モントリオールのバイカーギャング

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 カナダのケベック州では、長年カラブリア系の「コトローニ・ファミリー」(Cotroni family)(*1)とシチリア系の「リズート・ファミリー」(Rizzuto family)(*1)が裏社会の実権を握ってきました。リズート・ファミリーは1954年に結成されました(*1)。コトローニ・ファミリーの結成年はリズート・ファミリーより古いです(*1)。ケベック州はカナダ東部に位置しています。

 1970年代後半以降のケベック州において、別のアウトロー組織が台頭してきました(*2)。1977年アメリカ合衆国系バイカーギャング「ヘルズ・エンジェルス」(Hell’s Angels)がモントリオール(ケベック州)に進出しました(*2)。同年(1977年)ヘルズ・エンジェルスはカナダで初の支部をモントリオール郊外のソレルという小さい街に設けました(*3)。1984年までにヘルズ・エンジェルスはシェルブルック(ケベック州)とハリファックス(ノバスコシア州)にそれぞれ1支部、ブリティッシュコロンビア州に4つの支部を設けました(*3)。ノバスコシア州はカナダ東部、ブリティッシュコロンビア州はカナダ最西部に位置しています。

 モントリオールの違法薬物取引グループは、進出してきたヘルズ・エンジェルスと手を組み、ヘルズ・エンジェルスから卸された違法薬物を売っていきました(*4)。一方ヘルズ・エンジェルスは「卸売」にとどまらず、モントリオールの「小売」(street-level drug trade)の領域にも手を伸ばしていました(*4)。

 ヘルズ・エンジェルスはケベック州にノマド(Nomads)支部を作りました(*4)。一般的にノマド支部は、地理的に活動範囲制限のない組織で、ベテラン構成員達によって担われていました(*5)。ノマド支部構成員は、上位者からの命令に従い「汚れ役」を果たすことが求められていました(*5)。

 ノマド支部構成員数の下限は5~6人でした(*5)。ノマド支部構成員数が下限を下回ったら(4~5人になったら)、該当のノマド支部は凍結もしくは廃止されました(*5)。ちなみに(ノマド支部ではない)通常の支部構成員数の上限は24人といわれています(*6)。1支部の構成員数が25人に達したら、新しい支部が作られることになります(*6)。ノマド支部は「少数精鋭部隊」の性格を有していたことが分かります。

 ケベック・ノマド支部内の5人のメンバーは「ラ・テーブル」(La Table)というグループを作り、モントリオールにおける「小売市場」の独占を目指しました(*4)。モントリオールの違法薬物取引グループの活動領域は主に小売市場であった為、ヘルズ・エンジェルス側の行為は「浸食」になりました。後に両者の関係は破綻しました(*4)。

 モントリオールの違法薬物取引グループはヘルズ・エンジェルスに対抗すべく「ロック・マシーン」(Rock Machine)というバイカーギャングを1986年に結成しました(*2) (*7)。ロック・マシーンの面々は、元々モントリオールの「ロック・マシーン」と呼ばれるガレージにたむろしていた者達でした(*7)。

 ロック・マシーン結成の主導者(創設者)はサルバトーレ・カゼッタ(Salvatore Cazzetta)とジョバンニ・カゼッタ(Giovanni Cazzetta)のカゼッタ兄弟でした(*4)。カゼッタ兄弟は昔、白人至上主義系バイカーギャングの「SS」に属していました(*4)。

 結成の主導者はバイカーギャング出身も、ロック・マシーンの実態は「違法薬物取引グループの連合体」でした(*8)。「ペレティエ・ファミリー」(Pelletier Clan)、「ウエスト・エンド・ギャング」(West End Gang)、デュボア兄弟(Dubois brothers)などの違法薬物取引グループがロック・マシーンを構成していました(*4)。

 ゆえにロック・マシーンは「異色のバイカーギャング」でした。まずロック・マシーンの構成員はバイク(モーターサイクル)を持つ必要はありませんでした(*8)。またロック・マシーンの構成員の中には、日本製スポーツバイクを乗る者もいました(*8)。

 ロック・マシーンは規則で、構成員に対しコカインの使用を禁止していた一方、マリファナもしくはハシシ(ペースト状のマリファナ)の吸煙を認めていました(*8)。別の規則では、構成員は違法薬物取引による収益の一部を組織に上納することが求められていました(*8)。

 ロック・マシーンはリズート・ファミリーと関係を持っていました。1990年代前半ロック・マシーンの構成員は「カステル・ティナ」(Castel Tina)という名のストリップクラブ(モントリオールのジャン・タロン・ストリート・イースト)に出入りしていました(*9)。カステル・ティナの経営者はパオロ・ジェルバシ(Paolo Gervasi)でした(*9)。パオロ・ジェルバシはリズート・ファミリーの関係者でした(*9)。リズート・ファミリーはパオロ・ジェルバシを介在させる形で、ロック・マシーンの構成員を利用していました(*9)。

 ロック・マシーンの構成員は主に用心棒や汚れ仕事を担い、リズート・ファミリー側から報酬をもらっていました(*9)。一軒のバーを潰して廃業に追い込む仕事の報酬額は、5,000ドルから10,000ドルでした(*9)。またリズート・ファミリーの支払いは、期限通りに行われました(*9)。ロック・マシーン側が「リズート・ファミリーの下請け」として活動していたことが分かります。

 またリズート・ファミリーはヘルズ・エンジェルを注視していましたが、敵対的に扱うことはしませんでした(*9)。

 1994年ヘルズ・エンジェルスとロック・マシーンの間で抗争が勃発しました(*4)。抗争前には、ロック・マシーン側のガゼッタ兄弟が服役することになり、ヘルズ・エンジェルス側は「好機」と捉えていました(*4)。抗争開始年を1992年とする説もあります(*2)。

 当時ヘルズ・エンジェルス側のケベック・ノマド支部の中心人物としてモーリス・“マム”・バウチャー(Maurice “Mom” Boucher)がいました(*10)。

 モーリス・“マム”・バウチャーも、先述した白人至上主義系バイカーギャングの「SS」に属していました(*4)。SSに所属していたジョバンニ・カゼッタは、モーリス・“マム”・バウチャーを1980年代から知っていました(*9)。モーリス・“マム”・バウチャーは後にSS を辞め、1987年ヘルズ・エンジェルスに入りました(*10)。

 ケベック・ノマド支部は違法薬物ビジネスに長けており、コカイン、ハシシ(ペースト状のマリファナ)、マリファナの密輸で1億ドル以上の収益(1年間)を上げました(*10)。ケベック・ノマド支部は違法薬物をカナダだけでなく、アメリカ合衆国やヨーロッパにも供給していました(*10)。

 一方、抗争中ロック・マシーンのトップはフレッド・フォーチャー(Fred Faucher)が務めていました(*7)。フレッド・フォーチャーも昔「SS」に所属していました(*4)。またロック・マシーンのポール・ポーター(Paul Porter)も昔「SS」に所属していました(*4)。

 抗争においてロック・マシーン側には「ダーク・サークル」(Dark Circle)というギャングが戦闘部隊として活動しました(*8) (*11)。ダーク・サークルは、経験豊富なバイカー達で構成されていました(*8)。しかしヘルズ・エンジェルス側が「数」で勝っており、ロック・マシーン側にとって戦況は不利でした (*11)。

 2000年10月8日モントリオール市内のレストランで、ヘルズ・エンジェルスのモーリス・“マム”・バウチャーとロック・マシーンのフレッド・フォーチャーは休戦の話し合いをしました(*12)。話し合いでモーリス・“マム”・バウチャーはロック・マシーンに対し「ヘルズ・エンジェルスへの加入」を提案しました(*12)。

 ロック・マシーンは以前から、不利な戦況を打開する為、アメリカ合衆国系バイカーギャング「バンディドス」(Bandidos)との同盟を図っていました(*11)。実際ロック・マシーンの上層部は、バンディドスの北欧勢に会う為、スウェーデンを訪れていました(*11)。バンディドスの北欧勢は1994~1997年、ヘルズ・エンジェルス側と抗争をしていました(*11)。またロック・マシーンの若い構成員達は、組織がバンディドスに加入することを望んでいました(*11)。

 フレッド・フォーチャーは「ヘルズ・エンジェルス加入」の話を持ち帰ったところ、ロック・マシーン内部から反対されました(*12)。話し合い(10月8日)の数日後、モーリス・“マム”・バウチャーは逮捕されました(*12)。裁判の結果、モーリス・“マム”・バウチャーは有罪となり、25年の懲役刑を受けました(*10)。

  2000年12月ロック・マシーンは、結局バンディドスに加入しました(*13) (*14)。2000年12月の加入時、ロック・マシーンは「バンディドスの仮支部」になりました(*14)。ロック・マシーン構成員45人も「仮構成員(準構成員)」となりました(*13)。ロック・マシーンのサイトによれば、ロック・マシーンは1999年からバンディドスの「ハングアラウンド・クラブ」(hangaround club)でした(*14)。バイカーギャング業界ではハングアラウンドとは「組織の周辺者」という意味合いで、「準構成員の候補者段階にいる者」を指しました(*15)。まだハングアラウンドは「組織の外部者」なのです(*15)。

 旧ロック・マシーン幹部の一部(先述のポール・ポーターら)は、「準構成員」として取り扱ったバンディドスの施策に不満を持ち、ヘルズ・エンジェルスのケベック・ノマド支部に移籍しました(*16)。

 バンディドス加入直後の2000年12月6日、警察は旧ロック・マシーンを一斉検挙しました(*16)。トップのフレッド・フォーチャーや幹部ら十数人以上が逮捕されました(*16)。裁判の結果、フレッド・フォーチャーは懲役12年の刑を受けました(*16)。

 バンディドス・カナダ勢(旧ロック・マシーン、元ロンナーズの一部)の準構成員は、2001年12月1日「バンディドスの正式構成員(full membership)」に昇格しました(*17) (*18)。

 先述のように旧ロック・マシーン構成員は2000年12月に「バンディドスの準構成員」になっており、準構成員期間は約1年だったことが分かります。

 一方、元ロンナーズ(オンタリオ州のバイカーギャング)の一部勢力は2001年5月22日に「バンディドスの準構成員」になっており(*19)、元ロンナーズの場合、準構成員期間は約半年だったことが分かります。

 抗争において2000年後半までに160人以上が殺害されました(*4)。抗争は2002年に終了しました(*14)。勝者はヘルズ・エンジェルスでした(*2)。抗争終了年を2009年とする説もあります(*2)。

 このバイカーギャングの抗争は「ケベック・バイカー抗争」と呼ばれました(*2)。抗争が長期化したことから、コトローニ・ファミリー及びリズート・ファミリーが「抗争の調停者」としての役割を果たせなかったことが窺えます(*2)。コトローニ・ファミリー及びリズート・ファミリーがバイカーギャングに比し強い力を有していれば、抗争の長期化を許さなかったと考えられます。

 カナダの警察組織は2001年から「プロジェクト・アミーゴ」(Project Amigo)という名のバンディドス・カナダ勢(オンタリオ州とケベック州)に対する取締りを実施、60人以上の構成員を検挙しました(*20)。ケベック州勢のバンディドス構成員はほとんど逮捕されました(*20)。「プロジェクト・アミーゴ」という名の取締りは2002年6月に終了しました(*20)。

 2007年バンディドスのカナダ勢はバンディドスを脱退、同年ロック・マシーンを再興しました(*14)。一方ロック・マシーンの再興年を2008年とする説もあります(*21)。再興時ロック・マシーンの構成員数は約100人で、1/3は刑務所から出所した者達でした(*21)。 2022年時点でロック・マシーンはアメリカ合衆国、フランス、ベルギー、ドイツ、ノルウェー等にも支部を持っていました(*14)。2022年時ロック・マシーンのインターナショナル本部(mother chapter)はシェルブルック(カナダのケベック州)にありました(*14)。近年のロック・マシーンはグローバルに活動してきたことが分かります。

 バイカーギャング業界では一般的に本部(mother chapter)が「支部設立の認可権」を持っていました(*22)。

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<引用・参考文献>

*1 『THE  MAPLE SYRUP MAFIA A HISTORY OF ORGANIZED CRIME IN CANADA』(Gerg Thompson,2014,CreateSpace Independent Publishing Platform), p18-23, 34-36

*2 『THE  MAPLE SYRUP MAFIA A HISTORY OF ORGANIZED CRIME IN CANADA』, p42-47

*3 『Encyclopedia of Gangs』「HELL’S ANGELS IN CANADA」(Angelo Kontos,2008,Greenwood Press),p127

*4 『The Fat Mexican: The Bloody Rise of the Bandidos Motorcycle Club』(Alex Caine,2010,Vintage Canada),p45-47

*5 『Biker Gangs and Transnational Organized Crime Second Edition』(Thomas Barker,2014,Routledge), p131

*6 『The Brotherhoods: Inside the Outlaw Motorcycle Clubs』(Arthur Veno,2012,Allen & Unwin), p80-81

*7 『The Fat Mexican: The Bloody Rise of the Bandidos Motorcycle Club』,p44

*8 『The Bandido Massacre』(Peter Edwards,2012,‎ HarperCollins Publishers),p50

*9 『The Bandido Massacre』,p51

*10 『Angels of Death: Inside the Bikers’ Global Crime Empire』(William Marsden&Julian Sher,2007,Hodder & Stoughton),p311-316

*11 『The Bandido Massacre』,p52-53

*12 『The Fat Mexican: The Bloody Rise of the Bandidos Motorcycle Club』,p51-52

*13 『The Bandido Massacre』,p62-63

*14 ロック・マシーンのサイト「Chapters」

https://www.rockmachineworld.org/chapters.html

*15 『Biker Gangs and Transnational Organized Crime Second Edition』, p78-79

*16 『The Fat Mexican: The Bloody Rise of the Bandidos Motorcycle Club』,p54-55

*17 『The Fat Mexican: The Bloody Rise of the Bandidos Motorcycle Club』,p59

*18 『The Bandido Massacre』,p93

*19 『The Bandido Massacre』,p88

*20 『The Fat Mexican: The Bloody Rise of the Bandidos Motorcycle Club』,p63

*21 『The Fat Mexican: The Bloody Rise of the Bandidos Motorcycle Club』,p163

*22 『Outlaws: Inside the Hell’s Angel Biker Wars』(Tony Thompson,2012,Hodder Paperback),p367

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