メキシコ歴代政権と2024年大統領選挙

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 今年(2024年)6月メキシコは大統領選挙を実施します。メキシコ大統領の任期は6年です(*1)。現在の大統領は「国家再生運動」(MORENA)のアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(略して「アムロ」と呼ばれます)です(*2)。アムロは2018年から大統領を務めています(*2)。メキシコ憲法は大統領の再選を禁止しています(*3)。

 メキシコでは「制度的革命党」(PRI)が与党として2000年まで長らく君臨していました(*3)。しかし2000年の大統領選挙で「国民行動党」(PAN)のビセンテ・フォックスが当選し、制度的革命党は初めて下野しました(*4)。

 制度的革命党の源流は「国民革命党」(PNR)でした(*5)。国民革命党は1929年、結成されました(*5)。1938年国民革命党は「メキシコ革命党」(PRM)に改編、さらに1946年メキシコ革命党は制度的革命党に改編されました(*5)。国民革命党の結成時(1929年)から2000年までの71年間、制度的革命党の勢力は、政権を担ってきました(*5)。また1929~2000年の71年間、メキシコでは軍事クーデターは一度もありませんでした(*3)。

 一方、国民行動党は、1939年マヌエル・ゴメス・モリンの主導の下、結成されました(*5)。教会や保守派勢力が国民行動党を支援していました(*5)。

 2006年大統領選挙では国民行動党のフェリペ・カルデロンが当選しました(*4)。国民行動党は2期12年間、政権を担いました。

 国民行動党のフェリペ・カルデロン大統領(在任期間:2006~2012年)は就任直後の2006年12月「麻薬戦争」宣言をし、同国の麻薬カルテルの取締りを強化していきました (*6)。

 またフェリペ・カルデロン大統領は2008年12月、アメリカ合衆国と「メリダ・イニシアティブ」を結びました(*6)。メリダ・イニシアティブとは、メキシコに加えて中米7カ国を対象とする「麻薬・不法移民対策に関する支援協定」でした(*7)。メリダ・イニシアティブにおける具体的な支援内容としては、情報の収集・分析に必要な機材の供与、人材育成、麻薬取締部隊の装備提供と訓練、武器及びヘリコプターや飛行機の提供等がありました(*7)。

 2012年の大統領選挙では制度的革命党のエンリケ・ペニャニエトが当選、制度的革命党を与党に復帰させました(*8)。前回2018年大統領選挙では先述したように国家再生運動のアムロが当選しました。

 国家再生運動は、「民主革命党」(PRD)の離党勢力によって2014年結成されました(*1)。民主革命党は、制度的革命党の離党勢力(リベラル左派)によって1989年立ち上げられました(*1)。

 2000年以前の制度的革命党政権も見てみましょう。1976年以降だと、1976~1982年ロペス・ポルティージョ(*9)、1982~1988年ミゲル・デ・ラ・マドリ(*10)、1988~1994年カルロス・サリナス・デ・ゴルターリ(*10)、1994~2000年エルネスト・セディージョ(*10)が大統領を務め、制度的革命党政権を維持していきました。

 1976年から現在まで「メキシコ与党の変遷」をまとめると、下記になります。

◆1976~1982年:「制度的革命党」政権(ロペス・ポルティージョ大統領)

*経済の出来事:日産原油生産高9万4,000バーレル(1976年)、1977年宗主国スペインと国交復活(1977年)、石油鉱脈の発見(1978年)、日産原油生産高150万バーレル(1982年)(*9)

◆1982~1988年:「制度的革命党」政権(ミゲル・デ・ラ・マドリ大統領)

*経済の出来事:物価上昇率160%(1987年)(*10)

◆1988~1994年:「制度的革命党」政権(カルロス・サリナス・デ・ゴルターリ大統領)

*経済の出来事:北米自由貿易協定締結(1993年) (*10)

◆1994~2000年:「制度的革命党」政権(エルネスト・セディージョ大統領)

◆2000~2006年:「国民行動党」政権(ビセンテ・フォックス大統領)

*経済の出来事:日本と経済連携協定締結(2005年)(*11)

◆2006~2012年:「国民行動党」政権(フェリペ・カルデロン大統領)

◆2012~2018年:「制度的革命党」政権(エンリケ・ペニャニエト大統領)

◆2018~2024年:「国家再生運動」政権(アムロ大統領)

 現職大統領のアムロは1976年(23歳の時)、制度的革命党に入党しました(*12)。後に制度的革命党のリベラル左派グループは離党、1989年民主革命党を結成しました。アムロは民主革命党結成者の1人でした(*12)。アムロの他に、民主革命党の結成者として有名なのがクワウテモック・カルデナスでした(*12)。

 2000年アムロは民主革命党の候補者としてメキシコ市長選に出馬、当選しました(*12)。前メキシコ市長は、先述のクワウテモック・カルデナスでした。クワウテモック・カルデナスはメキシコ市長を1997~2000年務めました(*12)。メキシコ市は、メキシコの首都です。

 1993年の憲法改正以前、メキシコ市の首長は「大統領の任命」で選ばれていました(*12)。メキシコ市の首長が選挙で選ばれていなかったのは、19世紀の独立以来、メキシコ市が自治権を有していなかったからです(*13)。メキシコ連邦政府がメキシコ市を直轄していました(*12)。

 しかし1993年の憲法改正により、市民が選挙で首長を選ぶことになりました(*12)。1997年初めてのメキシコ市長選挙及び地方議会議員選挙が実施され、クワウテモック・カルデナスが初代メキシコ市長に選ばれました(*13)。アムロは二代目メキシコ市長になります。アムロは2000~2006年メキシコ市長を務めました(*14)。

 三代目メキシコ市長は民主革命党のマルセロ・エブラル、四代目は同じく民主革命党のアンヘル・マンセラでした(*13)。初代から四代目まで(1997~2018年)のメキシコ市長は、民主革命党の党員だったのです。2018年のメキシコ市長選では、国家再生運動のクラウディア・シェインバウム(Claudia Sheinbaum)が、民主革命党の候補者を破り、五代目市長に就任しました(*13)。

 メキシコ市には「ウニオン・テピート」(Unión Tepito)というアウトロー組織が活動していました(*15)。ウニオン・テピートは2008年メキシコ市クアウテモク区のテピート地区で結成されました(*15)。テピート地区は犯罪多発エリアであり、また貧困に苦しんでいました(*15)。

 ウニオン・テピート結成時の主要メンバーとしては、リカルド・“エル・モコ”・ロペス・カスティージョ(Ricardo “El Moco” López Castillo)、フランシスコ・ハビエル・“パンチョ・カヤグア”・エルナンデス・ゴメス(Francisco Javier “Pancho Cayagua” Hernández Gómez)、アルマンド・“エル・オスティオン・カヤグア”・エルナンデス・ゴメス(Armando “El Ostión Cayagua” Hernández Gómez)がいました(*15)。“パンチョ・カヤグア” と“エル・オスティオン・カヤグア”は兄弟でした(*15)。

 ウニオン・テピートは「カルテル」(Cartel)と自称していましたが、実態はストリートギャングでした(*15)。ウニオン・テピートは初めに、経営者らから毎週ミカジメ料を徴収しました(*15)。メキシコにおいて合法領域の事業者からのミカジメ料は「デレッチョ・デ・ピソ」(Derecho de piso)と呼ばれました(*16)。メキシコでは麻薬カルテルが他団体から徴収する通行手数料も同様に「デレッチョ・デ・ピソ」と呼ばれました(*16)。

 次にウニオン・テピートは違法薬物の密売事業に進出、酒場やナイトクラブで違法薬物を売っていきました(*15)。

 その後もウニオン・テピートは経営者らからミカジメ料を徴収していきました(*16)。ウニオン・テピートの構成員8人は2018年7月、メキシコ市ミゲル・イダルゴ区のポランコ地区のレストランで、レストラン経営者に対しミカジメ料の支払いを要求しました(*16)。その際構成員らは、従業員の写真を撮り、また拳銃を見せるなど、レストラン側に脅威を与えました(*16)。ミカジメ料の支払いが難しい場合は、レストランでの違法薬物の販売、クレジットカードの複製を、構成員らはレストラン側に提示しました(*16)。結果、そのレストラン経営者はウニオン・テピートに応じることにしました(*16)。

 2013年ウニオン・テピートは二つに分裂しました(*15)。1つはヘスス・“エル・チュチョ”・カルモナ(Jesús “El Chucho” Carmona)の率いる勢力でした(*15)。“エル・チュチョ”の勢力は「ウニオン・インスルヘンテス」(Unión Insurgentes)と名乗りました(*15)。ウニオン・インスルヘンテスは日本語訳に直すと「ウニオン反乱軍」になります。

 もう1つが“パンチョ・カヤグア”の率いる勢力でした(*15)。“パンチョ・カヤグア”の勢力は引き続き「ウニオン・テピート」という組織名で活動していきました(*15)。先述したように“パンチョ・カヤグア”はウニオン・テピート結成時の主要メンバーでした。

 ウニオン・インスルヘンテス(ウニオン反乱軍)は、メキシコ市クアウテモク区のソナ・ロサ地区、コロニア・ローマ地区、コロニア・コンデサの違法薬物取引を支配していました(*15)。加えて“エル・チュチョ”の勢力はメキシコ市ベニート・フアレス区のコロニア・デル・バジェの違法薬物取引も支配していました(*15)。

 一方ウニオン・テピートはメキシコ市ミゲル・イダルゴ区のポランコ地区、結成地であるクアウテモク区のテピート地区、イスタパラパ区、グスタボ・A・マデロ区の違法薬物取引を支配していました(*15)。

  2015年10月ウニオン・テピート指導者の“パンチョ・カヤグア”が殺害されました(*15)。その後、ウニオン・テピート内で内紛が起きました(*15)。ウニオン・テピートは弱体化していったと考えられます。

 2006年アムロは民主革命党の候補者として大統領選に出馬しましたが、落選しました(*12)。2012年アムロは再び、民主革命党の候補者として大統領選に出馬しましたが、落選しました(*12)。2012年の大統領選挙後、同年内にアムロは民主革命党を離党しました(*12)。先述したように、2014年国家再生運動が結成されました。アムロは国家再生運動の結成を主導しました(*12)。アムロは2017年12月まで国家再生運動の党首を務めました(*12)。

 次期大統領選に出馬する有力候補者は、先述した与党・国家再生運動のクラウディア・シェインバウムと、野党3党(国民行動党、制度的革命党、民主革命党)の統一候補となったソチル・ガルベス(Xóchitl Gálvez)上院議員の2名です(*17)。両名とも女性です(*17)。

 クラウディア・シェインバウムは1962年、メキシコ市で生まれました(*17)。クラウディア・シェインバウムはユダヤ人です(*18)。母方の祖父母は1940年代前半ブルガリアのソフィアからホロコーストを逃れる為に、父方の祖父母は1920年代リトアニアから移住しました(*18)。

 クラウディア・シェインバウムは物理学を専攻、エネルギー工学で博士号を取得しました(*17)。アムロがメキシコ市長に就任した2000年、クラウディア・シェインバウムはアムロの環境部門の秘書に就きました(*17)。2015年クラウディア・シェインバウムはメキシコ市トラルパン区の区長に当選しました(*19)。

 一方、対立候補のソチル・ガルベスはもともと国民行動党の上院議員でしたが、2021年4月民主革命党に移籍しました(*20)。野党3党は「メキシコのための戦線」(Frente Amplio Por Mexico)という連合体を結成しており、先述したように今年の大統領選の統一候補としてソチル・ガルベスを選びました(*17)。

 ソチル・ガルベスは1963年に生まれ、イダルゴ州で育ちました(*21)。父はオトミ族、母はメスティーソ(オトミ族系統)でした(*21)。ソチル・ガルベスはメキシコ国立自治大学(メキシコ市)に進学、コンピュータ工学を学びました(*21)。2015年ソチル・ガルベスはメキシコ市のミゲル・イダルゴ区長選に国民行動党から出馬し、当選しました(*20)。ソチル・ガルベスはミゲル・イダルゴ区長を2015年10月から2018年3月まで務めました(*20)。先述したように、ミゲル・イダルゴ区にはポランコ地区がありました。その後ソチル・ガルベスは2018年の連邦選挙で上院議員に選ばれました(*20)。

<引用・参考文献>

*1 『エリア・スタディーズ91  現代メキシコを知るための70章』「2018年7月1日の総選挙 史上最大規模の「民主的」大統領選挙」(国本伊代、2019年、明石書店),p66-69

*2 『エリア・スタディーズ91  現代メキシコを知るための70章』「国家再生運動(MORENA)政権への期待 中道左派新政権の改革提言」(国本伊代、2019年、明石書店),p70-73

*3 『エリア・スタディーズ91  現代メキシコを知るための70章』「メキシコ革命の遺産 公正で公平な社会建設を目指した革命の理想と現実」(国本伊代、2019年、明石書店),p46-49

*4 『エリア・スタディーズ91  現代メキシコを知るための70章』「一党支配体制の終焉 分権化によるPRI体制の崩壊とPAN政権の政治」(国本伊代、2019年、明石書店),p54-57

*5 『物語 メキシコの歴史』(大垣貴志郎、2017年、中公新書),p229-230

*6 『メキシコ2018~19年: 新自由主義体制の変革に挑む政権の成立』(国本伊代、2020年、新評論),p172-173

*7 『メキシコ2018~19年: 新自由主義体制の変革に挑む政権の成立』,p175

*8 『エリア・スタディーズ91  現代メキシコを知るための70章』「構造改革の取り組みと失敗 再登場したPRI政権の現実」(国本伊代、2019年、明石書店),p58-61

*9 『物語 メキシコの歴史』,p243

*10 『物語 メキシコの歴史』,p245-249

*11 『エリア・スタディーズ91  現代メキシコを知るための70章』「メキシコ経済と外国資本 最強先進国米国に隣接することの活用」(丸谷雄一郎、2019年、明石書店),p154-157

*12 『メキシコ2018~19年: 新自由主義体制の変革に挑む政権の成立』,p60,66-67

*13 『エリア・スタディーズ91  現代メキシコを知るための70章』「首都メキシコ市の革新都政 民主革命党による20年間の市政と変革」(国本伊代、2019年、明石書店),p62-65

*14 『メキシコ2018~19年: 新自由主義体制の変革に挑む政権の成立』,p243

*15 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』(David F. Marley,2019,Abc-Clio Inc),p268-269

*16 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』,p91-92

*17 『Claudia Sheinbaum and Xóchitl Gálvez:The Making of Mexico’s First Female President and The Next Phase in Mexican History』(Jonathan Johnson,2023),p3-6

*18 『Claudia Sheinbaum and Xóchitl Gálvez:The Making of Mexico’s First Female President and The Next Phase in Mexican History』(Jonathan Johnson,2023),p15

*19 『Claudia Sheinbaum and Xóchitl Gálvez:The Making of Mexico’s First Female President and The Next Phase in Mexican History』,p36

*20 『Claudia Sheinbaum and Xóchitl Gálvez:The Making of Mexico’s First Female President and The Next Phase in Mexican History』,p43-44

*21 『Claudia Sheinbaum and Xóchitl Gálvez:The Making of Mexico’s First Female President and The Next Phase in Mexican History』,p20

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