ミャンマーとメタンフェタミン

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 近年ミャンマーではメタンフェタミン(覚醒剤の一種)が流行しています。元々、メタンフェタミンは日本で開発されました(*1)。1940年代前半の日本では、アンフェタミンを含めた覚醒剤が市販されていました(*2)。しかし1951年覚醒剤取締法が制定され、覚醒剤の販売は日本においては全面的に禁止されました(*2)。

 東アジアの他地域や東南アジアにおいては1950~1960年代、メタンフェタミンは医薬品として市販されていました(*1)。同地域でも市販が中止になってからは、メタンフェタミンは違法領域内で「ヤーバ」(yaba)もしくは「クレージー・メディシン」(crazy medicine)の俗称にて流通していきました(*1)。

 東南アジア(特にタイ)では歴史的に錠剤型メタンフェタミンが、他地域に比し、流行していました(*1)。一般的な錠剤型メタンフェタミンはカフェインを含んでいました(*1)。前出のヤーバとは、錠剤型メタンフェタミンを指しました(*1)。また中国でも全域で錠剤型メタンフェタミンが流通していました(*1)。

 昔の消費者は錠剤型メタンフェタミン(ヤーバ)を経口にて摂取していました(*1)。経口摂取による効能は、他の摂取方法に比し、弱いといわれていました(*1)。しかし後に、吸煙摂取も見られるようになりました(*1)。吸煙摂取時も、錠剤型メタンフェタミンが用いられていました(*1)。消費者は錠剤を砕き、気化させ、その煙を吸い込みました(*1)。

 ちなみにアンフェタミン系の錠剤としては「カプタゴン」(captagon)があります(*3)。カプタゴンは中東で流通しています(*4)。

 東南アジアでは特にトラック運転手や肉体労働者が、身体的機能の向上目的で、錠剤型メタンフェタミンを消費してきました(*1)。合法領域内でも滋養強壮作用の商品(例えば栄養ドリンク)はあります。

 1980年代前半のタイでは「クラティンデーン」という商品名の栄養ドリンクが合法的に販売されていました(*5)。クラティンデーンは、タイ語で「赤い雄牛」を意味します(*5)。主にトラック運転手や稲作農家の人が栄養ドリンク「クラティンデーン」を飲んでいました(*5)。TC製薬社が「クラティンデーン」を販売していました(*5)。

 後にディートリッヒ・マテシッツという人物が「クラティンデーン」に目をつけて、TC製薬社と交渉し、1984年アジア以外での「クラティンデーン」販売ライセンスを得ました(*5)。ディートリッヒ・マテシッツは、TC製薬社のユーウィッタヤー一族とともに、レッドブル・トレーディング社を設立しました(*5)。

 レッドブル社はオーストリアのザルツブルクに本社を設けました(*5)。レッドブル社は「クラティンデーン」に炭酸を添加し、また商品名を英語に翻訳した上で、1987年オーストリアで栄養ドリンク「レッドブル」の販売を開始しました(*5)。上記の「クラティンデーン」の話から、当時のタイでは合法領域の栄養ドリンクも流通していたことが分かります。

 東南アジアのメタンフェタミンの話に戻します。

 一方、結晶性メタンフェタミンは、1970年代のフィリピンで流通したこともあったようですが、2000年代前半まで東南アジアでは、本格的に流通していませんでした(*1)。しかし2000年代前半ミャンマーにおいて結晶性メタンフェタミンの密造が始まると、東南アジアにおいて結晶性メタンフェタミンが流通していくようになりました(*1)。錠剤型メタンフェタミンに比し、結晶性メタンフェタミンの価格は高かったです(*1)。

 UNODC(United Nations Office on Drugs and Crime:国連薬物犯罪事務所)の「Synthetic Drugs in East and Southeast Asia Latest developments and challenges 2021」によれば、「錠剤型メタンフェタミン」(Methamphetamine tablets)の2018年押収量は1億670万2365錠で、2019年の押収量は1億871万9071錠、2020年の押収量は3億2841万692錠でした(*6)。

「結晶性メタンフェタミン」(Crystalline methamphetamine)の2018年押収量は2827.5kgで、2019年の押収量は9426.2kg、2020年の押収量は1万7363.9kgでした(*6)。

 また「粉末状メタンフェタミン」(Methamphetamine powder)の2018年押収量は45.2kgで、2019年の押収量は679.5kg、2020年の押収量は2145.2kgでした(*6)。

 2018~2020年のミャンマーでは錠剤型メタンフェタミン、結晶性メタンフェタミン、粉末状メタンフェタミンの全てで、年々押収量が増加していたことが分かります。

 日本で流通する覚醒剤もメタンフェタミンが多いです(*7)。同時期の日本の押収量を見てみましょう。前出の「Synthetic Drugs in East and Southeast Asia Latest developments and challenges 2021」に日本のデータも載っていますが、今回は警察庁のデータを用います。

 警察庁によれば、日本の「錠剤型覚醒剤」の2018年押収量は261錠で、2019年の押収量は64錠、2020年の押収量は5錠でした(*8)。

 錠剤型に関しては、ミャンマーの方が日本より圧倒的に押収量が多かったことが分かります。

 また日本では「覚醒剤」の2018年押収量は1138.6kgで、2019年の押収量は2293.1kg、2020年の押収量は437.2kgでした(*8)。この「覚醒剤」はおそらく、ミャンマーの結晶性及び粉末状のメタンフェタミンに該当すると思われます。

 この「覚醒剤」と「ミャンマーの結晶性メタンフェタミン」を比べると、2018年は日本(1138.6kg)<ミャンマー(2827.5kg)、2019年は日本(2293.1kg)<ミャンマー(9426.2kg)、2020年は日本(437.2kg)<ミャンマー(1万7363.9kg)となっています。以上から、3年間においてミャンマーの方が日本より押収量が多かったことが分かります。

 以上から、2018~2020年間のミャンマーにおいては、日本以上に、メタンフェタミンが流通していたことが考えられます。

 UNODCは2013年時のレポートにおいて、メタンフェタミンの場合は原料(前駆体)があればどの国においても密造は可能であり、よって「自給自足体制」の形成は可能だと述べていました(*1)。一方、同レポートでUNODCは、「低価格」のメタンフェタミンを供給できる国の密造組織は、他国の密造組織に比し、優位に立てると述べていました(*1)。そしてUNODCは、中国とミャンマーが低価格のメタンフェタミンを供給できると国として挙げていました(*1)。

 中国の場合、植物のマオウ(エフェドラ)が多く栽培されていました(*1)。メタンフェタミンの前駆体であるエフェドリン(ephedrine)は、マオウから作られていました(*1)。

 2013年時ミャンマーではシャン州等の地域でメタンフェタミンが密造されていました(*1) (*9)。シャン州はミャンマー東部に位置し、中国、ラオス、タイと接しています。シャン州の面積は15万5000㎢で、また山岳地帯です(*10)。シャン州には多くの少数民族が住んでいます(*10)。

 シャン州のワ自治管区(シャン州東北部)は、錠剤型メタンフェタミンの密造地域として有名でした(*1)。

 2013年時シャン州のメタンフェタミン密造所の多くは、中国やタイとの国境地帯に設けられていました(*9)。また密造所は小さく、すぐに移動できるような施設でした(*9)。

 一部の少数民族武装組織が、メタンフェタミンの密造及び密輸事業を手掛けていました(*9)。

 ミャンマーの場合、2013年時に国内に製薬産業はなく、メタンフェタミンの密造組織は、前駆体を他国から仕入れる必要がありました(*9)。

 またミャンマー産の錠剤型メタンフェタミンの多くは直接、タイに送られていました(*9)。一方、ミャンマー産の結晶性メタンフェタミンは東南アジア一帯に送られていました(*9)。

 ちなみに錠剤型の違法薬物としては、他にMDMA(通称:エクスタシー)があります。同時期のミャンマーにおける押収量を見てみましょう。「MDMA」の2018年押収量は2686錠で、2019年の押収量は2万7995錠、2020年の押収量は2437錠でした(*6)。

 一方、同時期の日本では、「MDMA」2018年の押収量は1万2274錠、2019年の押収量は7万3874錠、2020年の押収量は9万218錠でした(*8)。

 MDMAに関しては、3年間において日本の方がミャンマーより押収量が多かったことが分かります。

 ミャンマーの違法薬物ビジネスといえば、ゴールデン・トライアングル(ミャンマー、ラオス、タイの三国国境地帯)におけるケシ栽培、そしてアヘン及びヘロインの密造を思い浮かべる人が多いかもしれません。

 1950年代からゴールデン・トライアングルのアヘン生産量は増加していきました(*11)。背景には、各国がアヘンを違法薬物としたことにより裏社会でのアヘン需要が増加したこと、またアメリカ合衆国等の情報機関がゴールデン・トライアングル産アヘンの流通を推し進めていったことがありました(*11)。

 当時アメリカ合衆国の情報機関CIAはゴールデン・トライアングルのビルマ(現在のミャンマー)産アヘンをバンコク(タイの首都)の違法薬物市場に投入することで、ビルマ産アヘンの生産量増加を図りました(*11)。

 しかし1990年代からミャンマーのヘロイン生産量は減少しており、逆にアフガニスタンがヘロインの生産量を増やしていきました(*12)。2009年時にはアフガニスタンが世界全体のヘロイン消費量の約84%を供給していました(*12)。

 前出のワ自治管区(シャン州東北部)では、武装組織「ワ州連合軍」(UWSA)が実効支配してきました(*13)。ワ州連合軍のトップはパオ・ユーチャンで、ワ州連合軍の兵士数は約3万人と推定されています(*13)。

 ワ自治管区では少数民族ワが住んでおり、ワ語が話されています(*13)。またワ自治管区では中国語も用いられており、通貨は人民元が用いられています(*13)。主要都市のパンサンでは2019年時、カジノが営業していました(*13)。

 ワ州連合軍の出身母体は、ビルマ共産党(CPB)でした(*13)。1989年ワ州連合軍が結成されました(*13)。同年(1989年)、ワ州連合軍はミャンマー政府と和平を結びました(*13)。

 ビルマ共産党は1939年に発足しました(*14)。ビルマ共産党は一時期、合法的に政治活動をしていたものの、後に「反政府活動」の組織となりました(*15)。その後ビルマ共産党はシャン州北部に支配地域を作りました(*15)。ビルマ共産党はシャン州北部に拠点を置く際、少数民族のワ、コーカンと手を結びました(*15)。ビルマ共産党の支配地域ではケシ栽培が行われていました(*15)。

 ワ自治管区はゴールデン・トライングル内にあり、過去にはワ州連合軍はアヘンビジネスをしていました(*16)。現在のワ州連合軍は、ケシ栽培を止めたことを、アピールしています(*16)。

 2021年2月1日ミャンマーでは軍がクーデターを起こし、以降は軍事政権が続いています(*17)。クーデター前の軍は、前年(2020年)総選挙において国民民主連盟(NLD)が不正をしたと、訴えていました(*17)。2020年11月8日の総選挙ではアウンサンスーチー率いる国民民主連盟が勝利を収めていました(*18)。クーデターが起きた2月1日は連邦議会下院の召集日でした(*17)。国民民主連盟の政権(第2次スーチー政権)を発足させない為に、軍はクーデターを実行したのでした。軍はアウンサンスーチーを拘束しました(*17)。

 国民側はデモ等で、軍事政権に対し抵抗の意思を示しました(*17)。また国民民主連盟の議員らは「国民統一政府」(NUG)を結成しました(*17)。国民統一政府はトップにアウンサンスーチーに置きましたが、実際はドゥワ・ラシラ(国民統一政府の副大統領)が組織を率いていきました(*17)。ドゥワ・ラシラは国民民主連盟の党員ではなく、カチン人の社会的指導者でした(*17)。

 国民統一政府は、軍事政権に対し武力闘争をする道を選び、2021年5月「人民防衛軍」(PDF)という軍事部門を設けました(*19)。少数民族武装組織の中には、国民統一政府と共闘する組織が現れました。「カレン民族同盟」(KNU)、「カチン独立機構」(KIO)などが、国民統一政府と手を組み、軍事政権に対し武力闘争をしていきました(*19)。

 一方、少数民族武装組織の中には、関与を避ける組織もありました(*20)。前出のワ州連合軍などは関与しませんでした(*20)。

 最後に、ミャンマーにおいてメタンフェタミンの密造組織があって、外国にメタンフェタミンを密輸していた場合、当然ミャンマーの密造組織は代金を受け取ります。その代金は通貨なのか、もしくは物なのでしょうか。「銀行を通した送金」の決済も可能性としてはありますが、違法薬物ビジネスゆえにハードルは高いと考え、今回は「銀行を通した送金」の決済を除外することにしました。

 通貨の場合、ミャンマーの密造組織は、自国通貨チャットでの受け取りを拒む可能性があります。ミャンマーにおいてチャットは2016年までに、過去3回(1964年5月、1985年11月、1987年9月)廃貨(貨幣廃止)されています(*21)。1985年11月の廃貨では、25チャット、35チャット、75チャットの紙幣が廃止されました(*21)。

 1985年時「他の紙幣との交換」による補償は一部実施されたものの、全額は補償されませんでした(*21)。当時のミャンマーの貯蓄方法としては、自宅での現金保管が一般的でした(*21)。廃貨により多くの国民が財産を失ったのです。1988年以降の軍事政権下では物価上昇があり、チャットの価値は下がっていきました(*21)。国民のチャットに対する信頼感は低いです。

 支払い側(ミャンマー産メタンフェタミンを購入した組織)も、チャットによる支払いを拒むと考えられます。まず外国の組織にとって、チャットの入手は簡単ではなさそうです。また支払い側が多額のチャットを支払い用として抱えていた段階で、取引が中止になったとします。その場合、支払い側にとって多額のチャットが手元に残ることになります。

 近年のミャンマーにおいて一般的な貯蓄方法としては、金(ゴールド)製品の保有、米ドル紙幣の保有があります(*21)。ゆえにミャンマーの密造組織は、通貨であれば米ドル紙幣での受け取りを希望すると考えられます。または人民元の受け取り希望も可能性としてはあるでしょう。物であれば、金製品での受け取りを希望するでしょう。

 支払い側も米ドル紙幣や金製品の入手は相対的に容易であると考えられます。また取引中止になっても、米ドル紙幣や金製品であれば処分に困りません。

<引用・参考文献>

*1 UNODC(United Nations Office on Drugs and Crime)サイト「Transnational Organized Crime in East Asia and the Pacific A Threat Assessment」(2013),p61-62

https://www.unodc.org/roseap/uploads/archive/documents/Publications/2013/TOCTA_EAP_web.pdf

*2 『薬物とセックス』(溝口敦、2016年、新潮新書), p85-87

*3 『欧州薬物報告(European Drug Report)2022 動向と展開』(薬物及び薬物依存症の欧州監視センター,2022), p30

*4『ニューズウィーク 日本版』2022年1月11日号「サウジの知られざる麻薬問題」(アンチャル・ボーラ),p34-35

https://www.emcdda.europa.eu/publications/edr/trends-developments/2022_en

*5 『レッドブルはなぜ世界で52億本も売れるのか 爆発的な成長を遂げた驚異の逆張り戦略』(ヴォルフガング・ヒュアヴェーガー著、長谷川圭訳、2013年、日経BP社),p24-28

*6 UNODCサイト「Synthetic Drugs in East and Southeast Asia Latest developments and challenges 2021」,p72

https://www.unodc.org/roseap/uploads/documents/Publications/2021/Synthetic_Drugs_in_East_and_Southeast_Asia_2021.pdf

*7 『薬物とセックス』, p83

*8 警察庁「令和4年における 組織犯罪の情勢」, p49

https://www.npa.go.jp/sosikihanzai/R04sotaijousei/R4jousei.pdf

*9 UNODCサイト「Transnational Organized Crime in East Asia and the Pacific A Threat Assessment」,p63

*10 『ミャンマー現代史』(中西嘉宏、2022年、岩波新書),p114

*11 『War on Drugs:Studies in the Failure of U.S Narcotics Policy』「Heroin as a Global Commodity:A History of Southeast Asia’s Opium Trade」(Alfred W. McCoy,1992, Westview Press),p256

*12  UNODCサイト「The Global Afghan Opium Trade:A Threat Assessment」(2011),p16

https://www.unodc.org/documents/data-and-analysis/Studies/Global_Afghan_Opium_Trade_2011-web.pdf

*13 『ミャンマー政変 ―クーデターの深層を探る』(北川成史、2021年、ちくま新書),p132-145

*14 『物語 ビルマの歴史 – 王朝時代から現代まで』(根本敬、2014年、中公新書),p266

*15 『エリア・スタディーズ125  ミャンマーを知るための60章』「麻薬問題とその統制 中国国境地域のケシ栽培」(吉田実、2016年、明石書店),p275-276

*16 『ミャンマー政変 ―クーデターの深層を探る』,p147

*17 『ミャンマー現代史』,p170-181

*18 『ミャンマー現代史』,p163-166

*19 『ミャンマー現代史』,p194-196

*20 『ミャンマー現代史』,p199-200

*21 『エリア・スタディーズ125  ミャンマーを知るための60章』「お金と金融 通貨チャットにまつわる災い」(久保公二、2016年、明石書店),p304-307

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