関東以北(特に東京都)のヤクザ社会では、あるヤクザ組織(A会)が「他団体(B一家)の縄張り(X地域)」を借り、その縄張り(X地域)内で活動する場合がありました(*1)。その際、借りる組織(A会)は、貸し出す組織(B一家)に地代(賃借料)を払いました(*1)。これによりA会は「店子」、B一家が「大家」という関係が形成されました。店子のA会はX地域を「借り縄張(かりじま)」(以降「借りジマ」と記載します」)と呼びました(*1)。
一方、大家のB一家はX地域を「貸しジマ」と呼びました(*2)。独立団体「國粹会」は都内の繁華街に広大な縄張りを有していましたが、その縄張りの多くを他団体に貸し出していました(*2)。
「関東二十日会」(関東博徒系組織の親睦団体)は、当事者双方の合意の場合を除いて、縄張りの譲渡(所有権の移転)を認めていませんでした(*1)。
また博徒組織業界では、他団体の縄張り内で賭場を開帳する際、その他団体からの了承に加えて、その他団体に金銭を支払わなければなりませんでした(*3) 。その支払い金は「カスリ」と呼ばれました(*3)。博徒組織において縄張りとは「賭場開帳権を行使できる地理的範囲」を意味しました(*4)。
カスリとは「賭場開帳権料」だったのです。カスリの額は、収益の70%もしくは60%でした(*3)。カスリを払って賭場を開帳する組織にとって、その賭場の場所(他団体の縄張り)は「借りジマ」といえました。
「生井一家」(國粹会2次団体)は銀座7、8丁目の縄張りを「小林会」(「住吉会」2次団体)に貸し出していました(*5)。生井一家が「大家」、小林会が「店子」という関係が銀座にはあったのです。
一方、生井一家と小林会の間に、縄張りの貸し借りはなかったという説もありました(*6)。その説によれば、銀座7、8丁目では生井一家が「賭場開帳権」を有し、小林会が「飲食店等へのミカジメ料の徴収権」を有すという取り決めがあるだけで、縄張りの貸し借りはなかったのです(*6)。
博徒組織(賭場開帳組織)はテラ銭を徴収していました(*7)。テラ銭とは手数料のことで、賭博の内容によって徴収先は変わりました(*7)。「胴親」対「張子」(ちょぼいち、狐、ヨイド等) (*8)の賭博では、賭場開帳者は胴親からテラ銭を徴収しました(*7)。一方「張子」対「張子」(丁半、ぴん転がし等)(*8)の賭博では、賭場開帳者は「勝者の張子」からテラ銭を徴収していました(*7)。テラ銭の割合は概ね五分(5%)で、四分(4%)の場合もありました(*9)。
日本では刑法第185条(賭博罪)及び第186条(常習賭博罪)により、賭博行為全般が原則、営利・非営利を問わず、禁止されてきました(*10)。また刑法第186条2項(賭博場開帳等図利罪)により、賭場開帳者は刑事罰の対象となりました(*11)。
博徒組織の賭場利用、賭場開帳は違法行為だったのです。
例外は公営ギャンブル(公営競技)でした(*10)。公営ギャンブルは特別法によって「合法」となりました(*10)。公営ギャンブルは競馬(中央競馬、地方競馬)、競輪、競艇、オートレースの4つでした(*10)。
競馬の特別法は「競馬法」(1948年7月公布・施行)(*12)、競輪の特別法は「自転車競技法」(1948年7月3日成立、1948年8月1日施行)(*13)、競艇の特別法は「モーターボート競走法」(1951年6月5日成立)(*14)、オートレースの特別法は「小型自動車競走法」(1950年5月27日施行)(*15)でした。
公営ギャンブルは太平洋戦争終了(1945年)以降に始まったのでした。
公営ギャンブルの開催者(施行者)は、中央競馬を除けば、地方自治体でした(*16)。中央競馬は、日本中央競馬会が開催者でした(*16)。
ちなみに2016年時点の情報では中央競馬の控除率は25%でした(*17)。25%の内訳は、国庫納付金(農林水産省)10%+日本中央競馬会15%でした(*17)。
先述したように地方競馬、競輪、競艇、オートレースの開催者は地方自治体でした。複数の自治体が一部事務組合を結成して開催する場合もあれば、1つの自治体が開催する場合もありました(*16)。
競艇以外の公営ギャンブルにおいて開催者は概ね「競技場の所在自治体」でした(*18)。一方、競艇では開催者が「競技場の所在自治体」ではない場合もありました(*18)。東京都にある3つの競艇場は、開催者が「競技場の所在自治体」ではありません。
ボートレース多摩川(東京都府中市是政)の開催者は青梅市と東京都四市ボートレース事業組合(構成市:小平市・日野市・東村山市・国分寺市)です(*19)。青梅市は1954年6月9日に初開催しました(*19)。東京都四市ボートレース事業組合は1967年6月29日に初開催しました(*19)。
ボートレース平和島(東京都大田区平和島)の開催者は府中市です(*19)。府中市は1955年9月20日に初開催しました(*19)。
ボートレース江戸川(東京都江戸川区東小松川)の開催者は、東京都六市ボートレース事業組合(構成市:八王子市・武蔵野市・昭島市・調布市・町田市・小金井市)と東京都三市収益事業組合(構成市:多摩市・稲城市・あきる野市)です(*19)。東京都六市ボートレース事業組合は1966年6月30日に初開催しました(*19)。東京都三市収益事業組合は1973年4月26日に初開催しました(*19)。
興味深いのは府中市が「ボートレース多摩川の所在自治体」ですが、「ボートレース平和島の開催者」になっていることです。
先述の「借りジマ」のようなことが、東京の競艇業界ではあるのです。
また東京都四市ボートレース事業組合(構成市:小平市・日野市・東村山市・国分寺市)や東京都六市ボートレース事業組合(構成市:八王子市・武蔵野市・昭島市・調布市・町田市・小金井市)などのように、複数の自治体による一部事務組合が実際に開催者になっているのも東京の競艇業界から分かります。
ちなみに博徒組織は他の博徒組織とともに、同じ縄張りで賭場を開帳することがありました(*20)。蠣殻(かきがら)町では8組織が賭場を開帳していました(*20)。その際「朝」「昼」「宵」「夜中」の4つの時間帯に分けて8組織は交互に賭場を開帳していました(*20)。賭場の場所は、同じではなく、8組織ごとに異なっていたと考えられます。
1969年1月、東京都知事・美濃部亮吉は、東京都の公営ギャンブル撤退を表明しました(*21)。当時の東京都は競馬(大井)、競輪(後楽園、京王閣)、オートレース(大井)、競艇(江戸川)を開催していました(*21)。
実際東京都は公営ギャンブルから撤退しました(*22)。結果、後楽園競輪場と大井オートレース場が廃止されました(*22)。残りの競技場は、23区や都下の自治体が開催者として残り、またはそれらの自治体が新規参入しことで、存続しました(*22)。
ヤクザ組織は公営ギャンブルに関する裏稼業をしていました。代表的なのがノミ屋(電話注文対応型の私設投票券発売所)と白タクでした(*23)。白タクは違法タクシーのことで、「ギャンブル場(競技場)」~「最寄り駅」間を旅客輸送しました(*23)。
またヤクザ組織は公営ギャンブルにおいて八百長レースを手掛けました(*24)。1968年オートレースで八百長が発覚、翌1969年9月警視庁捜査四課は「錦政会(きんせいかい)」(現在の「稲川会」)幹部と5人のオートレース選手を逮捕しました(*24)。
八百長は競艇でもありました。元競艇選手の西川昌希は、2016年2月~2019年8月のレースにおいて、八百長を仕掛けていました(*25)。西川昌希の共犯者は増川遵で、増川遵は「紙谷一家」(「山口組」2次団体「弘道会」の下部団体)の元構成員でした(*26)。八百長レースにおいて増川遵は舟券購入の役割を担いました(*26)。
2009年時点、競艇の控除率は25%で、払戻金の割合は75%でした(*27)。
2016年時点の公営ギャンブルにおいて主要な賭け式は3連単(1~3着を順番に当てる)でした(*28)。3連単では高額配当が出ました(*28)。3連単の通り数は、競馬(18頭)では4,896通り(18×17×16)、競輪(9人)では504通り(9×8×7)、競艇(6艇)では120通り(6×5×4)、オートレース(8車)では336通り(8×7×6)でした(*28)。3連単の当たる確率は、競艇が最も高いことが分かります。
公営ギャンブルにおいて予想屋は合法領域に収まっていました(*24)。岸悦郎は関東で競輪、競馬、競艇の予想屋を仕切っていました(*29)。後に、その岸悦郎は博徒組織「碑文谷一家」に入りました(*29)。また後の1964年6月16日、岸悦郎は碑文谷一家から博徒組織「三本杉一家」に移籍し、三本杉一家四代目を継承しました(*29)。1981年5月、三本杉一家四代目総長の岸悦郎は引退し、右翼活動に転じました(*30)。
碑文谷一家入り前の岸悦郎が関東で予想屋を仕切っていたことから、当時の予想屋は裏社会と何かしら関わっていたことが窺えます。
<引用・参考文献>
*1 『ヤクザ1000人に会いました!』(鈴木智彦、2012年、宝島SUGOI文庫), p183-185
*2 『ヤクザと過激派が棲む街』(牧村康正、2020年、講談社), p294-295
*3 『やくざ事典』(井出英雅、1971年、雄山閣出版),p135-136
*4 『現代ヤクザ大事典』(実話時代編集部編、2007年、洋泉社), p61
*5 『六代目山口組ドキュメント2005~2007』(溝口敦、2013年、講談社+α文庫), p108
*6 『六代目山口組ドキュメント2005~2007』, p118
*7 『日本賭博史』(紀田順一郎、2025年、ちくま学芸文庫), p69-70
*8 『生活史叢書4 やくざの生活』(田村栄太郎、1994年、雄山閣), p28-38
*9 『生活史叢書4 やくざの生活』,p45
*10 『スポーツと賭博』(相原正道、2025年、新潮新書), p37
*11 『教養としてのヤクザ』(溝口敦、鈴木智彦、2019年、小学館新書), p52
*12 『公営競技史 競馬・競輪・オートレース・ボートレース』(古林英一、2023年、角川新書), p48
*13 『公営競技史 競馬・競輪・オートレース・ボートレース』, p54-56
*14 『公営競技史 競馬・競輪・オートレース・ボートレース』, p73
*15 『公営競技史 競馬・競輪・オートレース・ボートレース』, p58-59
*16 『公営競技史 競馬・競輪・オートレース・ボートレース』,p14
*17 『ラジオライフ』2016年8月号「合法ギャンブルを徹底分析」,p50
*18 『公営競技史 競馬・競輪・オートレース・ボートレース』,p127
*19 一般社団法人 全国モーターボート競走施行者協議会サイト「本場・場外案内」
https://www.motorboatracing-association.jp/place
*20 『破滅の美学 ヤクザ映画への鎮魂曲』(笠原和夫、2004年、ちくま文庫),p98-99
*21 『公営競技史 競馬・競輪・オートレース・ボートレース』, p176
*22 『公営競技史 競馬・競輪・オートレース・ボートレース』, p180-181
*23 『親分 実録日本俠客伝①』(猪野健治、2000年、双葉文庫), p198-199
*24 『公営競技史 競馬・競輪・オートレース・ボートレース』, p200-203
*25 『競艇と暴力団 「八百長レーサー」の告白』(西川昌希、2020年、宝島社),p111-115,214-217
*26 『競艇と暴力団 「八百長レーサー」の告白』,p99-101
*27 『住之江競艇の闇 大資本・南海VS場内売店騒動戦』(油上悦三、2009年、アットワークス),p50
*28 『ラジオライフ』2016年8月号「合法ギャンブルを徹底分析」,p53
*29 『安藤組 修羅たちの戦い』(大下英治、2026年、宝島SUGOI文庫),p325-326,355
*30 『洋泉社MOOK・義理回状とヤクザの世界』(有限会社創雄社実話時代編集部編、2001年、洋泉社),p136
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