「アウトロー組織の決済」と「コロンビアのエメラルド」

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 裏社会においても「決済」(代金の支払い)は重要です。アウトロー組織間で決済を怠れば、抗争が勃発します。

 考えられる決済方法としては、現金支払い、物々交換等があります。違法薬物の売買では、決済額が高くなります。決済額が高いと、現金支払いは不便になります。

 その場合、アウトロー組織としては、銀行の送金サービスを利用したいところです。

 コロンビアでは「エメラルド輸出」を悪用した資金洗浄方法がありました(*1)。合法領域においてコロンビアはアメリカ合衆国などにエメラルドを輸出していました(*1)。

 コロンビアの一部業者は、エメラルドではなく、「エメラルドと同じ重量の石ころ」を小箱に入れて、アメリカ合衆国等に輸出しました(*1)。またそれらの業者は、見逃してもらう為、税関に賄賂を渡していました(*1)。

 一方、受取側(アメリカ合衆国などのアウトロー組織)は「購入代金の支払い」名目で、コロンビアに送金をしました(*1)。アメリカ合衆国などのアウトロー組織にとって、送られてきた「エメラルドと同じ重量の石ころ」は無価値だったはずです。

 上記の送金方法は、アメリカ合衆国などのアウトロー組織がコロンビアの麻薬組織からコカインを仕入れた際の決済手段としても、用いられたと考えられます。

 裏社会のアクターにとって「エメラルド輸出(輸入)利用の決済手段」の長所は、多額の現金を遠隔地まで運ばず、銀行送金で済むことです。

 この決済手段は、アメリカ合衆国などのアウトロー組織(コカインの仕入れ側)にとっても、便利だったはずです。これによりアメリカ合衆国などのアウトロー組織は多額の現金をコロンビアまで運ばずに済みます。

 別の見方をすれば、コロンビアの麻薬組織が、客側(アメリカ合衆国などのアウトロー組織)に、「利便性の高い決済サービス」を提供していたと考えることもできます。

 コロンビアにおいてエメラルド産業の歴史は長いです。スペイン人侵略(16世紀)の前から、先住民族ムソがエメラルドを採掘、装飾品として利用していました(*2)。また先住民族ムソはエメラルドを遠方の他集団にも供給していました(*2)。16 世紀中頃からは、スペイン人が採掘をしていきました(*2)。

 1717年南アメリカ大陸の北部地域(現在のコロンビア、ベネズエラ、エクアドルを含むエリア)のスペイン植民地は「ヌエバ・グラナダ副王領」に再編されました(*3)。ムソやコスクエスのエメラルド鉱山は「副王の管轄下」となりました(*2)。その後、採掘権は個人にも与えられました(*2)。

 19世紀前半ヌエバ・グラナダ副王領においてスペインからの独立運動が活発化していきました(*4)。1819年8月7日独立軍はサンタフェ北部のボヤカで、ヌエバ・グラナダ副王側の軍に勝利しました(*4)。現在のコロンビア、ベネズエラ、エクアドル、パナマ等の地域において同年(1819年)12月「グラン・コロンビア」が建国し、これらの地域はスペインから独立を果たしました(*5)。

 19世紀、コロンビアのエメラルド鉱山開発は、外国人を含む個人によって担われていました(*2)。その中で1871年コロンビア政府はムソ、コスクエス、ペーニャス・ブランカスにあるエメラルド鉱山等の3万ヘクタールの土地を「ムソ特別保護区」にし、国家の管轄下に置きました(*2)。また1886年憲法において「エメラルド鉱山は国家に帰属する」ことが定められました(*2)。

 しかし後にエメラルド鉱山の採掘権は民間企業(コロンビア・エメラルド・カンパニー社など)にも与えられました(*2)。

 1950年代以降のコロンビアでは、エメラルドの採掘利権を巡り、争いが続きました(*2)。

 コロンビアのエメラルド産業において有名な人物としてはビクトル・カランサ(Victor Carranza)がいました(*6)。ビクトル・カランサは1935年、先述のムソで生まれました(*6)。ちなみにムソはボヤカ県にあります。ビクトル・カランサは7歳の時、鉱山労働者の「使い走り」を始めました(*6)。後にビクトル・カランサは鉱山労働者になりました(*6)。

 1980年代前半までに、少数の大物達が、コロンビアのエメラルド産業を牛耳りました(*6)。ビクトル・カランサはそのうちの1人でした(*6)。また当時ビクトル・カランサは、ジルベルト・モリーナ(Gilberto Molina)と手を組んでいました(*6)。ジルベルト・モリーナは違法薬物ビジネスを手掛けていました(*6)。

 当時メデジン・カルテル(コロンビア麻薬カルテルの1つ)のゴンサロ・ロドリゲス・ガチャ(Gonzalo Rodriguez Gacha)(*7)は、エメラルド産業の独占を企んでいました(*6)。ゴンサロ・ロドリゲス・ガチャは、メデジン・カルテルにおいてパブロ・エスコバルの派閥に属してしました(*7)。

 ゴンサロ・ロドリゲス・ガチャは、メキシコのミゲル・アンヘル・フェリックス・ガジャルド(Miguel Ángel Félix Gallardo)と1977年後半に手を組み、メキシコからアメリカ合衆国の経路において、メキシコ側の組織にコカインを運ばせていました(*8)。

 コロンビアの違法薬物ビジネス界においてゴンサロ・ロドリゲス・ガチャが大物だったことが分かります。

 ゴンサロ・ロドリゲス・ガチャの動きに対抗したのが、ビクトル・カランサとジルベルト・モリーナでした(*6)。両陣営間の争いは「エメラルド戦争」と呼ばれました(*6)。エメラルド戦争において、ゴンサロ・ロドリゲス・ガチャ側はビクトル・カランサの甥をボゴタで殺害しました(*6)。また1988年武装チームがジルベルト・モリーナの自宅を襲撃しました(*6)。

 一方のゴンサロ・ロドリゲス・ガチャは1990年警察官に射殺されました(*6)。1993年エメラルド戦争は終結しました(*6)。ビクトル・カランサは2013年死去しました(*6)。

 南アメリカ大陸のコカインは、アメリカ合衆国だけでなく、ヨーロッパにも密輸されていました。イタリア系アウトロー組織「ンドランゲタ」(‘Ndrangheta)は、コロンビアの組織からコカインを仕入れていました(*9)。コロンビアの武装組織「クラン・デル・ゴルフォ」(Clan del Golfo)は、ンドランゲタと手を組んでいました(*10)。ンドランゲタはコロンビア側に決済する必要があり、何かしらの方法をとっていたと考えられます。

 アメリカ・マフィアとシチリア・マフィアは1980年代後半、大陸間の違法薬物取引において、コカインとヘロインを直接交換する仕組みを導入しました(*11)。いわゆる「違法薬物の物々交換」が大陸間で導入されたのです。コカインはイタリアに運ばれて、そこでヘロインと交換されました(*11)。

 アメリカ大陸よりもヨーロッパにおいて、コカインは価値が高かったです(*11)。この取引は「コカイン-ヘロイン往復便」(cocaine-heroin shuttle)と呼ばれました(*11)。この取引において現金は不要となりました(*11)。両方のマフィアは多額の現金を調達せずに済んだのです。

 コロンビアの資金洗浄方法としては他に「ブラックマーケット・ペソ・エクスチェンジ」(Black Market Peso Exchange:BMPE) がありました(*12)。ブラックマーケット・ペソ・エクスチェンジは1980年代、資金洗浄の主流となりました(*13)。アメリカ合衆国で活動する密売組織は、違法薬物を売った際、代金として米ドルを受け取りました。その密売組織は、その収益(米ドル)をコロンビアに送る必要がありました。

 ブラックマーケット・ペソ・エクスチェンジにおいて、まず資金洗浄のブローカーが、アメリカ合衆国で活動する密売組織から、「汚れた米ドル」(違法薬物の密売で得た米ドル)を割り引いた上で、「購入」しました(*13)。購入といっても、ブローカーはアメリカ合衆国で活動する密売組織に「別の米ドル」を提供せず、「汚れた米ドル」を受け取るだけでした(*13)。割引分がブローカーの手数料となりました(*13)。例えば資金洗浄のブローカーは、アメリカ合衆国で活動する密売組織から1万米ドル(汚れた米ドル)を「9千米ドル」で購入します。差額の千米ドルが、ブローカーの手数料となります。

 次にブローカーは、ラテンアメリカのトレーダーに、その分の米ドルを転売しました(*13)。上記の例を用いれば、9千米ドル分がラテンアメリカのトレーダーに転売されたのです。

 ラテンアメリカの輸入業者は米ドルで決済する為、通常、非公式両替所にてペソを米ドルに替えていました(*13)。「汚れた米ドル」は形を変えながら、最終的にラテンアメリカの非公式両替所に入り込み、そこで両替されたペソが現地の麻薬組織に渡ったのです(*13)。上記の例を用いれば、9千米ドルは、ラテンアメリカのトレーダーを経由し、非公式両替所に入っていったのでした。

 近年ブラックマーケット・ペソ・エクスチェンジはあまり用いられず、アメリカ合衆国内の不動産購入で、資金洗浄をする方法がとられています(*13)。

<引用・参考文献>

*1 『コロンビア内戦 ― ゲリラと麻薬と殺戮と』(伊高浩昭、2003年、論創社), p17

*2 『エリア・スタディーズ90  コロンビアを知るための60章』「エメラルド 「フラの涙」とともに生きる人々」(千代勇一、2019年、明石書店),p33-35

*3 『エリア・スタディーズ90  コロンビアを知るための60章』「征服から植民地期 3人の探検家の邂逅とスペインによる植民地統治」(千代勇一、2019年、明石書店),p75

*4 『エリア・スタディーズ90  コロンビアを知るための60章』「独立戦争 「愚かな祖国」の時代を乗り越えて」(千代勇一、2019年、明石書店),p80-84

*5 『エリア・スタディーズ90  コロンビアを知るための60章』「グラン・コロンビア 解放者シモン・ボリバルの夢」(千代勇一、2019年、明石書店),p85

*6 InSight Crimeサイト「How Colombia’s Emerald Czar Outsmarted the Law」(Steven Dudley,2013年4月5日)

https://insightcrime.org/news/analysis/how-colombias-emerald-czar-outsmarted-law

*7 『コロンビア内戦 ― ゲリラと麻薬と殺戮と』, p165

*8 『Mexican Cartels: An Encyclopedia of Mexico’s Crime and Drug Wars』(David F. Marley,2019,Abc-Clio Inc), p137

*9 『コカイン ゼロゼロゼロ 世界を支配する凶悪な欲望』(ロベルト・サヴィアーノ著、関口英子/中島知子訳、2015年、河出書房新社), p237-244

*10 InSight Crimeサイト「Gaitanistas – Gulf Clan」(InSight Crime,2023年12月5日)

https://insightcrime.org/colombia-organized-crime-news/urabenos-profile

*11 『The Mafia Encyclopedia, Third Edition』(Carl Sifakis,2005,Facts On File),p102-103

*12「2020全米麻薬脅威評価(2020 National Drug Threat Assessment)」(アメリカ合衆国麻薬取締局、2021年),p72

https://www.dea.gov/sites/default/files/2021-02/DIR-008-21%202020%20National%20Drug%20Threat%20Assessment_WEB.pdf

*13 InSight Crimeサイト「Black Market Peso Exchange Evolving in United States」(Anastasia Austin,2021年1月26日)

https://insightcrime.org/news/analysis/black-market-peso-exchange-us/

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