メキシコ麻薬カルテルの送金方法

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 アメリカ合衆国-メキシコ国境エリアでは、近年「違法性の疑われる札束」が多く、警察組織により押収されています(*1)。

 一例を挙げますと、2020年7月13日アメリカ合衆国税関・国境警備局(U.S. Customs and Border Protection)の職員らは、エル・パソ(テキサス州最西端の街)のサラゴサ橋でメキシコに向かう自動車(シボレー・シルバラード)の中から現金17万1,992米ドルを発見、運転手の23歳男性(米国籍)から押収しました(*2)。17万1,992米ドルは9束にされ、車のダッシュボードに隠されていました(*2)。

 2020年時アメリカ合衆国からメキシコに行く旅行者は、1万米ドルを超える現金を持って行く際、アメリカ合衆国税関・国境警備局にそのことを申告しなければなりませんでした(*2)。しかしシボレー・シルバラードでメキシコに向かおうとした23歳の運転手は「17万1,992米ドルの所持」を申告していませんでした(*2)。

 アメリカ合衆国からメキシコへの札束密輸(Bulk Cash Smuggling)が盛んに行われているのです(*1)。上記の例のように、札束は手荷物輸送でメキシコに運ばれています(*1)。手荷物輸送は「ハンドキャリー」とも呼ばれます。

 メキシコ麻薬カルテル等が、アメリカ合衆国で違法薬物を密売した際、代金として現金(もちろん現金以外で受け取っている可能性もあります)を受け取っていることが分かります。ヨアン・グリロによると、2010年代前半までのアメリカ合衆国の違法薬物市場では、メキシコ麻薬カルテルは卸市場まで参入していましたが、小売市場には参入していませんでした(*3)。

 手荷物輸送以外の方法としては、暗号資産(Cryptocurrency)を介在させて外国に送金する方法があります。

 まず資金洗浄業者が、アメリカ合衆国で活動する密売人達から、現金を集めました(*4)。逆にその資金洗浄業者は、暗号資産をアメリカ合衆国で活動する密売人達に渡しました(*4)。次にアメリカ合衆国で活動する密売人達は、メキシコ等にいる仲間に対し、暗号資産で送金しました(*4)。その後、メキシコ等で受け取られた暗号資産は、現地通貨と交換されました(*4)。

 メキシコ麻薬カルテルの話から脱線しますが、現代の日本においても、資金洗浄目的で暗号資産が用いられています。2024年3月12日大阪府警特殊詐欺捜査課は、日本語学校創設者X(当時42歳男性)を詐欺容疑で逮捕しました(*5)。Xは2023年12月大阪府内の30代の男性と共謀、その男の名義で暗号資産口座を開設しました(*5)。Xの管理する複数口座には、特殊詐欺やロマンス詐欺グループから多額の現金が振り込まれていました(*5)。Xはその口座から50億円を引き出し、47億円を暗号資産の口座に移しました(47億円が暗号資産に交換されました)(*6)。その後、47億円は海外に送金されました(*6)。Xは資金洗浄の一端を担っていたのでした。Xの口座には、先述の詐欺グループから9,000万円が入金されており、「換金業務」の報酬と考えられています(*6)。

 Xは中国福建省出身で、1998年留学生として来日しました(*6)。その後、Xは日本語学校を立ち上げ、またアニメ、ファッション等の専門学校ビジネスも行っていきました(*6)。2021年Xは「日本華僑不動産協会」を発足させていました(*6)。

 メキシコ麻薬カルテルの話に戻します。メキシコ麻薬カルテルは、資金洗浄活動面において、アジア系資金洗浄組織(Asian Money Laundering Organizations)を頼りにしていました(*7)。アジア系資金洗浄組織は、アメリカ合衆国で活動するメキシコ麻薬カルテル構成員らに、資金洗浄ネットワークを提供してきました(*7)。アジア系資金洗浄組織は中国を主な拠点としていましたが、アメリカ合衆国、メキシコ、中南米、香港、オーストラリア、ニュージーランド、極東、東南アジア諸国でも活動していました(*7)。

 違法送金方法に関しては、アジア系資金洗浄組織は、多くのノウハウを持っていたと考えらえます。

 実際中国本土と香港の間では、違法送金が行われていました。例えば2007年11月久末亮一が香港で行った調査によれば、香港から中国本土に送金する際、送金依頼者Yは、香港の両替商に、「送金額(9万元)+送金手数料」を香港ドルで渡しました(*8)。送金手数料は50~150香港ドルでした(*8)。

 次に香港の両替商は、中国本土にいる自店関係者もしくは代理人に電話やメールで連絡、「中国本土の銀行口座」(自店もしくは代理人が保有している口座)」から「指定口座(送金依頼者Aの指定した口座)」に、9万元を振り込ませました(*8)。この送金方法において、現金移動はなく、「香港」と「中国本土」の資金ポジションが調整されただけなのです(*8)。香港の両替商にとって、香港側には9万元分の香港ドルが入ってきて、中国本土側の口座から9万元が出ていったことになります。この送金方法は、為替取引に近いです(*8)。

 中国人は海外に出稼ぎに行くことが多く、「中国本土への送金需要」が高かったです(*9)。しかしながら昔は遠隔地間金融を担う華人系金融機関が育っていなかった為、貿易商や各種商店などが送金業務を担っていました(*9)。東南アジアの中国人が福建や広東などに送金する場合、「シンガポール→香港→中国本土」という経路で送金されることが多かったです。(*9)

 また当時(2007年11月)中国本土と香港の間では「貿易代金の水増し」による送金方法も行われていました。この場合、正規の銀行口座が用いられました(*8)。例えば中国本土から香港に送金する際、まず中国本土側は香港側から商品(実際の価格100万元)を購入しました(*8)。次に中国本土側は香港側に「水増しの購入代金」(120万元)を支払いました(*8)。水増しの代金を支払ったことで、差額の20万元分が中国本土から香港に「送金」されたのです(*8)。

 合法的な貿易を装うという方法は、グローバルに活動するアウトロー組織にも用いられました。グローバルに活動するアウトロー組織は「貿易を利用した資金洗浄」(Trade-Based Money Laundering)を好んできました(*10)。アウトロー組織は違法領域で獲得した資金で、商品を購入、その商品を他国に転売することで、新しい現金を手に入れていました(*10)。特に自由貿易地域(Free Trade Zones)において「貿易を利用した資金洗浄」が行われていました(*10)。

 ちなみに中国政府は2017年、「一人当たりの年間外貨両替額」の上限を5万米ドルとしました(*10)。個人が人民元から米ドルに両替する際、5万米ドルまでしか両替されないのです。

<引用・参考文献>

*1 「2024全米麻薬脅威評価(National Drug Threat Assessment 2024)」(アメリカ合衆国麻薬取締局、2024年),p50

https://www.dea.gov/sites/default/files/2024-05/NDTA_2024.pdf

*2 El Paso Timesサイト「CBP finds more than $171,000 hidden in truck in El Paso border cash smuggling attempt」(Daniel Borunda,2020年7月22日)

https://www.elpasotimes.com/story/news/crime/2020/07/22/cbp-finds-171-000-cash-hidden-truck-el-paso-border/5482588002

*3『メキシコ麻薬戦争 アメリカ大陸を引き裂く「犯罪者」たちの叛乱』(ヨアン・グリロ著、山本昭代訳、2014年、現代企画室),p348

*4 「2024全米麻薬脅威評価(National Drug Threat Assessment 2024)」,p48

*5 『日刊ゲンダイ』2024年3月16日号(15日発行)「50億円をマネロン 東大院卒日本語学校創設者の素性」

*6 『日刊ゲンダイ』2024年4月4日号(3日発行)「50億円をマネロン 東大院卒日本語学校創設者のオモテとウラ」

*7 「2020全米麻薬脅威評価(2020 National Drug Threat Assessment)」(アメリカ合衆国麻薬取締局、2021年),p76

https://www.dea.gov/sites/default/files/2021-02/DIR-008-21%202020%20National%20Drug%20Threat%20Assessment_WEB.pdf

*8 久末亮一(2010).研究ノート 「越境」する人民元をめぐる代替送金システムの役割 -香港・中国本土間の地下銭荘を例に-. アジア経済, 51(2).pp30-36

https://www.jstage.jst.go.jp/article/ajiakeizai/51/2/51_20/_pdf/-char/ja

*9 『エリア・スタディーズ196  華僑・華人を知るための52章』「華僑送金 信局から銀行へ」(山下清海、2023年、明石書店),p163-166

*10 「2020全米麻薬脅威評価(2020 National Drug Threat Assessment)」,p88

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