テキヤ(露店商)組織「源清田(げんせいだ)松野会」は青森県八戸市を拠点に活動していました(*1)。
「源清田」とはテキヤ業界内の稼業名(屋号)の1つで、千葉県銚子市の山本弥平が「源清田の宗家(本家)組織」(「源清田一家」)を興しました(*2)。山本弥平は1880年(明治十三年)5月9日、死去しました(*3)。源清田一家は1880年以前には結成されていたのです。
一方、源清田一家の六代目・武藤惣吉は「山本弥平は源清田一家の創始者ではなく、貸元の1人だった」と指摘していました(*3)。貸元とは、一般的には博徒組織内において「縄張りを預かる者」を指す言葉でした(*4)。山本弥平に関する記述(*3)において、「貸元」という言葉の誤用があったと考えられます。
今回はとりあえず、筆者(鯉登太郎)は「山本弥平が源清田一家を興した」という前提のもとで、話を進めていきます。
テキヤ業界において構成員の目標の1つとして「所属組織(本家)からの独立」がありました。独立方法として「分家名乗り」と「一家名乗り」の2つがありました。一般的に、実績のある舎弟(トップの弟分)が「分家名乗り」を許され、実績のある子分が「一家名乗り」を許されました(*5)。
しかし一家名乗りに関しては、名目上するものの、独立をしない場合が多かったです(*6)。その場合、一家名乗りした本人は1人で露店商売をしました(*5)。いわゆる「一人親方」として活動していったのです。
一家名乗りもしくは分家名乗りにより独立はするものの、各テキヤ組織等は基本的に、自身の源流となる「本家」及び「同じ系統の組織等」とはつながりを持ち続けていきました(*6)。テキヤ組織に関する書籍において、「本家」及び「同じ系統の組織等」の総称として「一門」という言葉が使われていました(*6)。
源清田の勢力も上記(一家名乗りもしくは分家名乗り)の拡張方法をとり、「源清田一門」(山本弥平系統のテキヤ組織群、その系統の一人親方群)を形成していきました(*2)。源清田松野会とは「源清田一門内のテキヤ組織」だったのです。
各一門は、一門の統括団体として、連合会(1次団体)を結成しました(*6)。源清田一門の統括団体は「全日本源清田連合会」でした(*3)。
源清田松野会は八戸市に加えて十和田市(青森県南部)、岩手県北部の久慈市や二戸市も活動範囲としていました(*1)。
源清田松野会の始祖は松野喜三郎でした(*1)。ある時に、この松野喜三郎が「源清田松野」という稼業名にて独立を果しました(*1)。
1973年、相馬正男が源清田松野五代目を継承しました(*1)。相馬正男は「松野一門」(松野喜三郎系統のテキヤ組織群、その系統の一人親方群)の各組織をまとめて、「松野会」を結成しました(*1)。つまり松野会とは「松野一門の統括団体」だったのです。
この松野会は「源清田松野会」とも呼ばれました(*1)。先述してきたように、松野一門勢力は「源清田一門の中」に位置していました。大カテゴリーである「源清田」の名称が「松野会」に付加されたのだと考えられます。
この源清田松野会は、先述の全日本源清田連合会(源清田一門の統括団体)に加盟していました(*1)。
松野一門内のテキヤ組織及び一人親方からすれば、松野一門(源清田松野会)が「小カテゴリー」で、源清田一門(全日本源清田連合会)が「大カテゴリー」でした。テキヤ業界には「入れ子構造」があったのです。
また相馬正男は、源清田松野会2次団体の実子分を集め、「実子分会」を組織内に立ち上げました(*1)。テキヤ組織において実子分とは、「親分候補の者」を指しました(*7)。実子分会とは「源清田松野会2次団体の最高幹部ら」の集まりだったと考えられます。
1989年以降、源清田松野会は「山口組」2次団体「浅川会」の傘下に入りました(*8)。浅川会は大阪府吹田市を拠点に活動していました(*9)。1994年頃の浅川会の会長は、浅川桂次でした(*9)。1989年12月、浅川会は「浅川一家」から内部昇格する形で山口組2次団体となりました(*10)。浅川会の出身母体は浅川一家だったのです。
浅川一家(1984年から山口組2次団体)は、浅川一實を初代とし、福岡県を拠点に活動していました(*10)。先述の浅川桂次は、浅川一實の実弟でした(*10)。
先述したように源清田松野会は、青森県八戸市を拠点に活動していました。1994年時点で、八戸~苫小牧間、八戸~室蘭間のカーフェリーが運航していました(*11)。苫小牧市と室蘭市は北海道に位置しています。八戸市の人々はカーフェリーを媒介すれば、北海道に直接行くことができたのです。
<引用・参考文献>
*1 『ヤクザ伝 裏社会の男たち』(山平重樹、2000年、幻冬舎アウトロー文庫), p232-237
*2 『サカナとヤクザ 暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う』(鈴木智彦、2021年、小学館文庫),p133
*3 『公安大要覧』(藤田五郎、1983年、笠倉出版社),p357-358
*4 『現代ヤクザ大事典』(実話時代編集部編、2007年、洋泉社), p17
*5 『テキヤと社会主義 1920年代の寅さんたち』(猪野健治、2015年、筑摩書房),p99-100
*6 『テキヤと社会主義 1920年代の寅さんたち』,p28
*7 『現代ヤクザ大事典』, p30
*8 『洋泉社MOOK・勃発!関東ヤクザ戦争』(有限会社創雄社『実話時代』田中博昭編、2002年、洋泉社), p150
*9 『山口組の100年 完全データBOOK』の「平成6年頃の五代目山口組本家直系若衆」(2014年、メディアックス), p243
*10 『六代目山口組10年史』(2015年、メディアックス), p229
*11 『<交通ブックス208> 内航客船とカーフェリー』(池田良穂、1996年、成山堂書店),p90-91
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