NZのメタンフェタミン市場とバイカーギャング、メキシコ麻薬カルテル

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1990年代以降に流行したメタンフェタミン(覚醒剤)

 ニュージーランドでは1990年代以降、違法薬物のメタンフェタミン(methamphetamine)が流行しました(*1) (*2)。メタンフェタミンは覚醒剤の一種で、日本で流通する覚醒剤もメタンフェタミンです(*3)。1990年代のニュージーランドではバイカーギャングがメタンフェタミンの密造、密輸、国内供給の分野を支配していました(*2)。

 1980年代以前のニュージーランドにおいて「主要な違法薬物」は自国産の大麻でした(*1)。大麻ビジネスの主な担い手は、バイカーギャングとストリートギャングでした(*2)。1980年代以前のハードドラッグとしては、ある程度のヘロインがニュージーランドに密輸されるぐらいでした(*1)。

 1990年代以降ニュージーランドで流行したメタンフェタミンは別名“P”(pureの略)と呼ばれました(*1)。ニュージーランドでメタンフェタミンは主に「吸煙」もしくは「経鼻吸引」で摂取されました(*4)。メタンフェタミンの主な顧客層は、白人の中流及び上流層でした(*5)。

 ニュージーランド警察は四半期ごとに、ニュージーランド国内における違法薬物の流通状況を「ニュージーランド 廃水薬物検査・全国の概要」(Wastewater Drug Testing in New Zealand: National Overview)という報告書で伝えています。

 最新は「ニュージーランド 廃水薬物検査・全国の概要-2022年第3四半期調査結果」です。同レポートではメタンフェタミン、MDMA、コカインの3つが取りあげられています。同レポートは第3四半期(7~9月)においてメタンフェタミンが13.5kg(週平均)使用されたと推測しています(*6)。また同時期MDMAは4.8kg(週平均)、コカインは0.98kg(週平均)使用されたと推測しています(*6)。現在でもニュージーランドの違法薬物市場ではメタンフェタミンが流行していることが窺いしれます。

 1990年代ニュージーランドのメタンフェタミン市場を仕切った組織としては、アメリカ合衆国系バイカーギャングの「ヘルズ・エンジェルス」(Hell’s Angels)と地元バイカーギャングの「ハイウェイ61」(Highway 61)が挙げられます(*7)。1961年ヘルズ・エンジェルスはオークランド支部を設立し、ニュージーランドに進出しました(*7)。オークランド市はニュージーランド北島の大都市です。

 ヘルズ・エンジェルスはニュージーランドで初めてメタンフェタミンを密造した組織として噂されていました(*7)。噂の背景には、アメリカ合衆国のヘルズ・エンジェルスが、1960年代後半からアメリカ合衆国内でメタンフェタミンを密造していたことがありました(*8)。

ニュージーランドのメタンフェタミン価格

 2010年代後半のニュージーランドにおけるメタンフェタミン卸売価格は、1kgあたり約18万NZドルでした(*9)。2010年代後半以前のメタンフェタミン卸売価格は、1kgあたり約30万NZドルでした(*9)。

 時代は異なりますが、2000年時点でニュージーランドのメタンフェタミンの卸売業者は、純正メタンフェタミンを1オンス(約28g)あたり2万~2万5,000NZドルで売っていました(*10)。1kgに直すと純正メタンフェタミンの価格は約71~89万NZドルになりました。ニュージーランドの卸売業者は、グラムではなくオンス単位でメタンフェタミンを販売していました(*10)。おそらく卸売業者は1kg(1,000g)単位でメタンフェタミンを仕入れ、1オンス(約28g)単位に直して(小分けして)、販売していたと考えられます。また2010年代後半以前の卸売業者が「1kgのメタンフェタミン」を、約30万NZドルで仕入れ、かりに約71万NZドル(1オンスあたり2万NZドル)で販売していた場合、1kgのメタンフェタミン販売における卸売業者の利益は約41万NZドルになります。

 次に小売市場の取引業者(卸売業者から仕入れる業者)は、「1オンスの純正メタンフェタミン」を「1gずつ」に小分けし、1gあたり約800NZドルでメタンフェタミンを販売していたと考えられています(*10)。

 仮に小売市場の取引業者Aが、「1オンスの純正メタンフェタミン」を、2万NZドルで購入したとします。Aが「混ぜ物」を入れず、「1オンスの純正メタンフェタミン」を「1gずつ」に小分けしたら、「1オンスの純正メタフェタミン」は「28個」(1個あたり約1g)に分けられます。Aは1gあたり約800NZドルでメタンフェタミンを売っていたので、28個完売すれば、Aの収益は約2万2,400NZドル(28個×約800NZドル)になります。Aの仕入れ費用は2万NZドルだったので、利益は2,400NZドルとなります。

 もしAが「1オンスの純正メタンフェタミン」を、2万5,000NZドルで購入していたら(つまり仕入れ費用が2万5,000NZドルだったら)、逆にAにとっては2,600NZドルの損失になります。ゆえに小売市場の取引業者Aは場合によっては、「1オンスの純正メタンフェタミン」を「1gずつ」に小分けする段階で、「混ぜ物」を入れて、利益を乗せていたと考えられます。

 また2000年時点の末端市場において使用者は、メタンフェタミンを0.1gあたり約100NZドルで購入できたと考えられています(*10)。仮に末端市場の売人Bが「1gのメタンフェタミン」を800NZドルで購入し0.1gずつに小分けしたら、「1gのメタンフェタミン」は「10個」(1個あたり約0.1g)に分けられます。Bは0.1gあたり約100NZドルでメタンフェタミンを売っていたので、10個完売すれば、Bの収益は1,000NZドル(10個×約100NZドル)になります。Bの仕入れ費用は800NZドルなので、利益は200NZドルとなります。

 2010年代後半の末端市場においてメタンフェタミンは1gあたり約500NZドルで販売されていました(*11)。0.1gに直すと、約50NZドルの末端価格になります。先述の2000年時点のメタンフェタミン末端価格は0.1gあたり約100NZドルだったと考えられています(*10)。2000年時点から2010年代後半までに、メタンフェタミンの末端価格が下落していることが分かります。末端価格下落の一因としては、先述のメタンフェタミン卸売価格が1kgあたり約30万NZドルから、2010年代後半に約18万NZドルに下がったことがあると考えられます(*9)。

ハイウェイ61のメタンフェタミンビジネス

 ハイウェイ61のメタンフェタミンビジネスにおいて重要な役割を果たしたのがウィリアム・ウォレス(William Wallace)でした(*12)。ウィリアム・ウォレスは「ハイウェイ61の関係者(associate)」でした(*12)。ウィリアム・ウォレスは元々ニュージーランド航空の工業化学者でしたが、1994年解雇されました(*12)。1994年当時ウィリアム・ウォレスは54歳でした(*12)。その後ウィリアム・ウォレスは、オークランド市のオタフフ(Otahuhu)で電気めっき店を購入し、それで生計を立てることにしました(*12)。一方でウィリアム・ウォレスは1995年12月からメタンフェタミンの密造を始め、ハイウェイ61にメタンフェタミンを安く販売していました(*12)。ウィリアム・ウォレスは後に逮捕、1998年11月に裁判で有罪判決(懲役10年)を受けました(*12)。

 またハイウェイ61のメタンフェタミンビジネスにおいてはピーター・フランシス・アトキンソン(Peter Francis Atkinson)も重要人物でした(*7)。ピーター・フランシス・アトキンソンは、ハイウェイ61ベテラン構成員のケリー・レイモンド(Kelly Raymond)と手を組み、メタンフェタミンビジネスを展開していました(*7)。ピーター・フランシス・アトキンソンはメタンフェタミンの「密造」、ケリー・レイモンドはバイカーギャングのネットワークを活かして「流通」を担っていました(*7)。ピーター・フランシス・アトキンソンらのメタンフェタミンビジネスは、製造から流通までの広い領域を担っていたことから、「垂直統合」(*13)に近いビジネスモデルだったことが分かります。

 しかし1990年代末頃からメタンフェタミン市場において両団体の力は弱まっていきました。1999年ヘルズ・エンジェルスのオークランド支部「衛視長」(sergeant-at-arms)のアンドリュー・“セス”・シッソン(Andrew ‘Ses’ Sisson)はメタンフェタミンの密造、資金洗浄を企てたとして、有罪判決を受けました(*7)。警察組織はアンドリュー・“セス”・シッソンの土地(デイリーフラット地区)を家宅捜索し、メタンフェタミンのレシピ、49gのメタンフェタミン、現金を押収していました (*7)。ハイウェイ61においても、ピーター・フランシス・アトキンソンらのメタンフェタミンビジネスが1999年に摘発されました(*7)。加えてハイウェイ61は内紛に陥り、力を弱めていきました(*7)。

ヘッド・ハンターズのメタンフェタミンビジネス

 次に台頭してきたのが地元アウトロー組織のヘッド・ハンターズ(Head Hunters)でした(*7)。ヘッド・ハンターズは「バイカーギャング」と「ストリートギャング」の要素を併せ持つ「ハイブリッド型組織」でした(*14)。

 ヘッド・ハンターズは1967年、10代の不良グループ(ストリートギャング)としてグレン・イネス(オークランド市)で結成されました(*15)。後にヘッド・ハンターズは「バイカーギャング」の要素も取り込んでいったと考えられます。またヘッド・ハンターズは北島のノースランド地方、ベイ・オブ・プレンティ地方、ウェリントン地方に進出しました(*15)。南島ではカンタベリー地方のクライストチャーチにもヘッド・ハンターズは進出しました(*15)

 2010年代においてヘッド・ハンターズはメタンフェタミンビジネスに力を入れていました(*5)。北島のノースランド地方にはヘッド・ハンターズのイースト支部のメタンフェタミン密造工場があると噂されていました(*5)。

 ヘッド・ハンターズのイースト支部は2001年設立されました(*15)。イースト支部の支部長はウェイン・ドイル(Wayne Doyle)でした(*15)。ウェイン・ドイルは1985年に懲役10年の有罪判決を受けて、長く服役生活をしていました(*15)。イースト支部の構成員数は約30人でした(*15)。

メタンフェタミン密造の材料:プソイドエフェドリン

 ニュージーランド国内のメタンフェタミン密造において主に「プソイドエフェドリン」(pseudoephedrine)が材料として用いられていました(*16)。密造業者は、中国製風邪薬・インフルエンザ薬の「コンタックNT」(ContacNT)を中国からニュージーランドに密輸していました(*16)。コンタックNTにはプソイドエフェドリンが有効成分として含まれおり、またコンタックNT はニュージーランドでは販売されていなかったからです(*16)。

 コンタックNTは錠剤型で、中国では1箱(100錠)が数ドルで売買されていました(*16)。一方ニュージーランドの闇市場では、コンタックNT 10箱(1,000錠)が8,000~1万NZドルで売買されていました(*16)。

 ニュージーランドの国土面積は約26.8万㎢、人口は約482万人です(*17)。ちなみに日本の場合、国土面積は約37.8万㎢、人口は約1億2,427万人です(*18)。日本に比し、ニュージーランドの国土面積は約0.70倍(少数第三位切り捨て)、人口は約0.03倍です。以上からニュージーランドは、日本に比し、人口密度が低いことが分かります。

 製造時の悪臭発生から、日本国内では覚醒剤の密造は困難でした(*19)。一方ニュージーランドの場合、人口密度が低いことで、覚醒剤の密造が容易なのかもしれません。ちなみに日本においても例外がありました。宗教組織のオウム真理教は1994年から施設内で覚醒剤の密造をしていました(*20)。

シナロア・カルテルとコマンチェロズ

 2010年代後半のニュージーランドではオーストラリア系バイカーギャング「コマンチェロズ」(Comancheros)もメタンフェタミンの流通ビジネスを手掛けていました(*21)。2019年ニュージーランドの警視総監(Detective Superintendent)グレッグ・ウィリアムズ(Greg Williams)によれば、コマンチェロズのニュージーランド勢は、メキシコ麻薬カルテルの1つである「シナロア・カルテル」(Sinaloa Cartel)からメタンフェタミンを仕入れていました(*21)。シナロア・カルテルはコマンチェロズにメタンフェタミンを相場よりも安く供給していた模様です(*21)。2010年代後半のニュージーランドにおけるメタンフェタミン卸売価格は、1kgあたり約18万NZドルでした(*9)。

 シナロア・カルテルからメタンフェタミンを仕入れていたことから、コマンチェロズはメタンフェタミンを密造していなかったことが分かります。コマンチェロズが密造しなかった要因としては、先述したように、シナロア・カルテルからのメタンフェタミン仕入れ価格が安かったことが考えられます。密造は一定費用と検挙リスクを伴います。一方、仕入れにおいても費用はかかるものの、仕入れ費用が安ければ、密造から切り替えるメリットがあるのでしょう。

 シナロア・カルテルは2007年以降、錠剤型のメタンフェタミンを密造し、ヨーロッパやアジアに供給していきました(*22)。ちなみにメキシコ麻薬カルテルの中では「ハリスコ新世代カルテル」(Jalisco Nueva Generación Cartel)もメタンフェタミンを主にアメリカ合衆国に供給していました(*23)。

 海を隔てた隣国・オーストラリアにおいても同じようなことが進んでいます。オーストラリア戦略政策研究所(the Australian Strategic Policy Institute)のジョン・コイン(John Coyne)がインサイト・クライム(InSight Crime)に語ったことによると、オーストラリア当局は、遅くても2011年からシナロア・カルテルがオーストラリア国内のコカインとメタンフェタミンの主要供給者であると見ています(*24)。またジョン・コインは、シナロア・カルテルはオーストラリアのバイカーギャングと手を組み、バイカーギャングに国内流通を担わせていると述べていました(*24)。

 つまりオーストラリアではコカインとメタンフェタミンの「元売り」はシナロア・カルテル、「卸売以下の流通」は地元バイカーギャングの担当という棲み分けができているのです。

隣国オーストラリアとメタンフェタミン

 オーストラリアでは1980年以降ヘルズ・エンジェルス・メルボルン支部の構成員ピーター・ジョン・ヒル(Peter John Hill)らがアンフェタミン(amphetamine:覚醒剤の一種)の密造及び密売を始めました(*25)。1980年代後半以降は地元バイカーギャング「ブラック・ウーランズ」(Black Uhlans)のジョン・ヒッグス(John Higgs)らがアンフェタミンを密造していました(*26)。

 オーストラリア犯罪情報委員会サイト内「違法薬物データレポート2019–20」によれば、2018年世界で押収された「アンフェタミン系薬物」の大半がメタンフェタミンでした(*27)。オーストラリア犯罪情報委員会の「アンフェタミン系薬物」とはメタンフェタミン、アンフェタミン、MDMAを指します(*28)。

 近年メタンフェタミンの密造量は減っていると考えられます。2019-2020年の間にオーストラリアでは312の覚醒剤(メタンフェタミン+アンフェタミン)工場が摘発されました (*29)。2010-11年の間には703の覚醒剤工場が摘発されました(*29)。2010-11年に比し、覚醒剤工場の摘発回数は半分に減ったことが分かります。

 オーストラリアでは結晶性(crystal)メタンフェタミン1kgの売買価格は、2010-11年の間に12~35万豪ドル、2019-2020年の間に8~37万2,500豪ドルの価格帯でした(*30)。先述したのですが、2010年代後半のニュージーランドにおけるメタンフェタミン卸売価格は、1kgあたり約18万NZドルでした(*9)。

 メキシコ麻薬カルテルの中でシナロア・カルテルは、2020年時点のアメリカ合衆国内で最も影響力を及ぼしていたとされています(*31)。

 2019~2020年オーストラリア国境で見つけられた覚醒剤(メタンフェタミン+アンフェタミン)の出港地として、42カ国が特定されました(*32)。42カ国のうち最重量の覚醒剤(メタンフェタミン+アンフェタミン)をオーストラリアに送り出した国がマレーシアでした(*32)。他にはメキシコ、アメリカ合衆国、ドイツ、カナダ、カンボジア、UAE、中国、タイ、ラオスが主な出港地(オーストラリア行)として挙げられていました(*32)。

ハブ・アンド・スポーク型ネットワーク

 マレーシアでは国土の一部が「海上交通の要衝」であるマラッカ海峡に面しています。マラッカ海峡側にはタンジュンペラパス、ポートクランという2つの巨大コンテナ港をマレーシアは抱えています(*33)。タンジュンペラパスの操業開始は2000年でした(*33)。

 ちなみに現代のコンテナ港は、「ハブ・アンド・スポーク型ネットワーク」の下、「ハブ港」と「フィーダー港」に分類されます(*34)。コンテナ船輸送におけるハブ・アンド・スポーク型ネットワークとは、「ハブ港-ハブ港の航路」(幹線航路)と「ハブ港-各フィーダー港の航路」(支線航路)で構成されている航路網のことです(*34)。

 例えばヨーロッパ-アジア間でコンテナ船輸送する際、まずヨーロッパとアジアの「ハブ港」が設定されます(*34)。ヨーロッパ側のハブ港がアントワープ、アジア側のハブ港が釜山だったとしましょう。アントワープ⇔釜山の航路が「幹線航路」になります(*34)。アントワープとヨーロッパ各地の港との航路、釜山とアジア各地の港との航路が「フィーダー航路」になります(*34)。ハブ・アンド・スポーク型ネットワークがなければ、各コンテナ港は各自で多くの航路を設けなければなりません(*34)。ハブ・アンド・スポーク型ネットワークは効率が良いのです。

 日本の近くでは現在、釜山がハブ港として有名です(*35)。1990年代までは神戸港もハブ港の1つでした(*35)。

地域間取引の決済方法

 最後に「地域間取引の決済」について考えてみます。先述したように、2010年代後半ニュージーランドのメタンフェタミン市場では、オーストラリア系バイカーギャングのコマンチェロズは、メキシコのシナロア・カルテルがメタンフェタミンを仕入れていました。「ニュージーランド-メキシコの地域間」でメタンフェタミン取引がなされており、商品メタンフェタミンはメキシコ→ニュージーランドに移動していきました。当然、ニュージーランド側のコマンチェロズは、メキシコ側のシナロア・カルテルに対し、決済(地域間取引の決済)しなければなりません。コマンチェロズがシナロア・カルテルに対し、どのように決済したかは不明です。

 メキシコ麻薬カルテルはアメリカ合衆国において違法薬物ビジネスで、毎年10億米ドルの収益を上げてきました(*36)。メキシコ麻薬カルテル配下の者達が米ドル現金のままメキシコに持ち帰っていました(*36)。つまりメキシコ麻薬カルテルは「対アメリカ合衆国」のビジネスでは、収益を主に米ドルで回収してきました。またコロンビアの組織はメキシコ麻薬カルテルにコカインの密輸代行を委託した際、当初はメキシコ通貨・ペソで決済していました(*37)。後にメキシコ側の要望で、コロンビアの組織はコカインでの決済に切り替えました(*37)。

 1960年代のメキシコにおいてインフレーション(物価上昇)は年率5%以下でしたが、1973年には20%まで上がりました(*38)。以降もメキシコでは激しいインフレーションが続き、通貨ペソの価値は下がっていきました(*38)。「ペソ」と「米ドル」の為替相場(為替レート)は、1954年から1米ドル=12.5ペソの固定相場制でしたが、1976年1米ドル=20ペソに切り替わりました(*38)。

 その後も1987年メキシコは160%のインフレーションを記録しました(*38)。1994年12月メキシコにおいてもペソの切り下げが実行され、ペソの価値は半減しました(*38)。歴史的背景も踏まえると、メキシコ麻薬カルテルにとって「通貨ペソへの信頼感」は低かったと考えられます。

 インフレーションに強いのは「実物資産」です。裏社会における「実物資産」の1つとしては、コカイン等の違法薬物があります。違法薬物は「換金性」が高いです。メキシコ麻薬カルテルが報酬として、母国通貨のペソよりも、コカインを要望した一因としては、メキシコの経済的事情(激しいインフレーション)があったと考えられます。

 ちなみにメキシコ麻薬カルテルは送金手段として、振込(wire transfer)、休眠会社(shell)の口座、法人口座(business accounts)、「ファネル口座」(funnel accounts)、仕組預金(structured deposits)等も用いてきました(*36)。一方メキシコ政府は対策として2010年、国内の銀行口座において米ドル預金額の制限、及び両替所等での米ドル使用の制限を課しました(*39)。

 シナロア・カルテルはフェンタニル(fentanyl)及びフェンタニルの原料(前駆物質)を中国とインドから仕入れてきました (*40)。元々フェンタニルはオピオイド系鎮痛剤です (*41)。アメリカ合衆国では医師の処方箋があれば、オピオイド系鎮痛剤を購入できます(*42)。逆にいえば、医師の処方箋がない場合、合法的に入手することはできません。ゆえにフェンタニルの闇市場がアメリカ合衆国で形成されていき、その供給源となったのがシナロア・カルテル等のメキシコ麻薬カルテルだったのです。

 シナロア・カルテルはフェンタニル及びその原料を仕入れていたので、中国とインドの業者に対し、決済しなければなりません。こちららも先述のように地域間決済になります。

 今回、シナロア・カルテルの地域間決済において「金融機関を利用した送金」を除外して考えてみます。企業間決済を装い、銀行を通して送金する方法は可能性としては考えられます。シナロア・カルテルが支配下の企業に送金させている可能性は充分にありえます。しかし今回は除外することにしました。

 あくまでも筆者の推測ですが、もしかしたら地域間決済は「バーター取引」によってなされているのではないでしょうか。先述したように、メキシコ麻薬カルテルはコカインの密輸代行をした際、当初報酬を現金で受け取っていましたが、後に現物コカインの受け取りに変更しました。またメキシコ麻薬カルテルは違法薬物をアメリカ合衆国に運んだ後、その復路でアメリカ合衆国の銃器店で購入した武器をメキシコに持ち帰っていました(*43)。往路で違法薬物を運び、復路で武器を持ち帰るのは、「時間差のあるバーター取引」とも見ることができます。メキシコ麻薬カルテルは、バーター取引に慣れていると考えられます。他のアウトロー組織でもバーター取引をしています。2000年代ニューヨーク市のアルバニア系組織は、違法薬物を仕入れた際、多額の現金で決済、もしくは他の違法薬物と交換で決済していました(*44)。

 地域間における違法薬物取引の場合、違法薬物の送り方は「多頻度小口輸送」よりも「低頻度大口輸送」であると考えられます。ゆえに1回の決済金額は高くなると考えられます。もし違法薬物の購入側が現金(おそらく米ドルもしくはメキシコ通貨のペソ)で支払うとしたら、大量の現金をメキシコまで運ぶ必要があります。ニュージーランドの組織の場合、まずNZドルから米ドル(もしくはペソ)に両替し、その現金をメキシコまで運ばなければなりません。地域間決済の場合、現金支払いは手間が掛かり、リスクも高くなりそうです。

 もしシナロア・カルテルがバーター取引をしていたとしたら、中国やインド側に対し、メタンフェタミンを供給することで決済しているのではないでしょうか。そして中国やインドの業者は一部のメタンフェタミンをニュージーランドのバイカーギャングに密売していたのではないでしょうか。ニュージーランドの場合、先述したようにコンタックNTを中国から密輸していた歴史があります。ニュージーランドのバイカーギャング業界は中国裏社会とのパイプを元々有している可能性があります。

 中国系業者の中にメキシコ、ニュージーランドの双方にパイプを有する者がいれば、両者の仲介役を務めることも可能です。中国系の組織にとっては、アメリカ合衆国に比しフェンタニルの需要が低いニュージーランドには、フェンタニルよりもメタンフェタミンを供給する方が儲かります。違法薬物市場の裁定取引(アービトラージ)が行われているのかもしれません。

 ではメキシコ麻薬カルテルは最終的にどのようにして「現金化」しているのでしょうか。筆者の推測ですが、小売場面で現金化していると考えられます。筆者の仮説になりますが、例えばまず①メキシコ麻薬カルテルはメタンフェタミンを密造、アジアに密輸します。②対価としてフェンタニル及びフェンタニル原料がメキシコに送られてきます。③シナロア・カルテルはフェンタニルを密造、アメリカ合衆国に密輸します。④一度アメリカ合衆国で現金化するも、その現金で銃器を購入し、メキシコに持ち帰ります。⑤メキシコ内外で銃器を小売りし現金化します。以上の流れで、メキシコ麻薬カルテルは現金化しているのではないでしょうか。

<引用・参考文献>

*1 『Gangland: New Zealand’s Underworld of Organised Crime』(Jared Savage,2020, HarperCollinsPublishers), p14-15

*2 『Patched: The History of Gangs in New Zealand』(Jarrod Gilbert,2021,Auckland University Press), p189

*3 『薬物とセックス』(溝口敦、2016年、新潮新書), p83

*4 『Patched: The History of Gangs in New Zealand』, p246

*5 『Gangland: New Zealand’s Underworld of Organised Crime』, p139

*6 ニュージーランド警察サイト

「ニュージーランド 廃水薬物検査・全国の概要-2022年第3四半期(7~9月)調査結果」(英語表記:Wastewater Drug Testing in New Zealand: National Overview Quarter Three:July-September 2022)

https://www.police.govt.nz/sites/default/files/publications/wastewater-results-quarter-3-2022.pdf

*7 『Gangland: New Zealand’s Underworld of Organised Crime』, p19-21

*8 『Angels of Death: Inside the Bikers’ Global Crime Empire』(William Marsden&Julian Sher,2007,Hodder & Stoughton), p40-42

*9 『Gangland: New Zealand’s Underworld of Organised Crime』, p258-259

*10 『Gangland: New Zealand’s Underworld of Organised Crime』, p25

*11 『Gangland: New Zealand’s Underworld of Organised Crime』, p264

*12 『Gangland: New Zealand’s Underworld of Organised Crime』, p9-12

*13 『この一冊で全部わかる ビジネスモデル 基本・成功パターン・作り方が一気に学べる』(根来龍之・富樫佳織・足代訓史、2021年、SBクリエイティブ),p52

*14 『Patched: The History of Gangs in New Zealand』, p248

*15 『Gangland: New Zealand’s Underworld of Organised Crime』, p102-103,152

*16 『Gangland: New Zealand’s Underworld of Organised Crime』, p33-34

*17 『データブック オブ・ザ・ワールド 2022年版 -世界各国要覧と最新統計-』(二宮書店編集部、2022年、二宮書店),p467

*18 『データブック オブ・ザ・ワールド 2022年版 -世界各国要覧と最新統計-』,p224

*19 『ヤクザ500人とメシを食いました!』(鈴木智彦、2013年、宝島SUGOI文庫), p126

*20 『覚醒剤アンダーグラウンド 日本の覚醒剤流通の全てを知り尽くした男』(高木瑞穂、2021年、彩図社), p127

*21 『Gangland: New Zealand’s Underworld of Organised Crime』, p262-263

*22 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』(David F. Marley,2019,Abc-Clio Inc), p223

*23 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』, p186

*24 InSight Crimeサイト「Cocaine Prices in Australia, New Zealand Worth the Trek for Traffickers」(Scott Mistler-Ferguson,2023年3月15日)

https://insightcrime.org/news/australia-new-zealand-world-most-expensive-cocaine-markets/

*25 『Angels of Death: Inside the Bikers’ Global Crime Empire』, p107-110

*26 『Angels of Death: Inside the Bikers’ Global Crime Empire』, p122-123

*27 オーストラリア犯罪情報委員会サイト内「違法薬物データレポート2019–20」の「アンフェタミン系薬物2019–20」,p32

https://www.acic.gov.au/sites/default/files/2021-10/IDDR%202019-20_271021_ATS.pdf

*28 オーストラリア犯罪情報委員会サイト内「違法薬物データレポート2019–20」の「アンフェタミン系薬物2019–20」,p34

*29 オーストラリア犯罪情報委員会サイト内「違法薬物データレポート2019–20」の「アンフェタミン系薬物2019–20」,p44

*30 オーストラリア犯罪情報委員会サイト内「違法薬物データレポート2019–20」の「アンフェタミン系薬物2019–20」,p45

*31 アメリカ合衆国麻薬取締局サイト内「2020全米麻薬脅威評価(National Drug Threat Assessment)」(2021), p68

https://www.dea.gov/sites/default/files/2021-02/DIR-008-21%202020%20National%20Drug%20Threat%20Assessment_WEB.pdf

*32 オーストラリア犯罪情報委員会サイト内「違法薬物データレポート2019–20」の「アンフェタミン系薬物2019–20」,p37

*33 『コンテナから読む世界経済 経済の血液はこの「箱」が運んでいる!』(松田琢磨、2023年、KADOKAWA),p72-74

*34 『コンテナから読む世界経済 経済の血液はこの「箱」が運んでいる!』,p140-142

*35 『コンテナから読む世界経済 経済の血液はこの「箱」が運んでいる!』,p66-67

*36  アメリカ合衆国麻薬取締局サイト内「2020全米麻薬脅威評価(National Drug Threat Assessment)」(2021), p69

*37  『コカイン ゼロゼロゼロ 世界を支配する凶悪な欲望』(ロベルト・サヴィアーノ著、関口英子/中島知子訳、2015年、河出書房新社), p33

*38 『物語 メキシコの歴史』(大垣貴志郎、2017年、中公新書),p241-249

*39 InSight Crimeサイト「‘Funnel Accounts’ Newest Money Laundering Trend for Mexico’s Cartels」(Kyra Gurney,2014年6月2日)

https://insightcrime.org/news/brief/funnel-accounts-newest-money-laundering-trend-for-mexicos-cartels/

*40 Vanda Felbab-Brown.(2022). China and Synthetic Drugs Control: Fentanyl, Methamphetamines, and Precursors; V. China-linked drug trafficking in Mexico and China-Mexico anti-drug cooperation.Foreign Policy at Brookings,p43

https://www.brookings.edu/wp-content/uploads/2022/03/FP_20221107_drug_trafficking_felbab_brown.pdf

*41 『週刊エコノミスト』2017年9月5日号「死亡者や依存症相次ぐオピオイド 米国の貧困層や子供の被害が拡大」(土方細秩子著), p86-87

*42『週刊エコノミスト』2021年9月7日号「昨年は9.3万人が死亡 薬物過剰摂取生む意識」(峰尾洋一), p66

*43『メキシコ麻薬戦争 アメリカ大陸を引き裂く「犯罪者」たちの叛乱』(ヨアン・グリロ著、山本昭代訳、2014年、現代企画室), p300-304

*44 『Decoding Albanian Organized Crime Culture,Politics,and Globalization』(Jana Arsovska,2015, University of California Press), p107

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