp17

https://www.nationalgangcenter.gov/content/documents/history-of-street-gangs.pdf

*15 『The History of the Mexican Mafia (La eMe)』「Shoe War of 1968」(Gabe Morales,2022)

*16 『The History of the Mexican Mafia (La eMe)』「Camaradas」(Gabe Morales,2022)

*17 『The History of the Mexican Mafia (La eMe)』「F13 Ties to La EME」(Gabe Morales,2022)

*18 POLICEサイト「History of the Florence 13 Gang」(Richard Valdemar,2007年9月11日)

https://www.policemag.com/blogs/gangs/blog/15318720/history-of-the-florence-13-gang

*19 『The History of the Mexican Mafia (La eMe)』「Vevesi Sagato and “Puppet”Martinez」(Gabe Morales,2022)

*20 『The History of the Mexican Mafia (La eMe)』「18th Street Gang Identifiers」(Gabe Morales,2022)

*21 『The History of the Mexican Mafia (La eMe)』「Mara Salvatrucha」(Gabe Morales,2022)

*22 『The History of the Mexican Mafia (La eMe)』「Security Threat of MS and Expansion」(Gabe Morales,2022)

*23 InSight Crimeサイト「How the MS13 Got Its Foothold in Transnational Drug Trafficking」(Carlos García,2016年11月30日)

https://insightcrime.org/investigations/how-the-ms13-got-its-foothold-in-transnational-drug-trafficking/

*24 InSight Crimeサイト「Street Gangs」

https://insightcrime.org/investigations/extortion-criminal-actors-street-gangs/

*25 POLICEサイト「Mara Salvatrucha: A Transnational Gang」(Richard Valdemar,2011年4月4日)

https://www.policemag.com/blogs/gangs/blog/15317955/mara-salvatrucha-a-transnational-gang

*26 『State of War MS-13 and El Salvador’s World of Violence』, p81-82

*27  Jeremy Slack and Howard Campbell.(2016).On Narco-coyotaje: Illicit Regimes and Their Impacts on the US– Mexico Border. Antipode ,p2

doi: 10.1111/anti.12242

*28  Jeremy Slack and Howard Campbell.(2016).On Narco-coyotaje: Illicit Regimes and Their Impacts on the US– Mexico Border. Antipode ,p13

*29 『エリア・スタディーズ188  現代ホンジュラスを知るための55章』「移民キャラバン 弱者の移民新戦略」(中原篤史、2022年、明石書店),p225-229

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